第四十四話 金曜日 昼の刻・弐 〜授けられたもの
銀水先生が白衣のポケットからとりだしたのは、2個のブレスレットだった。
ぼくの両手にそっと乗せてくれるけど、空気みたいに軽くて、色は銀色の半透明で細い。
ゴムみたいな触感。
「あたし、そっちがいい!」
「だめだめ、蜜花ちゃん。それはお守り。これは霊力増幅装置だからねぇ」
銀水先生が橘にいうけど、橘は不服なのか頬を大きくふくらませている。
先生は、ポンポンにふくらんだ橘の頬をつついて遊んでいる。たまに強く押すのか、ブブブーと空気がもれてくる。
「先生、これ、両腕につけるってことですよね?」
うなずき返してくれたので、ぼくはおそるおそるそれを両手にはめてみた。
半透明な銀色のブレスレットがぼくの手首にまわるけど、まるで生きているかのよう。金具でつなげるまえから、ブレスレットが肌に吸いつく感触がする。
「なんか、気持ちわるい」
どうみても生き物じゃないのに、存在感が生き物のオーラを発している。
手首をくるくるまわしてみるけど、動く気配はないし、でもやっぱり雰囲気は生き物だ。
「そんなに、気持ちが悪いか?」
「冴鬼、わかる? なんか存在感が生き物ぽくて……」
冴鬼はぼくがいうことをだまってきいてくれていたけど、どうも心当たりがあるようだ。
「説明したらどうだ、フジよ?」
「説明いる? なんにせよ、そのブレスレットをしなきゃ、凌くんの霊力は濃縮できないんだよ?」
質問をさらに質問で返されるけど、ぼくは首をたてにふる。
「説明、お願いします」
銀水先生は一度咳払いをし、ぼくのブレスレットを指さした。
「さっきもいったけど、霊力を高めてくれる装置。なんとー! 100年以上生きた蛇の魂を練ってつくったブレスレットなんだぁ! かぁなぁりぃ、貴重だから、壊さないように! もんのすごく強力に凌くんの霊力を高めてくれるから期待していいよぉ!」
どうりで生き物っぽいわけですね。
橘みたいにむしりとって投げ捨てたい!!
だけどブレスレットから、ほんのり気持ちが伝わってくる。
『オレたち、すげぇ霊力にするから、任せろよな!』
すごい圧を感じる。
「……キモっ」
橘がドン引きしてるけど、ぼくのほうがもっとドン引きしていることを察して欲しい。
「先生、霊力を高めるってどういうことですか?」
「凌くんの霊力は普通の人よりずっと多いの。多いけど常に放出してる感じ。で、高めるっていう意味は、その放出している霊力を一箇所にまとめるイメージ。もちろんブレスレット自体、凌くんの霊力を使うんだけど、それ以上に凌くんの霊力を吸いあげて固める力があるんだ。だから、それつけて印をむすぶと、すっごい疲れると思う」
「あ、最初にいってくれて助かります。よくそういうの、印を結んだあとに動けないとかなって危機に陥るパターンが多いんで」
「リスクあるものをわたすときはちゃんと説明するのが、商品開発者の努めだからね!」
妙に説得力のある言葉をいただいた。
これほど自信満々にいってくれたからには、期待できる!
「これで印を組めば、冴鬼が鬼化できる」
「そうは問屋が卸さないってね」
「これもですか!?」
「なにより集中力が必要。印は、冴鬼の鬼化をふさいでいる扉の鍵になる。鍵っていうのは?」
「カンペキに作らないと、開かないってことですね」
「そういうこと。スピードも集中力も試されるけど、自分で決めたんだから、やらなきゃね」
先生の表情はいつになく真剣だ。
ぼくへの期待と、試す心がみえる。
「はい。ぼくは、やります」
図書室の時計を見ると、15時を回ろうとしている。
黄昏刻にはまだ遠いけど、それでもやることはある。
「よし、先に準備をしよう。猫たちも埋葬したいし」
「凌よ、お主は優しいな。スコップと軍手はすでに用意済みだ!」
冴鬼のほうがよっぽど優しいと思う。特に猫に対しては……
「すこし時間があるなら、駅前でお花買っていきたいな」
「いいよ。ぼくもあったほうがいいなって思ったから」
ぼくらは自分たちの装備を確認すると、人一倍荷物が多い冴鬼を無視して図書室をでる。
「いってらっしゃい、討伐隊のみんなぁ〜」
ひらりと白い手がゆれる。
ぼくらはそれに手を振り、階段をおり、靴をはいて、学校の門を出た。
もうぼくらは守られていない、そんな気持ちになる。
ぼくらで戦わなきゃいけないんだ───
「よし、行こうか」
今日の天気は、肌寒い。
薄い灰色の雲がのっぺりと空を覆っているからだ。
だけど、それすら跳ね除けるぐらい、ぼくらは強く思っていた。
今日、決着をつけるんだ───!!!
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