第四十七話 金曜日 黄昏の刻・弐 〜押される戦

 冴鬼の身長よりも長い刀が、錆びついた鎌をがっちりと押さえ込む。


「なかなかに、剛腕ではないか」


 冴鬼の胴体めがけてふりまわされる鎌。

 だが、押さえつける鎌を冴鬼は弾くと、瞬時に飛びあがり、宙返りしながら後退する。


「時間稼ぎ、ご苦労だったな、凌よ。蜜花のそばへいき、印を結べ。しっかりな!」

「わかった。けど、来るの遅いよ!」

「救世主はギリギリがいいと、フジに教わったのでな」


 よけいなことを……!

 ぼくは先生を憎みながら立ち上がる。


 やっぱり黒鎌鼬の標的はぼくのままだ。

 大きな一つ目がぼくを離さない。


「今、相手をしているのは、わしだぞ、呪いよ」


 冴鬼がすばやく薙いだ。

 どすんと、小さな地響きとともに地面に転がったのは、鎌を持つ腕。

 鼬の腕なのか、まだらに皮膚が焦げて、毛むくじゃらだ。

 ぼくの胴ほどある腕が、瞬く間に萎んで、灰になる。


 一拍おいて、咆哮が轟いた。


 男とも女とも、子供とも大人とも言えない、複雑な不協和音。

 痛みに鳴いたのか、腕が落ちたことに怒っているのか、どちらもなのか。

 咆哮と同時に、腕はぼこりと丸い体から生えなおされる。さらに冴鬼との攻防が激しくなるけど、あのが耳にこびりついて、ぼくは膝を地面についてしまった。


「大丈夫、凌くん!」

「ごめん……橘は?」

「だいじょ……ん…? な、なんか、お腹のなかがぐるぐるする……気持ち、悪い……」


 後ろをむいたとたん、橘がかがみ込んだ。

 声もなく、吐き、むせる。

 この黒い気持ちは、人の体を、心を壊すのは簡単だ。

 ぼくはその背をなでながら、冴鬼を見上げる。


 新兵器のおかげか、黒鎌鼬と互角、いやそれ以上。

 目が慣れたのか、寸前でよけていたのにも余裕がある。

 それでも、いくら斬っても元に戻られては太刀打ちできない。


「凌よ、早く印をっ!」

「そうだったっ」


 ぼくが声に出して印を組んでいく。

 なのに……!


「……! だから、なんで、地面から髪の毛が生えるんだよっ!」


 ぼくの両手にからみつき、印を結ばせないように離そうとする。

 すごい力だけれど、ぼくだって負けてられない!


「……凌っ!」


 冴鬼の叫びにぼくが顔をあげたとき、それはぼくへと向かっていた。



 黒鎌鼬の鎌────



 横に高速回転しながら向かってくる。

 髪の毛はぼくの腕、足にまとわりついて、動けない……!!

 動きがスローに見える。

 走馬灯も走ってきそう……


「くそっ! くそっ!!」


 もう、ダメ……?

 ダメかな……怖がりのぼくだし……


 でも……


 ……あきらめたくないっ!



 だって、ぼくは、ヒーローになるんだから……!




 鎌が来る前に印を結びおえればいい……

 そうすれば、冴鬼がどうにかしてくれる……!


りん!』


 見ないでもできるようになった印だ。

 指がスムーズに動いていく───


ぴょう!』


 ぼくは鎌をじっと見つめる。

 腕の長さより、近い。


かい!』



 もう、眉間の前だ────


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