第五十四話 土曜日 朝の刻・参 〜呪いの行方

 橘がぐっとお茶を飲み干し、ぼくらに告げた。


「この街の地図、くれる? できるだけ、詳しいやつ」


 現在時刻は10時にかかる。

 今日の日没は18時45分ごろ。

 状況はどうなっているかというと、橘はじっと地図と睨めっこだ。 


「蜜花、わしになにかできることはあるか?」


 無言の蜜花に冴鬼は世話を焼こうとするが、役に立てないらしく、睨まれて退散してきた。


「まさか、蜜花ちゃん、地図から場所を見つけるだなんてね〜」


 自分の分だけお茶を淹れ直し、先生は湯飲みを抱える。

 橘いわく、『勘は絶対に当たる』という。


「あたし、昔から勘だけはいいんだ。悪い場所とか、近づいたらまずい場所とか、そういうの。それこそ小学校のとき転校が多かったから、近づいちゃいけない人とか。どんなに明るくて大通りにあっても、なんか気持ち悪い場所とかってあって。調べるとそういうところは悪い噂あるんだ」


 確かに橘が指差す場所は、事故物件や悪い人たちのたまり場とか、でも肝心な場所に行きつかない。


「……あーもー! なんか小さいのまで拾ってる気がする! めっちゃやばい場所やばい場所やばい場所……」


 橘は呪文のように唱えている。


「さ、場所探しは蜜花ちゃんに頼んで、凌くんは印について伝えておこうかな」


 少し席をあけて3人で膝をつきあわす。

 冴鬼はぬるいお茶をぐびぐびと飲み干し、急須に残ったお茶を注ぎたした。


「先にいうと、冴鬼は鬼化の次に、鬼神になることができるんだ」


 まだ熱いのか湯呑みに息をかける冴鬼が、こくんとうなずく。


「ただな、鬼神になるのは大変でなぁ……」


 縁側のおじいちゃんを彷彿させるしゃべりに、ぼくはどうツッコミをいれようか考えていると、先生がつけたした。


「確かに冴鬼と君は契りを交わしたけど。……ねぇ、凌くん、月祈りのこと、覚えてる?」

「あの日の夜のことですか?」

「違う。月祈りの決まりごと」


 ぼくは頭の中で記憶のページをめくっていく……



───『まじないの仕方は簡単だ。

 満月の丑三つ刻に、鏡を用意する。

 そこに自身の血を垂らし、月光にかがげ、月を鏡に映す。


『ぎんづき、ぎんづき、ぎんづきよ、白い狐に願いを送れ』


 三回唱えると、狐の遣いがやってきて、願いを叶えてくれる。

 ただし、願いを叶える際に、大切なものをさし出す必要がある』───



 ぼくは思い出した。


「……大切なものをさし出す」


 銀水先生はぱちりと手を合わせた。


「そ。同じ印で、1回目が鬼化、2回目が鬼神に。それだけ君の体力ももっていかれるから、覚悟してね。そして、2回目のときには、君の大切なものをさし出さなければならない」

「……それは、どういうもの、なんですか……」

「それはわからない。人間の大切なものって、ボクにはさっぱりだから」


 冴鬼も黙ったまま。

 本当にわからないのか、知っていても伝えられないなのか。

 ぼくも、ぐっと言葉につまったとき、橘の奇声が部屋にこだまする。


「あーもー!! お腹へったぁ! ご飯食べたぁーいっ!」


 まさかの、食事をご所望だ。

『腹が減っては戦はできぬ』をまさに体現したような状況に、ぼくは橘の図太さを知る。



 ……ぼくも、覚悟をしなくちゃいけない。













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