第四十三話 金曜日 昼の刻 〜司令室会議!
ぼくは授業の間も、休み時間も、ずっと机の下で印をむずぶ練習をしていた。
授業ノートは蜜花にたのんである。こころよく受けてくれたのが頼もしい。
で、となりの冴鬼だけど……
「凌よ、この数式って」
「凌よ、この国語の『それ』って」
「凌よ、歴史というのはつまん」
……とにかくうるさい!
かろうじて授業中に話さないだけマシかもしれないけど、休み時間では冴鬼の口はひらきっぱなしだ。
「うるさいよ」
「そういうな。わしはここの生活に慣れるため、必死なんだぞ? で、印はどうだ?」
「かなり早くできるようになってきた」
「さすがだぞ、凌よ!……で、今日の給食は」
「もう! それは、うしろに貼ってあるから、みて!」
ぼくが指さすと、冴鬼はうきうき顔でむかっていく。
次の英語の授業がおわれば給食だ。
「凌よ、今日の給食は、鮭フライ、マカロニサラダ、パン、肉団子スープ、ババロアとあった。ババロアってなんだ?」
「あー! もー!」
集中がとぎれて怒るぼくに、冴鬼はおかまいなしだ。
橘がつつーっとよってきた。
「冴鬼くん、凌くん怒ってるって」
「凌よ、こんなことで怒られてはこまる。こういうときでこそ、印がむずべないとだな」
「もう少し集中させてよぉ!」
「だがわしはババロアがしりたいんだ」
ひとりしょぼくれた冴鬼に、橘がメモを手わたした。
「これ、カレーのレシピと、メンチカツのレシピ。ババロアは牛乳をゼラチンで固めたのをいうの。今日食べてみておいしかったら、日曜日、作ってみる?」
「いいのか?!」
「簡単だし」
「おー! やはり蜜花は、優しいなぁ」
凌は背伸びをして蜜花の頭をなでている。
橘はまんざらでもない顔だけど、3秒ぐらいして手首をつかんだ。
「なですぎ」
「いいではないか」
「よくない。はずかしい」
「わしは70歳だ。恥ずかしがることはないぞ」
「本当にその設定やめない? こっちが恥ずかしい」
にらみ合いのなか、チャイムが鳴る。
「ほら、授業始まる。橘、ありがとね」
橘は首をちいさくふって席へと戻っていった。
英語の授業をどうにかのりこえ、待ちに待った給食だ。
トレイにのせられた平らな皿に、千切りキャベツ、鮭フライがのせられ、小鉢碗にマカロニサラダが入れられる。牛乳といっしょにパンが配らているなか、ぼくと冴鬼はスープを受けとり、席についた。
「今日のごはんもおいしそうだな」
「そうだね」
ババロアもとどき、冴鬼は半分凍ったままのババロアに興味津々だ。
「これが牛乳をゼラチンでかためたものか……味はどんなだ?」
「甘いよ。それデザート枠だし」
「そうか。飯とはちがうのか」
「食後に食べた方がおいしいと思う」
「そうか」
冴鬼はいいつつも、いきなりババロアをパンにはさみ、食べだした。
「……なっ!」
「なぜそんなにおどろくんだ? どちらも甘みだからな。合うだろ」
「くそっ! その発想はなかった!」
ぼくも冴鬼と同じように食べながら、フライをかじる。
やっぱり、あまいとしょっぱいは、合う!
