第四十九話 金曜日 黄昏の刻・肆 〜戦いの結末

「……わしらは、運命共同体だっ!」


 冴鬼の声がこだました。

 声と同時に衝撃がはしる。


 熱風だ。


 空気を切って現れた冴鬼は、寸前のところで黒い手を斬り落とした。

 すぐに炎が焼きつくしてしまう。


「大丈夫か、お主ら」

「ぼくらは大丈夫。ありがとう、冴鬼っ」


 小さな背でぼくらを守る冴鬼。

 細く小さな背なのに、とても大きく見える。


「礼などいらんよ。わしはお主らを護る。絶対にだ」


 ぼくらの声をうけてか、冴鬼の炎が一段と強くなる。

 炎が風になってぼくらをあおってくる。そのせいでちりっと頬が熱くなる。

 だけれど、触れると冷たい。


「凌くん、これ、……氷?」


 橘の前髪が白く凍っている。

 ようやくわかった。

 冴鬼の炎は、氷の炎だ。

 熱く感じるのは、からだ。

 とっさに顔を腕でおおうけれど、風の勢いはますばかり。

 小さな竜巻がまきおこるが、それはすぐに威力をおとす。


「冴鬼くんが、すごく光ってる……?」


 橘の言葉の意味は、ぼくにはよくわかる。

 全身が青い。

 まるで氷の化身のよう……

 触れるだけで、瞬く間に氷像にされるほどの冷たい炎だ。

 そして、なによりも殺気にあふれてる。


「……わしの友だちを傷つけようとした罪は、重いぞ、呪い」


 地面を踏み込んだ。

 一本下駄が土にめりこみ、舞い上がった。


 振り上げた刀は氷のよう。

 地面の闇を吸いこんで、漆黒の刀に見える───


 黒鎌鼬も黙ってみているわけじゃない。

 黒い手の束をつくると、冴鬼に向かって無数に弾き出していく。

 弾丸の手は左右上下と落ちてくる冴鬼を撃ち落とそうとする。

 だが、冴鬼の速度は落ちない。

 黒い手をたどり削り、薙いで、払い、踏みつける。

 その動きは舞踊のように機敏で、なめらかで、無駄がない。


「終いだ、呪いよっ!」


 冴鬼が黒い手の弾く力をつかって、一層高く飛びあがった。



 ……青い炎が、稲妻になる。



 ぼくの目には、光が目に焼きついて離れない。

 ジグザグに閃光が走ったのだけはわかる。

 思わず息を止めていた。

 ふうと吐いたとき、黒鎌鼬が燃えあがった。


 黒鎌鼬の体を舐めるように炎が走る。

 全身に炎がまわり、凍りついていく。

 無理に腕を伸ばせば、そこから氷が割れていく。

 砂のように崩れる腕と腕。

 憤怒にまみれた悲鳴があたりに充満する。

 地面に体を叩きつけても、転がしても、体の炎は消えてくれない。

 もう、半分以上、体は残っていない。


『……みんな……死ねばいい……みんな……死ねば……』


 この想いは誰のものなのだろう。

 ぼくは凍えながら燃えあがる呪いを見続けるしかできない。

 大きな目玉がぼくを一瞥した。

 目を細めたあと、すぐに橘に眼球が回る。



『……ぜん……みつか…の………ため』



 今、なんていった……?


 ぼくの体が固まる。

 だけれど、それは橘も同じだった。


「今、あたしの名前、呼ばなかった……?」


 真っ青な橘の肩をぼくはにぎる。

 それしかできない。

 目の前の黒鎌鼬は崩れていくのに、恐怖が足首をがっちりつかんでくる。


「……おわったな」


 いつの間にか制服姿にもどった冴鬼がぼくらのとなりに立った。

 チリチリと氷の割れる音を聞きながら、おわった現実を、ぼくらはだまって見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る