第五十七話 土曜日 昼の刻・肆 〜術者と対決!
「あたし、あんたのことなんて、し、しらない!!」
術者の顔はこちらにむいている。
むいている、というのは、顔の場所に黒い穴が3つあるからだ。
どうみても、体格は中学生ぐらい。
3つ穴があるから、顔と思っているだけで、本当は違うのかもしれない。声を上げる口もなければ、穴が動くこともない。さらに原型がわからないほど禍々しいものが巻きついていて、術者の体の何倍もふくれている。
「やめろよぉ……わかってるんだろ? オレが誰かって……」
橘はぼくの背のうしろに隠れた。
ガタガタと顎が鳴る音がする。
「凌くん、アレ、なに? 人間なの……?」
橘が否定したことで、術者は泣きながら叫びだした。
「オレがこんなにしてやったのに! なんで! なんで!! 全部橘ためだぞっ! 百合花を呪ったのもお前のためじゃん! ずっとしばられてたじゃん。百合花に!」
「なんのこと?」
黒い人の指が土に食いこんだ。
黒い穴は橘を見ている。
震える橘の指がぼくの腕にくいこんでくる。
「自分がやりたいこともできないで………だからオレが自由にしてやるんだ!」
その声に、橘はぼくの背中で首を横にふっている。
「……ちがうっ! ガマンなんてしてないっ!」
耳をふさぎながらかがみこんだ橘に、黒い術者はむっくりと立ち上がる。
「オレは見たんだ。ピアノの発表会についてきたお前はピアノをひきたいって母親にいったけど、お前、なんていわれたっけ?」
「……やめて!」
「センスがないから、やらせない。っていわれてたじゃん」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさいっ!」
ぼくと冴鬼は橘を守るように立ちふさがった。
「……オレもピアノの発表会にいてさ、橘をみたとき、天使がいるって思ったんだ。だからオレは橘の支えになりたくて、遠くから、ずっと見守って、支えることにしたんだ。こっちに転校してきたときは、すんげぇうれしかった。神様がいるんだって思った。だけどさ……」
呪いの力が数倍にも増した気がする。
胃がひっくり返りそうなほど、ひどい威圧感がある。
「だけどさ! あの、土方先輩が好きなんだって! オレ、聞いちゃったからさ! 呪っちゃうよねぇぇぇぇ!」
憎しみが増した。
怒りも、後悔も、マイナスの気持ちがすべて力になる。
「凌よ、このままだと完全な呪いになる」
もう苦しさは消えたのか、それは悠々と歩きだした。
真っ黒だ。影人間だ。
「なのに、次は土方、お前を選んだ……まさか弟にのりかえるなんて、とんだ尻軽だよっ!」
「……なにいって」
「お前、とぼけんなよ。火曜日、ここの前、2人で歩いてただろ!」
───あの日、会ったのは……
「
黒い穴が三日月になる。
笑ったんだ。
そうだよ、と笑ったんだ。
ぼくの息がつまる。
ぼくらのことを知ってる人だとは思っていた。
だけど、ぼくが知ってる人だとは思っていなかった───
茫然と立ち尽くすぼくの背を、冴鬼がはたいた。
「見誤るな! くじけるな! 死ぬ気で生きろ! まだ、なにも終わってないっ!」
───そうだ。
まだ、兄は生きているし、ぼくだって生きてる。
「……冴鬼、終わりを始めよう」
「少しは肝が座ってきたな」
まだ混乱している橘をはじに座らせた。
その橘を隠すように、ぼくは立つ。
その数歩先にいるのは、冴鬼だ。
「……嶌田とかいったか。少し、体が軽く熱くなってきただろ」
「ああ。なんか、すんげーぶっ壊したい気分!!」
「呪いになる気分はどうだ?」
「悪くないね」
「そう言ってもらえると、叩き斬る甲斐があるってものよ。……押して参る!」
冴鬼が地面を踏みこんだ。
飛び上がったんだ。
もう、竹林の上に冴鬼の体がある。
そこですかさず印を結んでいく。
『
嶌田の手から、黒い影が鞭のように大きくしなる。
ぼくの体に当たる直前、冴鬼の刀が振り下ろされた。
「ほお。遅いな」
それでも嶌田は怯むことはない。すぐに次の攻撃に入った。
マシンガンのように無数に打ちつけてくるが、それを冴鬼はよけてかわし、さらに切り落としていく。
『
嶌田の懐に冴鬼はもぐりこむ。
だが、脇腹からのびたもう1本の腕が冴鬼をはじきだしてしまう。
唱える直前、地面が揺れた。
手だ。
黒い手が、ぼくの足をつかんだ。
ふりかえると、橘にも!
ただ橘はお守りがある。
かろうじて囚われていないけど、時間の問題だ。
それでもぼくの印は崩さない。
絶対に!
思いっきり片足だけを振り上げられた。
簡単にぼくの体は宙に浮く。
首がもげそうだし、脇腹がひきつる。
それでも、今ぼくができることを、しっかりするんだ!!
『
最後の印と同時に、影がぼくの体を自由にしてくれた。
地面にどさりと落ちそうになった瞬間、受け止めてくれたのは着物姿の冴鬼だ。
「凌よ、よくやった。あとは見ておけ」
もう一度突進していく冴鬼。
やはり鬼化した冴鬼はちがう。
動きもさることながら、刀から舞う炎が強い。
斬りつけるたびに青い炎が散り、氷の破片がキラキラと光る。
「……凌、くん」
ふいの声かけに、ぼくはかけよった。
「た、橘、だいじょうぶ……?」
「ごめんなさい……あたしのせいで……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめ」
謝る声を止めたのは、ぼくの平手だ。
すっと見あげる橘に、ぼくは視線をあわせる。
「アヤカシ討伐隊は、運命共同体!……だろ?」
橘の顔がくしゃりと歪む。
「……うんっ」
だけど、返事はしっかりぼくの耳にとどく。
土煙があがった。
冴鬼だ。
立ち膝をする冴鬼の姿を見て、すぐに理解する。
劣勢だということに───
たった数分の間に、もう嶌田といっていいのかわからない物体に成り果てていた。
黒い球体に、赤い目が2つ浮かぶ。
たくさんの黒い紐が冴鬼を翻弄し、捕え、投げ、撃ちつける。
さすがの冴鬼でも俊敏に攻撃をくりかえしてくる相手では、さばききれない。
投げられた反動でぼくらのもとに転がってきた冴鬼だが、息もあがり、傷もみえる。
「冴鬼!」
「凌、あやつはまずい。あれは厄介だ……間違いなく、無差別に人を殺すぞ……」
「え、でも……黄昏刻まで時間があるんじゃ」
「アレはもう一刻の猶予もない。あやつはただの人だ。憎しみ怒りを糧に、猫の魂を喰らい、人がただただ憎いだけの塊になっている」
刀を構え、立ち向かう冴鬼は、ぼくにいった。
「──覚悟は、決まったか」
大切なものを失くす覚悟だ。
深呼吸する。
ぼくは、決めたんだ。
みんなの、ヒーローになるって───!
『
『
『
2度目の印が結ばれた。
体から精気がすいとられていくのがわかる。
手首のお守りが熱い───
目の前が、ちらちらと白く濁っていく………
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