第四十五話 金曜日 夕の刻 〜彼らに祈りを

 途中、花屋さんでお花を買った。

 昔からある花屋さんだ。店主のおばあちゃんが新聞紙でくるくると花を包んでくれた。


「花束にしなくていいのかい?」


 その問いに橘は明るく答える。


「はい、これは一本ずつ手渡したいので」


 猫たちに手向ける花は、ガーベラにした。

 柔らかいパステルカラーで、春に似合うし、猫たちのふわふわな感じにも似合うから。


「冴鬼、今日はちゃんとお金あったんだね」


 ぼくの声に、冴鬼は笑う。


「まあな! フジに話したらしぶしぶ財布からだしてきたぞ」

「先生らしいね」


 前を歩く橘はときおり花の匂いをかいで、ほほえんでいる。

 これを見るだけだと美少女だけど……


「すんごいいい匂い! 冴鬼くんもかいでみる?」

「……おお! やわらかで、みずみずしい香りだな」


 2人で花をつかんで吸い上げる顔はそれほど美しくない。

 むしろ小鼻がふくらんで、ブサイクだ。


「凌もかいでみるか?」

「あ、ぼくは結構です」

「なんで? いいにおいだよ?」


 そんな明るい会話ができたのは駅前まで。

 ここからは、みんなの顔もひきしまる。

 だって、敵地にいくんだから───


「よし」


 冴鬼の声にぼくらはつづくけど、横道に入ったとたん、すごく、違和感だ。

 まるで別世界に入り込んだような、地面がゆがんでいる気がするほど。


「……歩くだけで気持ちが悪い」

「凌よ、飲まれるな。気持ちを強く持て」


 青白くなるぼくのうしろで、橘も身を竦めている。


「なんか寒い気がする。……っていえばいい?」

「……え、演技!?」


 ぼくがおどろいて橘をみるけど、けろりとした顔だ。


「あたし、そういうの全然わっかんなくて」

「それならそのほうがいいよ」


 すぐにあの入り口についてしまう。


「まだ黄昏刻になってはいない。早く埋葬してやろう」


 先頭を歩く冴鬼につづく。

 まだ道はぬかるところがある。

 ぼくたちはそれにかまわず歩いていく。

 あのとき見つけた小さな猫の足跡は、今日は、ない。


 到着した祠の場所は、前よりも暗く沈んで見える。

 猫たちの体もだいぶゆるんでしまった。

 ぼくらは冴鬼が掘る穴へ、そっと彼らを寝かせていく。

 無言で繰り返す作業は、12回───


「お花、もっと余ると思ってたのにな……」


 橘が3本残ったガーベラを胸に抱く。

 ぼくらは泣かないように、食いしばる。



 こんなことをしてまで叶えたい願望、かけたい呪い、それを、今日、止めるんだ!



 橘が猫たちのお墓に向けていのっているうちに、時間は来てしまった。


「黄昏刻に入った……」



 ぼくの声をさえぎるように、呪いの唄がこまくにはりつく──── 

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