第五十二話 土曜日 朝の刻 〜新たな現実

 メロディとあわせてスマホが激しく震えている。

 スマホには橘の文字。時刻は6時になったぐらいだ。


「なんだろ……」


 ぼくは寝ぼけながらスマホをタップする。

 通話になったとたん、橘が叫んだ。


『ユリちゃん助けてっ!』


 橘の声は震えて泣いている。

 あまりのことにぼくも体を起こそうとするけど、スマホを持つ右手に力が入らない。


 ───これは、呪われてる?


 ぼくの腕が黒い煤でおおわれている。

 間違いなく呪いだ。

 毛布をなんとかめくると、両足も真っ黒に染まってる。


 でも、呪いの重さが昨日の比じゃない。

 まるでコンクリにでもかためられたように、硬くて重い。


「……にいちゃ……」

『ちょっと、凌くん!』


 スマホから怒鳴る橘の声がする。

 だけど、ぼくは確認しなくちゃいけない。


「兄ちゃん……!」


 ドアを開ける前から、わかる。

 これは……。

 足がすくむ。胃が縮む。今にも吐きそうだ。


『……凌くん!』

「橘、すぐ、折り返す」


 ぼくは一度通話をきると、部屋にもどり、冴鬼の爪を制服から取りだした。

 少しでも兄の呪いを弾かなきゃ……!


「兄ちゃん、入るねっ!」


 ぼくは勢いをつけてドアをあける。


 ───真っ黒だ。


 火事で焦げたようにみえるほど、部屋のなかが黒に染まっている。生臭さで息が詰まる。

 無理やりふりあげた足でカーテンをひき、窓を開けた。

 いつものベッドに横たわっていたのは、黒いミイラだ───


「……凌、どうなってる……?」


 しぼりだすような声に、ぼくはかたまってしまう。

 兄の表情がみえない。黒く歪んだ呪いが兄の全身をおおっている。


「これ、なんかヤバい感じ、だろ……? お前なら、なんか見えてんだろ……?」


 全身黒に覆われた兄の手がふらふらと持ち上がる。

 ぼくはとっさにそれを握った。


「兄ちゃん、ぼくが助けるからっ!」


 自分でも驚くほど声が大きい。でも、止められない。


「ぼく、ヒーローになるから! 昔、約束したじゃん。ぼく、兄ちゃんのヒーローになるって! すぐ、助けるからっ!!」


 ぼくは冴鬼からもらったを枕の下にすべりこませた。

 すぐに兄の呼吸が軽くなり、部屋の空気も明るくなる。


「……凌、ありがと」

「兄ちゃん、すぐだからっ!」


 ぼくは家を飛びだした。

 母の声も聞かず、ぼくは急いだ。

 向かう先は、公園だ。

 楠の前に立ち、いらいらしながらスマホを手にする。


「冴鬼、早く来てよ。橘にも電話しないと……」


 ぼくが電話をかけはじめると、すぐ横に冴鬼がいる。


「……うぉっ!」

『ちょっと凌くん、遅いっ! 早くっ! ユリちゃんが!』


 目の前の冴鬼が地面に木の棒で文字を書いた。


 ───図書室


 ぼくはそれに小さくうなずいて、努めて静かに橘に言った。


「橘、図書室に集合だよ」


 返事のかわりに通話が切れる。


「凌よ、わしらも急ぐぞ」


 冴鬼の声に、ぼくも走りだした。

 これを打破できるのは、ぼくらしかいないんだ!

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