第四十八話 金曜日 黄昏の刻・参 〜ぼくらの戦い
ぼくは目を離さない。
鎌の切っ先がぼくにかかろうとも、目を開けたまま、待つ。
なぜなら────
甲高くも、短い音がなる。それは鎌を刀で弾いた音だ。
「見事な印であったぞ、凌よ」
冴鬼は刀を一度、ふりさげた。
その背には自信があふれ、また気迫もある。
空に透ける髪が氷の糸のようにきらめいて、それを引き立たせるように、白い着物に身を包んでいる。
そして、額には黒いツノが。
同じくして、ぶんと音をたて、鎌は黒鎌鼬の元へと戻っていく。
太い腕が返された鎌をつかむが、すぐ下の地面に、別の刺さった音がする。
「……ただの棒で戦えるか、呪いよ?」
太い手が持つのは、鎌の柄だ。
冴鬼の声に、黒鎌鼬からは口といえない場所から奇声が放たれる。
それでも冴鬼は身じろぐことはしない。
真っ直ぐに見つめて、刀を構え直す。
「……あれ、冴鬼くん、どこ?」
橘の声に、改めてぼくは冴鬼が鬼化できたのだとわかる。
「冴鬼は鬼化できたよ。黒鎌鼬と向き合ってる」
「凌くんには見えるんだ……もしかして、あそこらへん?」
指をさした場所はまさしく冴鬼の場所だ。
「え? 橘、見えてるの?」
「でも、なんか、そのあたりが青く光ってる感じがする」
たしかに冴鬼のオーラは青だ。冷たくも、心が温かくなる、不思議な光。
「すぐに決着をつけようぞっ」
冴鬼は黒鎌鼬に声をなげた。
ぼくへの執着はまるで失せたのか、素早く走る冴鬼に狙いをおいたままだ。
冴鬼は着物を舞わしながら、刀をさばく。
左右に振りおろされる度に、炎がおこり、その火は青い。冴鬼の髪の毛よりも深い。
だが黒鎌鼬もされるがままでいるわけがない。
白い腕を伸ばし、冴鬼をとらえようとする。さらに黒い髪を地面にしのばせると、手で隙をつくり、冴鬼の足をとらえた。
「冴鬼!」
思わずぼくは叫ぶけど、冴鬼はぼくににこりとするだけ。
黒鎌鼬は喜びの奇声をあげながら、冴鬼へとさらに腕をふやし絡みつく。
だが、それは冴鬼の作戦だったようだ。
「ようやく、距離が縮まった」
冴鬼がつぶやいた瞬間、青い炎が呪いに吹きつけられた。
それは刀から発せられた炎で、黒鎌鼬全身を見る間に覆っていく。そして、じりじりと灰に。
ただ焦された場所から生き物の焼ける独特の臭いがただよってくる。あまりの匂いに、ぼくと橘は一度目をあわせた。
でも、それが黒鎌鼬の消滅へのカウントダウンなんだと思うと、我慢できる!
黒鎌鼬から悲鳴があがった。
表面だけを焼いていた炎が、内部にまで届いたようだ。
地面にゴロゴロ転がる姿は、人間がもがいているようにもみえる。だけれど、白い手が炎を払う動きは、どこか獣じみた動きだ。
歪な存在に、ただただ目が離せない。
「もう、終いにしよう」
冴鬼が刀をかまえなおしたとき、また黒鎌鼬が声をあげた。
それは怒りだ。
ぼくにはわかる。
これは、怒りの声。
犬が吠えている声にも、人間の怒声にも聞こえる。
冴鬼と黒鎌鼬はすばやく距離をとった。
残りの火を無理やり消した黒鎌鼬は地面にむけて咆えたとき、それに呼応するように、地面がゆれはじめた。
それはぼくらの足元も、だ。
「なにこれ!」
「地震っ?」
橘がぼくの腕をつかむ。ぼくも橘の手をにぎる。
お互いを支えるようにして足をふんばったとき、それは起こった。
地面から無数の黒い手が生えだした。
大きな地割れをおこしながら、それは冴鬼にむかって伸びていく。
だけど、ただの黒い手ではなない。
左右にしなったそれは、簡単に太い竹を切りおとしてしまう。
もう、あの黒い手自体が鎌のようだ。
「橘、もう少し距離をとろうっ」
お互いに足をふみだすけど、ぼくの膝に力がはいってくれない。
おもわず地面についた膝を強引に立たせるけど、うまく歩けない。
「……た、橘、先にいって!」
「だめだよ、凌くんっ! ここ危ないっ」
見えない橘でも、危険を感じるほどのやばい場所になっているのは間違いない。
うねうねと揺れる黒い手は、無差別にあたりを切り刻んでいく。
冴鬼もあまりの手の数に翻弄されている。刀で斬っていても、減るどころか、増えているようにさえ見える。
冴鬼が刀で払った黒い手が、波をうちながらぼくらへ向かってくる。
「橘、逃げて!」
「だめ! あたしたち、運命共同体でしょっ!」
橘はぼくに叫ぶと、ぼくにしがみついた。
ぼくを守るようにではなく、ぼくによりそうように。
ぼくらは身構える。
鋭い手がぼくらへと、ぐんといっそう伸びてくる───!!!
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