第五十六話 土曜日 昼の刻・弐 〜目指す場所へ

 橘が指を置いた場所、それはこの前みんなで行った商店街だった───


「ここら辺って感じなんだ」


 橘は地図をくまなく見ているけれど、商店街に指をおくのみ。


「詳しいことは、現地で見てみよう。もしかしたら、術者がよくいくところが、商店街かもだし」

「そうだな。術者の行動範囲がわかれば、わしの目で呪いの残りを見つけられるかもしれん。……よし、早速行ってみるぞっ」


 立ち上がったぼくらを先生は止めなかった。

 ただ優しい笑顔を浮かべている。


「いってらっしゃい。先生、お団子買ってきたんだ。、みんなで食べよう」


 これは先生なりの励ましだ。

 頑張ってともいわず、絶対倒せるなんてこともなく、ぼくらが帰ってくることだけを信じている。

 信じられる強さって、ある意味人間らしくなくて、先生らしいとぼくは思う。


「ちょ、凌くん、先生買ってきたお団子、老舗の西田のお団子だから、早く帰ってこなきゃ!」

「……え、よく気づいたね」

「あの袋はまちがいなく、西田さんのお団子!!」

「ほぉ。今日は団子の褒美か! フジにしては、気が利いてるなっ」


 色白の細い手がゆらゆらとぼくらを見送った。




 今日の天気は肌寒い。

 理由は風が強いからだ。

 冴鬼は髪をあおられたのか、金髪をさらりとかきあげた。その肩にかかるのは刀袋だ。

 その取り合わせが目立つのか、やはり美少年だからなのか、通りすぎる人たちの目を引いている。

 ぼくは美少女と美少年の後ろを歩いていくけれど、だけれど道案内もありリーダーだからか真ん中の位置へ。

 商店街につき、


「ここらへん?」


 橘を見ると、顔を横にふる。「もっと奥のほう」唇といっしょに腕が伸びた。


「いくぞ、お主ら」


 冴鬼の唇がそういい、小柄な彼の足がぼくらよりも前にでる。


「にしても、風強いね」

「これは鼬の残りだ。楽しく旅に出たんだろう」

「それならぼくも嬉しいけど……。ね、橘、どう?」

「……ううん。ここじゃない。もっともっと先だと思う」


 途中、グリムに手を振り、商店街を抜けたとき、橘が指をさす。


「……あっち。すんごく行きたくない」


 だけれど、その方角は僕らの家の方だ。


「前と同じ道、たどってみようか」


 橘の足の運びが悪い。

 どこかびくびくとして、怖がっているのがわかる。顔色も悪い。

 ただ、ぼくらも気づきはじめる。


 ──生臭い。


「蜜花よ、ちゃんと合っているぞ」

「……それならいいけど……あたし、こんな雰囲気のところに近づいたことないから」

「でも、呪いのそばにいたじゃん」

「なんだろ……きっと呪いがあたしをみてなかったから怖くなかったけど、今はじっと隙間から見られている気がする……」


 ぼくは橘の手をにぎった。

 こぶりの手が、ガタガタと震えていたから。


「大丈夫! ぼく、守るから……!」

「もちろん、わしもだぞ、蜜花」


 円陣をくむようにぼくらは向かい合った。

 言葉は交わさなかったけど、決意はいっしょだ。

 同じルートをたどっていたとき、あの家が視界にかかった。


「……なに、あれ……」


 あのとき、黒いものが家を呑みこんでいるように見えたけど、今はそんなレベルじゃない。


 生き物のように、蠢いている───


「蜜花、あの家だな!」


 踏みだした冴鬼の肩を密花がつかんだ。


「この前2人がいってた、黒い家でしょ? あそこじゃない……あそこじゃない!」


 ぼくと冴鬼はあからさまに驚いてしまうけど、橘の顔はもう半分泣いている。


「もう少し、先……」


 その道路は、道路といえるのだろうか。

 だれかの土地だろうけれども、通路につかわれている、細い細い『道』だ。

 舗装でもない、砂利もひいていない、踏み固められた道。


「……これは、わしらでもわかるな」


 冴鬼がいった理由がわかる。

 泥の足跡のように、呪いのシミが残っている。


「これをたどれば到着するだろう。蜜花、よくやった。ここからは、わしと凌でいく。1人で帰れるか?」


 冴鬼の声に、橘の足がふりあげられた。

 特技の地団駄だ!


「ここまできて、あたし抜きってどういうこと!? たしかにあたし、めっちゃ怖いけど、怖いけど! そういうことじゃないの! 呪いがなくなるの見届けるんだからっ! ユリちゃんの呪いが消えるの、見届けるの!……たぶん、見えないけどね!」


 橘のなかでの責任もあり、彼女のけじめでもあるのかもしれない。

 それにぼくらが「いいよ」というまで、地団駄をつづけるつもりなのがわかる。


「ならば、お主のことはわしが守る。だが、これからどんなことがあるかわからん。お主にとって辛い現実もあるかもしれん。それだけは覚えておけ」


 冴鬼の声が胃にすとんと落ちた。

 それはぼくにも当てはまることだ。


 でも……

 でも、


 どんなことがあっても、ぼくは、戦うことを決めたんだ。


 みんなの、ヒーローになるために。



「……よし、いこうか」



 ぼくの声は沈んでいた。

 低くて元気もなかったけれど、足を運ぶきっかけにはなる。

 道は固いけど、影になっているからか、ところどころに水溜りがある。

 それをよけるように、黒いシミがふわふわと浮いている。


 その足跡が教えてくれた場所。もう一本道となった通路の先に、ぼくらは驚いていた。

 それを口にだせたのは橘だ。


じゃん……」


 道路をはさんで現れた竹やぶ。渡ったあとがあり、獣道のような入り口から入っていくと、すぐに見覚えのある場所へたどり着いた。

 それは、祠のあった竹やぶだった。


「あの入り口の反対側になるんだ……」


 さらに足をふみいれたとき、ぼくらの体は固まった。

 金縛りのように体がきしむ。

 だけど、ぼくらはわかる。


 あの祠の前でうずくまる人間が、術者だということに───



 そして、言ったんだ。



「助けてくれよぉ……橘ぁ……」

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