最終話 永遠に繋ぐ想い。

 トイレから戻ると、光ちゃんが居なくなっていた。

 そして、テーブルの上に置いたはずのカプセルも、消えて無くなっていた。


 それで状況を理解出来ないほど、私はバカじゃない。


 光ちゃんの性格は、よく知ってる。

 光ちゃんは、私の為に、過去に行ってしまったんだ。

 その先の結末は、すぐに想像出来た。



 涙が、溢れた。

 私はこんなことを望んだわけじゃない。

 私が死ねば、それで済んだことなのに。



 光ちゃん、ごめん……ごめんね。



 目から溢れる感情が止まらない。

 光ちゃんの家の畳に、雫が次々と落ちていく。


 嗚咽が漏れる。


 私は、とんでもないことをしてしまった。

 未来を救いに来たのに、光ちゃんを、殺してしまった。



「そんなんだったら……未来なんてどうでも良かったのに……っ!」



 悲しい。


 苦しい。


 寂しい。


 愛しい。



 感情が定まらない。

 ただ、光ちゃんのことだけを考えていた、その時だった。



「千依!?」



 声が聞こえて、駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 顔を上げると、そこには。



「光、ちゃん……?」



 泣きそうな顔の、光ちゃんが居た。



「千依……本当に千依だよね!? 良かった……良かった生きてて! 千依が、無事で良かった……!」



 光ちゃんは私を強い力で抱き締めると、泣き出してしまった。

 私もまた、泣いてしまう。



 分かってしまった。



 この光ちゃんは、さっきまでここに居た光ちゃんではないのだということを。




 * * * 




 私は一週間の間、行方不明になっていたらしい。

 そういうことになったようだった。


 実際には時間を越えただけだけれど、そんなこと誰にも言えないし、言っても信じて貰えないだろう。

 光ちゃんは信じてくれるかもしれないけど、でもそれは、この光ちゃんは知らなくていいことだ。


 きっと知ってしまえば、この光ちゃんはあの光ちゃんに後ろめたさを感じてしまうに違いない。

 きっとそれは、誰も望まない結末だ。



 そんな想いを秘めて、私は光ちゃんを海に誘った。

 両親が心配していると言われたけど、それよりも私は海に行きたかった。


 きっと、あの光ちゃんが行こうとしていたのと同じ理由だ。


 今居る光ちゃんは首を傾げていたけれど、私は笑って誤魔化した。

 光ちゃんは優しいので、それ以上何も聞かずに、私と一緒に海に行ってくれた。

 道すがら、一週間前に起きた交通事故のことを聞いた。

 車にひかれたように見えた少女は何故か無傷だったという。

 その場に私は居なかったけど、その理由を私だけは知っている。






 海風が心地よい。

 まだ夏ではないけど、景色が思い出を想起させる。

 光ちゃんと過ごした、夏の思い出を。


 しばらく砂浜を歩いた。

 私は黙っていて、光ちゃんも何も聞かない。

 本当は、聞きたいことがいっぱいあるはずなのに。


 だから私は、光ちゃんが好きだ。



「あれ、これって……」



 ふと、光ちゃんが足元の砂から何かを拾い上げる。

 それは、星形のネックレスだった。



「これ、千依が前に失くしたやつじゃないか?」



 そうだ。

 私がとても大切にしていたけれど、初めて光ちゃんと海に来て失くしてしまったもの。

 少しだけ、切ない思い出だ。



「そうだね」



「すごい偶然だ。見付かって良かったね。まあ大分汚れてるけど……」



「うん。ありがとう。でもそれは、ここに置いていこう」



「え、どうして?」



「うーん、未来を救うため?」



 私が冗談めかして言うと、君は首を傾げる。

 それを楽しく思いながら、私は海に向かって目を閉じた。




 ねえ、届いているかな。


 私は、君のことを忘れない。


 私のことを救ってくれた、もう一人の君のことを、絶対に絶対に忘れないよ。


 ありがとう、君がくれた命を精一杯、生きていくね。




 大好きだよ、光ちゃん。



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未来を君に。 天崎澄 @nine_dual_nine

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