第五十五話 土曜日 昼の刻 〜呪いの場所は?

 11時の現在、昼食タイムへ。


「今日はボクがご馳走するよ〜。てんやもんだけど」


 ぱらりと出てきた用紙は、出前をしてくれるお店のチラシだ。

 お蕎麦屋さん、ラーメン屋さん、ピザに、定食屋さんも。


「一番がんばってるの橘だから、橘が好きなの決めなよ」


 ぼくがいうと、冴鬼がうらやましそうに橘をみる。

 ちょこんとイスにすわって橘をみる冴鬼は、しつけがいきとどいた犬のよう。


「じゃあ、冴鬼くん、カツ丼とトンカツ弁当と、チキンカツ弁当、どれがいい?」


 橘が指をさしたのは定食屋さんのチラシだ。

 ナポリタンやグラタンなんかもあるなかでの、カツしばり。


「橘、なんでカツなの……?」

「そんなのあたりまえじゃない! アヤカシに勝つ! 願掛けっ!」


 冴鬼は真剣に3つから選ぼうと悩んでいる。

 食べたことがない料理のため、スマホで検索してのイメージで選択!


「……わしは、決めたぞ……」



 ───ということで、冴鬼にも決定権が与えられたお昼は、



「ほぉぉぉ、これがカツ丼というものかぁ!」


 そう、カツ丼!


 トンカツをあまじょっぱい汁で煮て玉子で閉じたとんぶり。

 それぞれにお味噌汁、漬物がついていて、それを図書室で食べるっていうのが、奇妙で特別で、なんだか笑えてしまう。


「さぁ、いただきますっ」


 冴鬼の号令ではじまった昼食だけど、橘は目がもう疲れてる。

 しょぼしょぼとした表情で、トンカツを頬張る。


「橘、あと6時間だし、あやしそうな場所に行ってみるのも手かなとか思ってるんだけど」

「凌くんもそう思う?」


 たくあんをボリっと噛み、橘はいう。

 味噌汁をすすり、ご飯をすくいあげた冴鬼だが、「ん?」こくびをかしげた。


「術者が変わったら、呪いもかわったりするのか……?」

「どうしたの、冴鬼?」

「いやな、鼬と女の呪いは、呪いをかけられた者しか見えなかっただろ? だが今回は術者がかわった。呪いが異常に強くなっている、ということは、わしでも呪いを見たり、感じられるかもしれないと思ってな」

「先生、術者が変わると、呪いの意味とか性質とか、変わることあるんですか?」


 ひとりお茶を淹れて飲みながら、先生はカツ丼を食べているけど、アツアツのカツ丼のせいだけじゃない、頬の高揚がわかる。口のはしが笑ってる。先生も初めて食べる料理みたい。


「先生、美味しいのはわかるんで、教えてもらっていいです?」

「……? なんの話だっけ」

「どんだけ、丼に集中してるんですか。だから、術者が変わったら呪いの性質も変わるのかって話です」


 先生はもう一口、ご飯をつめこみ、出汁を吸ったお米を楽しむと、


「……呪いに込めた意味にもよるかな」

「意味?」


 橘の声に、先生はうなずいた。


「鼬と女はね、お互いを憎み、お互いの足を引っ張り合ってた。だから、その思いのハケグチとして、選ばれた人を呪っていた。だけど、大雑把な言い方だけどね、この世の人たち全てに向けられた憎しみだとしたら、誰もが呪われる可能性があり、誰もが呪いを見ることができると思う」

「……術者次第ってことですか。でも、その術者は間違いなく、ぼく、兄、橘先輩を知っている人、ですよね……」

「たぶん、そういうことになるよね〜」

「……誰なんだろ、術者って」


 橘はぼそりと丼に声を落とす。

 でも意外と食べるのが早いようで、丼のなかは綺麗に半分が消えている。


「あくまでぼくの推測なんだけどさ」

「いってみてよ、凌くん」

「大人には呪いがかけられていないでしょ? だから、ぼくは、同じ中学の人じゃないかって」


 ぽとんと丼のなかにトンカツが落ちた。

 橘が固まっている。


「や、やめてよ、凌くん。そんなわけないじゃん」

「でもさ」

「やだよ! 友達とか疑いたくない! ユリちゃんが嫌われてるなんて思いたくないっ!……あたしならわかる! だけど、ユリちゃんは絶対ないもんっ!」


 必死の声に、ぼくは口をつぐんだ。

 冴鬼はもっくもっくと食べている。それは先生も同じで、2人ともにおいしそうに、嬉しそうに食べ続けている。


「……ふぅ。ごちそうさま」


 一番最初に箸をおいたのは、冴鬼だった。


「蜜花よ、安心しろ。百合花もお主も、嫌われてなどおらん。今日でしまいだ。大丈夫っ!」


 簡単にいってしまえるのは鬼だからか、冴鬼だからか、自称70歳だからか。

 冴鬼の声に橘は落ち着いたのか、ぬるい味噌汁を一気に飲みこみ、ご飯をかっこみだした。


「なんとなく方向はみえてるから、もうちょっとしぼって、すぐ出発しよ!」


 地図を見る作業が再開されたわけだけど、ぼくはずっと考えていた。

 同じ中学生の可能性。これはずっと頭の先に引っかかっていたことだった。

 呪いの仕組みがわからないにしろ、もし無差別に呪うものなのなら、もっと呪われている人が増えているはずだし、子供だけに限定しているのがひっかかっていた。


 仮に、『大人が子供を呪い殺したい』として、その対象が無差別に兄を選んだ場合、橘先輩とぼくが、続けて呪われる必要があったのか?


 あくまで想像の域をでないけど、『呪い殺してみたい』という希望なら、呪い殺されるのを見たいんじゃないかって。どうやって死ぬのか、見たいんじゃないのかなって。

 そうした場合、いっぺんに呪いをかけると、様子を見る対象が大勢になる。

 それなら1人呪い殺してから、次を呪ったほうがいい。

 それに、呪いをかけるためには、思い出したくないけど、猫を使作業があった。

 そして、あの竹やぶ……大人が出入りすれば、怪しまれる場所だ。

 さらに、兄と橘先輩が呪われた道路を使う生徒はそんなに多くない。

 ぼくらの住宅街へ抜ける近道ではある。だけど、となりの住宅街は、駅前を抜けたほうが早い。



 明らかに、ぼくらは、んだ。



 呪いという不確かなものにすがって、自分の手を使わずに人の命を奪おうとするなんて、選択肢として、もう、中学生しか残れない───


 ぼくが1人結論づけたとき、橘が立ちあがった。


「……見つけちゃったかも!」


 橘が地図に指をさすけど、ずるっとすべらせる。


「地図に触るだけでも、キモい感じする……」


 それぐらいヤバい場所が、ようやく、ようやく見つかった───!!

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