第3話




 戦うことを決めてから、怒りのままに剣を振るう、僕の殺し殺される血腥い日々が始まった。


 毎晩同じ夢を見るだけでも不思議だけど、輪をかけて奇妙なのは、この夢がまるで現実と錯覚してしまいそうなほど真に迫ったものだという点だ。目の前の敵の息遣い、剣の重み、生きながらに食われる強烈な痛みと気が狂いそうな恐怖と怒り。

  

 それまで両親から手ほどきを受けていた僕は、父さんの直剣を扱うのにも、魔力を巡らせて身体を強化するのにも苦労はなかった。母さんのように炎の魔法を操りたかったけど、習う前にいなくなってしまった。

 叔母さんに魔法を習いたいけれど、今いくら頼んでもうんとは言ってくれないだろう。

 

 ともかく僕はがむしゃらに戦い続けた。もちろん勝てない。勝てないのだが、日を追うごとに少しずつ技術は磨かれていった。間合いの読み方、保ち方、詰め方。予備動作の隠し方と省略の仕方。相手の姿勢や視線から次の行動を予測する方法。


 かつて両親から教わった技術を思い出しながら、夢の中で魔物を倒していく二人の立ち回り方を必死になぞりながら、少しずつ少しずつ僕は強くなっていった。


 

 

      ◇  ◇  ◇




 夢の中で殺されると、嘘のように穏やかな朝が待っている。

 寝間着から着替えて食堂へ行くとすでに叔母さんは朝食の準備をあらかた終えていた。

 

「おはよう、コラン」


「おはよう、ミリア叔母さん。ごめん、朝ごはん手伝えなかったね」


「ううん、私がいつもより早かったのよ。座りなさい、朝ごはんにしましょ」


 そういって、僕の対面に座った叔母さんは今年で三十三になる母さんの三つ下の妹だが、見た目には二十代にしか見えないほど若々しい。

 炎の魔法が得意だった母さんは活発で明るかったけれど、叔母さんは水の魔法を得意とする物静かで大人しい人だ。

 かつては父さん母さんと一緒のパーティで冒険者として活動していたらしい。

 僕と同じ茶色がかった黒髪、水色の瞳。長い髪は肩までまっすぐ伸ばされ、窓から入り込む朝の光を反射している。


「卵、ちょっと焦げちゃってるかも。ごめんね?」


「そう?気にならないよ。」


「それを聞いて安心したわ。うん、大丈夫ね。美味しい」


「僕を毒見役にしたんだね」


「うふふ、大丈夫だったんだからいいじゃない」


 魔物の襲撃があってからすぐに叔母さんと僕は故郷のレニ村から引っ越した。

 父さんと母さんが戦ったおかげで、村への被害はあの規模の暴走からすると信じられない程軽かったらしい。

 僕らの暮らしていた家と、裏手にあった叔母さんの薬草園も無事だったから、そのまま暮らすことも出来たけど、事が起こってから二日後には叔母さんは引っ越しを決め、さらに五日後には荷物をまとめて二つ離れた、レニ村より少し大きなアルヌ村へと向かう馬車に揺られていた。


「鶏小屋の掃除、まだだよね。お皿洗ったらすぐやるね。あ、ヨルン草の植え替え、そろそろだったよね?」


「そんなに急いで食べないの。いいのよ、そんなにお手伝いしてくれなくっても。私ひとりでも十分手は足りてるんだから。」


「駄目だよ叔母さん、キョードーセイカツは家事の分担が肝心なんだ!」


「お隣のリネットさんの受け売りじゃない、それ」


 僕は人差し指を立てて、偉そうに言い聞かせる。できるだけおどけて。

 対面で口元を隠して笑う叔母さんの前で、暗い顔をするわけにはいかないから。

 お皿だって洗うし、鶏小屋の掃除だって、洗濯物だってなんだってやるよ。薬の調合は、まだ手伝えないけど、それだってきっと覚えて、叔母さんの役に立ってみせるよ。


 叔母さんが、僕に見つからないようにこっそり泣いているのを、知っているから。

 ごめん、叔母さん。ごめんなさい……




 



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