第6話

 転移した先で最初に見えたのは、真っ白で柔らかそうな、素敵な脚だった。


 カランという金属音が響いた。


 陛下から受け取った毒刃が、俺の手から零れ落ちた音だ。

 暗殺指令など、この御み脚の前ではどうでもよいことだった。


 何という白さだろう!

 何と柔らかそうなことだろう!

 そして何と滑らかなことだろう!


 すね毛など一本も生えていないその脚。


 間違いない。

 これは、夢にまで見た女性の脚だ。

 ついに女性のスカートの中に転移することに成功したのだ!


 この光景の何と美しいことか!

 俺は御み足の前に跪き、天を仰いだ。


 だが、俺はそこで信じられない光景を見た。


 そこにあったのは、生命を生み出す神秘の割れ目ではなかった。


 そこには、可愛らしい二つの鐘と、それを打ち鳴らす可愛らしい棒がぶら下がっていた。


 ば、バカな……!!!

 これは……!だがこの脚は……!

 どういうことだ……!?


 俺は恐る恐る、視線をさらに上へとずらす。


 そこにいたのは、おびえた表情で俺を見下ろす、一人の美少年だった。


  *


 俺は打ちひしがれて王宮へ帰還した。


 陛下はいつものように、帰還用スカートの前で一人で俺を待っていた。


「首尾は?」


「仕損じました」


 いつもとは違う俺の答えに、陛下は驚きの表情を浮かべた。

 こんなことは初めてだった。


「……其方が仕損じただと!?」


「はい。申し訳ありません」


「一体何があったのだ!」


「申し上げることはできません」


 少年の美しさの前に、新しい扉が開いてしまった等とは口が裂けても言えない。


「陛下……僭越ながら申し上げます」


「なんだ」


「彼の者を消し去るのは間違いでございます」


 俺も間違いを認めなければならなかった。

 スカートが女性だけのものだと一体誰が決めたのだ。

 はきたい人が、はきたいようにはけばいいじゃないか。

 そこに性別は関係ない!


 無論、美醜の差は存在する。

 全てが美しいなどと言うつもりはない。

 不快な存在が生まれることもあるだろう。


 だが、その可能性を試すことなく否定するのは間違っていた。


 全ての人にスカートをはく自由があるべきなのだ。

 それでこそ、無限の可能性が芽吹くことができるのだ!


 あの美少年に、俺は可能性を見出した。

 彼は、この不毛と思われた世界で、俺に希望を与えてくれたのだ。


「黙れ! 余が悩みもせずに命じたとでも思うておるのか! 喜んで人殺しを命じているとでも思うたか! 亡き兄上の忘れ形見を救うために手立てを尽くさなかったと思うたか! もう、どうしようもなかったのだ! あれが良い性根の持ち主ということは知っておる! あれに叛意などないこともよく知っておる! だが、その周囲はそうではない! もし内乱が起これば、どれだけの民が犠牲になると思っておる! 内乱の芽は、何としてでも摘まねばならぬのだ!」


 なんか話がずれてるな。

 俺は内乱とかそんな物騒な話をしているつもりはないんだが。


「陛下、それでも申し上げます。彼の者は世界の希望です。 その可能性を奪ってはなりません!」


 あの御み脚がどのように成長していくのか。


 いずれは、すね毛がぼうぼうにはえ、あの美しさは損なわれるかもしれない。

 あるいは、筋肉によって新たに男性らしい美しさが宿るかもしれない。


 どのような足になるかはわからないが、それがスカートからチラリと覗くところを、俺は想像してしまった。

 どのような可能性があるにせよ、彼を見殺しにすればそれは失われる。


 美しいスカートが一つ、この世界から永久に失われるのだ。


 "うんうん、そうですね。美少年は人類の宝です"


 ほら、女神さまもそう言っておられる。


「これは神の思し召しでもあります」


「な、なんと……!」


 国王陛下は、俺の言葉をきいてよろめいた。


「ほ、本当に其方がご神託を受けたというのか」


「はい、確かに私は神の声を聴きました」


 あのポンコツ女神さまでも、神は神だ。

 ウソは言っていない。


「私に、まだ苦しめとおっしゃられるのか……」


 そういったっきり、とうとう陛下はその場にへたり込んでしまった。


  *


 翌朝、俺は陛下に暇乞いを申し出た。

 俺は新しく開けた可能性を探しに行かなければならない。

 そう考えたらいてもたってもいられなくなったからだ。


「もう、私のために刃を振るってはくれぬということだな」


「はい。私は新しい可能性を探しに行かなければなりません」


「そうか……何処へなりとも行くがよい。これまでよく働いてくれた。……其方は余にとり便利に過ぎたのかもしれぬ」


 陛下はため息を一つ吐くと、俺に旅立ちの許可をくれた。

 意外だった。

 口封じに殺される可能性も考えていたのだ。


「これを持っていけ」


 それどころか、陛下は自らのマントを止めていたブローチを俺に渡してくれた。

 そこには、王家の紋章がでかでかと彫り込まれていた。


「これがあれば、国内であればどこに行っても怪しまれはせぬ」


「ありがたく頂戴いたします」


 こうして、俺はまだ見ぬ新しいスカートを求めて旅立った。

 国王陛下と少年がその後どうなったかは知らない。

 だが、一つだけ言えることがある。


 俺が美しいスカートを求めてこの国を旅している間、この国はずっと平和だったのだ。


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女神さまのスカートの中に転移したら、そこは異世界だった ずくなしひまたろう @zukunasihimatarou

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