第五十八話 土曜日 昼の刻・伍 〜過去と現実

 濁った景色のなかは、ぼくの過去だ───


 懐かしい。

 そう思ったのも、祖父と祖母がいたから。


 だけど、ぼくは祖父に怒られている。

 祖父が指さす先は、楠だ。

 家の前にある公園の楠じゃない。

 祖父の家の裏にあった楠だ。


 ……思い出した。

 あんなに怒られたのに、ぼくは夜中、その楠に会いに行ったんだ。

 なぜかは忘れてしまったけど、行かなきゃいけないって思ったから。


 忘れてしまったけど、あの、楠のとなりに立つのは───



 ───……冴鬼!」



 ぼくは地面に突っ伏しながら名前を叫んでいた。

 冴鬼の姿は中学生の体格じゃない。

 ぼくよりずっと身長が高くて、精悍で、たくましく、……大人だ。

 青い髪は長く、腰まで伸びている。

 それが首の後ろで一本にしばりあげられ、跳ねあがるたびに緩やかにゆれる。

 服は鬼化の冴鬼と同じように見えるけど、その着物が優雅に舞う。

 そこに壁があるかのように下駄は空気を蹴り、すぐに嶌田へと刀をむけた。 


 黒い塊となっていたが、刀は呪いを削っているようだ。

 しだいに嶌田の体の形におさまりだす。

 ただ赤い目はずっと怒りが残ったままだ。


『みんな殺す! 呪い殺す! 全員殺すっ!』


 誰の声かもわからない音が竹林にひびく。

 嶌田が呪いを完成させるために、たくさんの小さな命を奪ってきた。彼らの魂が、嶌田に刺さりこみ、強い憎しみへと駆り立てている。


「わしの炎に焼かれれば、浄化される。少し熱いが我慢しろ」


 冴鬼が跳ねあがり、刀をかまえた。

 だが、嶌田は視線をぼくに向けた。


 ───笑った……?


 瞬間、うしろの橘から悲鳴があがる。

 黒い髪の毛の腕が橘にからみついている。お守りが盾になり橘を守るけど、いくら焼き切っても生まれてくる。


『橘もいっしょに逝こう』


 地面がくずれた。

 沈みはじめた橘を必死に抱えあげようと腕を伸ばすけど届かない!


『お前はオレの盾になるんだよ……』


 足が浮いた。

 腰に黒い影がまとわりついている。腕をふりまわしても、足をばたつかせても、それはがっちりとつかみ、ぼくが引きよせられる。

 すぐそこには、冴鬼が、そして刀が、ぼくの心臓めがけて落ちてくる───!



 ぼくは冴鬼をみた。

 冴鬼は小さくうなずいた。

 ぼくは、目をつむる。


 ───するり。


 体を抜けていく感触がある。

 下を向くと、間違いなく刀がぼくの体をとおりぬけている。なぜなら、青く冷たい炎の刀がぼくの目の前で浮いている。


 そして、その刀はぼくを貫き、嶌田の体にもつきささる───

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