そんな給食をおえたぼくらは、図書室へとむかった。
今日は橘が先頭をきって歩いている。
どすんと足音が聞こえてきそうな一歩だけど、やる気に満ちた一歩なんだと思う。
「あたし、昨日ちゃんと祈ったよ。お月様がきれいだったから、みんな天国へいってねって。もちろん、呪いにも。迷わないでいけたらいいな……」
足音とは真逆の優しい声がする。
それを聞いて、これは覚悟の一歩なんだとわかった。
橘の強く、やりとげる気持ち。ぼくが見習わないといけない気持ちだ。
図書室の戸に手をかけたのは橘だ。
勢いよく開いた。
「……いっ!」
橘がのけぞったのもしかたがない。
銀水先生が前のめりでそこにいたからだ。
「待ってたよ〜、みんな〜。今日の給食もおいしかったね〜!」
「先生、ち、近い……」
「あ〜、ごめんごめん! さ、入って〜」
すでにホワイトボードをおいて、準備万端だ。
だけど、やっぱり、今日も人がいない。
「銀水先生、どうしていつも人がいないんですか?」
ぼくがイスに座りながらいうと、人さし指をピンとたてる。
「それは簡単。ぼくが『人払い』をしているからだよ」
「なに、その、ひとはらいって?」
橘の声に、先生は笑う。
「みんな図書室のことを忘れちゃう妖術だよ」
「はい、うそ!」
呪いの存在は信じるほかなかったにしても、冴鬼が鬼だったり、先生の妖術も信じないっていうところが橘らしい。
「はい、みんな席についた〜? で、凌くん、印はどうかな?」
再び鼻がくっつくほどに先生の顔がにゅっと近づく。
「はい。近いです。みていただけますか?」
たちあがり、印を結んでみせる。
授業中もむすんでいたかいがある。
指は昨日の夜よりスムーズだし、見るかぎり、様になってる……て、思ってるのはぼくだけ……?
印をむすび、顔をあげると、銀水先生がぼくの手を両手でにぎる。
「すごいよ、凌くん、すごいよ!! 素質あるね、あるよね。これならいける、いけるよ!」
あまりののめり込み気味にぼくはおどろくけど、昨日より上達してるなら、安心だ。
橘も驚いた顔のままよろこんでいる。
「すごいね、凌くん。昨日すごくぎこちなかったのに」
「凌は頑張り屋だからな! さすがわしの相棒よ」
なぜか冴鬼が自信満々なのがわからないけど、みんなの期待には応えられたみたい。
「凌くんの印がむすべれば、あとは冴鬼が戦うだけ。もう準備は整ったね!」
先生は手を打つと、白衣のポケットから、ひとつ、取りだした。
「蜜花ちゃんに」
小さな色白の手にのせられたのは数珠だ。
真っ白だけれど、透明感のある石が繋がれている。結び目にはふつうは
橘はかわいらしい房のついた数珠に嬉しさの声をあげ、ふかふかとなでている。
「気に入ってくれた?」
「もちろん! ちょーかわいい! こんなお数珠あるなんてしらなかったぁ」
橘の声に先生はふふんと鼻をならした。
「これは世界で一つだけだよ!」
「そんなに貴重なものなんですか!?」
さらに驚く蜜花に、先生は自慢げに胸をそる。
「なぜなら、ぼくの髪の毛で結ったお数珠だからね! これを手首につけてれば、呪いからも守ってくれるし、お祈りをすれば蜜花ちゃんの祈りがもっと強く届くよ」
聞きおえた橘の顔はいやそうにゆがんでいる。
「これ、先生の髪の毛……なの? めっちゃキモい……」
「キモいっていわないでよぉ〜。これだけの束にするのに、どれだけ抜いたと思ってるの?!」
「ひっ! まじ?! だからよけいにキモいってば!」
「蜜花よ、昨日、いっしょうけんめいフジが作ったんだ。受け取ってくれぬか?」
「上目づかいで情にうったえてもムダ! 髪の毛なのはキモいってば」
今にも放り投げそうになるのをぼくはむりやり止めた。
手首をつかんでしまうけど、しかたがない。
「た、橘、この髪の毛は霊力がすんごい高い。ぼくでもわかるもん。これは橘を守ってくれるから。これから危険だから、お願い、これを持ってて!」
橘が離さないように、ぼくが両手ではさみこむ。
絶対、これはつけてほしい!
ぼくがみても、すっごいお守りになるっ!
ぼくが上下に橘の手を包んだことでどうしようもなくなったのか、うつむきながらも、しぶしぶうなずいた。
「ありがとう、橘」
顔をあげた橘に、うれしくて笑いかけてしまうけど、橘はすかさず顔を横にむける。よっぽどガマンしてるのかも……。
「ちょっと、手、はなして!」
いわれるまで忘れてた、握ってたこと。
でも、こんな小さな手だったんだ。
改めてぼくはおもってしまう。
橘を傷つけないように、ぼくと冴鬼でがんばらないといけないんだ。
ぼくは冴鬼の能力アップはもちろん、蜜花の盾にもならないと───
「さ、凌くん、君にもわたしたいものがある」
先生の顔はにたりと笑ったままだったけど、目の奥は、とても真剣にぼくを見ていた。
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