第四十六話 金曜日 黄昏の刻 〜呪いとの対峙

 目の前に現れた呪いは、ふらふらと竹林の奥からぬるりと現れた。

 祠のなかから現れたわけではない。ずっとんだ。


 あたりの薄暗さから透けて見える。

 でっぷりと黒く太ったシルエットがゆっくりと浮びあがる。

 だけど黒く見えるのは、厚くぬられた血のせいだ。たくさんの血が固まって、黒くぬらりと光っている。

 そこから白い手がぼとりとぶらさがり、さらに覆いかぶさるように、太い獣の腕が鎌を持つ。刃をじゃりじゃりと鳴らしながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 さらに何十もある目が、渦潮にまかれるように1つの目へ。

 それはぼくをとらえると、逆三日月に、形をつくった。


『殺せる殺せる殺せる殺せる殺せ……』


 壊れたレコーダーのように続く声が、耳鳴りのよう。

 間違いなく、ぼくが標的だ。

 だけどこれは物理的にも殺そうとしている……?


「凌よ、見えているか」

「もちろん。冴鬼は?」

「今日はな、新兵器を用意しているから、問題ないぞ!」


 ふりかえると、冴鬼が黒い布で目隠しをしていた。


「……え?」

「これをすると、霊力が浮き出て見える仕組みよ。凌の姿も、妖の姿も、しっかりと浮いて見える」

「竹林とかは?」

「彼らの生命力が見えるから、問題ない。ただ……」

「ただ?」

「目を瞑ったときの光の残像みたいに見えるのでな。慣れるまで、時間を稼いでくれ」

「それは……無理っ!」


 ためらいなく錆びた鎌がぼくへ振り下ろされたけど、なんとかよける。

 よけられた理由は、呪いの動きが遅いからだ。


 遅い、とはちがう。

 重い。ぼくはそう思う。


 きっとぼくに向ける心は憎しみだ。

 風船のように膨らんだ腹を抱えて動いているから、俊敏さがない。

 この前のように、ぼくをつかんできた腕も、絡みつく髪も、なにも動きがない。



 ただの憎しみを振り回している───



 冴鬼はというと、ゆうゆうとジャンプし、太く伸びた竹の先に着地した。

 大きくしなる竹だが、折れることなく冴鬼を支えている。


「冴鬼、まだ目、慣れない!?」

「あと少しだな」

「早くして!」


 冴鬼を急かすけど、本当にこの前と同じ呪い?

 動きが緩慢だ。

 橘から呪いを離すようにぼくは移動をするけど、それにすら反応が遅くて、なんだか拍子抜けだ。


「凌くん、あたし、どうしたら……」

「橘は見える?」

「ううん。……ただ、すごく嫌なものがそこにいるのがわかる」


 指をさした方向は、まちがいなく、呪いが浮いている場所だ。

 呪いはくるりとこちらを向く。

 赤黒い目が左へとずれる。

 ……橘をみた。


「橘、ここから動かないで! 絶対だよっ」


 地面に転がっていた石を投げてみる。

 素通りするのかと思ったけど、呪いに実体があるのか、ガツンと石がはじかれた。


「こっちだ、黒鎌鼬!」


 声をあげると、眼球がぐにゅりとぼくをとらえなおした。

 再び目を細め、ぼくに鎌をふりおろす。

 だけど、スローモーションみたいに鎌が落ちてくるので、ぼくは簡単によけられる。

 それを3回繰り返し、橘とある程度の距離をかせいぐことに成功した。


「……これだけ離れてれば大丈夫かな」


 そうはいっても、声を張りあげれば届く程度の距離だ。

 だけど、呪いはぼくから離れたくないようで、橘のほうにも、もちろん、冴鬼のほうすら見向きもしない。


「黒鎌鼬、ぼくを殺したいか」

『殺す殺す殺す殺す……』


 ぼくはダメ元できいてみる。


「理由は?」

『憎い憎い憎い憎い……』


 憎い?

 そうだとするなら、兄や橘先輩も、憎しみの対象だということ?


「なんで憎いの?」

『お前がいなければお前がいなければお前がいなけ』


 ひどいやりとりだけど、会話はできてる。

 ただ、ひとことずつ、鎌がふりおろされてくるけど。

 でも、ぼくがいなくなれば解決することってどんなことだろう?


 ぼくでもかわせるゆっくりの攻撃でも、これだけ続くと、息がきれる。

 地面もぬかるんでいるし、足がもつれだす。


「……あっ!」


 つい、足がとられ、転んでしまった。

 だが、それは泥のせいじゃない。



 髪の毛……!?



 地面からつきぬけ伸びた髪は、ぼくの足首にからみついている。

 しかも地面にしばりつけるように、ふくらはぎ、太ももとはいあがってくる。


「……うわ、きもっ! 冴鬼!」


 ぼくが叫ぶと同時に、すばやく鎌がふりあげられる。

 今までの動きじゃない。

 ぼくを確実に仕留めるために、弱らせてた……!


「冴鬼!」


 爪のなかに土がはいろうと、必死に髪の毛をつかむ。

 だけどゆるむどころか、足を締めつけるばかり……



 ───避けられないっ!



 両腕を盾にかたまったとき、小さな影がかかる。


「……待たせたな、凌よ。わしの本気をみせてやろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る