第五十話 金曜日 夕の刻 〜終わりの祈り

「本当に、おわったのかな……」


 ぼくの声に、冴鬼はくすりと笑う。


「もちろんだ。呪いをすべて消滅させた。術者に呪いが返ることもない」

「そっか」


 ぼくの素っ気ない返事に、橘は目を輝かせる。


「おわったんだよ、凌くんっ!」


 橘は冴鬼の肩を、そしてぼくの肩をぐっと引きよせると、


「これでユリちゃんが助かるよぉ……」


 しわくちゃにしながら橘は泣いている。

 ずっと気持ちを張りつめていたんだと思う。

 ぼくだってそうだ。

 うっすらとぼくの足に絡む呪いも、今は薄い。


「さ、不幸な魂たちがおるからな。蜜花よ、祈ってくれるか」


 橘はぬかる地面も気にせず、立ち膝をすると、両手を胸の前でしっかりあわせた。


「迷わず、旅立ってください」


 ぶわりと金色の粉が噴き上がった。

 ぼくと冴鬼はあたりの光景におどろき、立ちすくんでしまう。


「ど、どうなってるの、冴鬼」

「わしにもわからん!」


 橘は目をつむったまま、祈りつづける。

 まるでその祈りの呼吸に呼応するように、渦をまき、たちのぼり、月光のほうへと舞いあがる。

 ふわりと鼻をかするのは、花の匂いだ。

 白い花の香りがあたりを優しくつつむ。



「……いってらっしゃい」



 橘を中心にして、渦を描きながら、金色のそれはチリチリと煌きながら夜空に吸いこまれていく───


「きれいだ」

「本当だな……」


 地面から星か降るのを、ぼくらはただただ眺めていた。

 優しいぬくもりに包まれながら、ぼくらも祈る。



 少しでも安らかに。

 少しでも、穏やかに────

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