第三十八話 木曜日 夕の刻 〜アーケード商店街

 今日は、昨日とはうってかわって天気がいい!

 昨日は門を左に曲がったけれど、今日は右へ。

 帝天だいてん地区は、緑も多い街だといえる。

 通学路をつなぐようにイチョウの街路樹がならぶ。道路にそってあるのが、住宅街だ。それを抜けると、すぐにビル群が現れる。高層ビルとまではいかなくても、首が痛くなるぐらいには高い。

 この住宅街とビル群の堺に、アーケード商店街が存在する。


「蜜花よ、道順がちがうだけで、ワクワクするな」

「ね! あ、和モダンな感じのビルある……ねぇ、あれ、なに?」

「なんか明治時代の建物だって。今は郷土博物館だよ」

「いってみたい、あたし」

「わしも!」

「いいね、今度みんなでいこう」


 商店街まで歩いて15分。アーケード街なので、雨の日も安心!

 冴鬼はビルを見上げ、「ほう」と息をついた。


「すごい高い建物だな」

「うちの父さんは、もうすこし先のビルに通ってるよ」

「見晴らしのいいところで仕事をしてるんだな、凌の父上は」


 橘はきょろきょろと見回しながらも、行く場所に見当をつけているよう。


「ここは服屋さんに飲食店、八百屋に肉屋、いろいろあるからけっこう楽しいよ」

「でも中学生、少ないね」


 橘はこぼれそうな目をありったけ開いて遠くまでみているようだけど、同年代はみつけられなかったようだ。


「放課後は、あんまりよっちゃいけないだ」

「なにそれ」

「本屋さんはいいんだけど、ゲームセンターもあって、そこには他校の中学生とか高校生がいるから、気をつけたほうがいいって」

「なるほど。不良がいるってこと」


 冴鬼はあちこちの店がおもしろいらしく、ちょこまかと走り回ってる。


「冴鬼、こっち来て!」


 アーケード街のなかは歩行者のみ。

 冴鬼は軽い身のこなしで人混みをぬって走ってくる。


「たくさんの店があるな!」

「おもしろいでしょ?」


 夕方の今は、主婦の方々の人通りが多い。

 その分、こちらに人も多いってことだ。

 気をつけないと……!


「冴鬼、今日は本屋にいこう」

「わしは凌についていくぞ!」

「あたしも気になるっ」

「橘も気に入ってくれたらうれしいな」


 アーケード街の、ちょうど中央にある喜多書房という書店だ。

 このお店は、本はもちろんだけれど、洋書の絵本や海外の雑貨が売っていたり、ちょっと特別なお店。筆記類も売っていて、使いやすいノートから、シャープペン、万年筆もある。


「土方くん、今日は友だちと? ゆっくりしてってね」

「ありがとうございます」


 声をかけてくれたのは、店主のおじさんだ。

 二階もあって、二階は奥さんのサチエさんがコーヒーと軽食をだしている。

 だから店内はほのかにコーヒーのいい香りがたちこめてる。


「凌くん、顔見知り?」

「うん。このお店は毎週のように来てて」

「……趣味、いいじゃない」


 橘は気に入ってくれたようだ。


「凌よ! ここに猫の絵本があるぞ!」


 冴鬼は猫ならなんでもいいらしい。


「おお! 猫もいるぞ!」


 冴鬼が抱きあげたのは、ここの看板猫のグリムだ。

 灰色の毛の長毛種ですごくなつっこい。


「冴鬼、あんまりさわがない」

「すまぬ、凌よ」

「その子はグリム。あとね、ここの猫の絵本は、英語の本もあるけど……ほら、日本語に訳してもあるから、冴鬼でも読めるよ」


 冴鬼はグリムを片手で抱っこしながら、絵本をみている。


「これならわしでも読める。絵がたくさんの本はいいな。独りでながめていても寂しくない」


 冴鬼の表情はかわらない。

 だけど、その言葉がぼくのこまくにべったりはりつく。

 そのせいか、余計に呪いからもれる女の声が強まった気がした。

 マイナスの気持ちに心がおおわれると、唄が濃く聞こえてくる。


 ぼくらのあいだを割るように、橘が体をすべりこませてきた。


「ねね、冴鬼くんに、凌くん、これよくない?」


 うれしそうにみせてくれたのは、猫の形に切りぬかれたノートだ。

 三毛猫の柄が表紙になっていて、だらりと寝そべった姿がノートになっている。


「ねね、これにアヤカシのこと、書いていこうよ」

「おもしろいかも」

「わしもこの猫のノートなら、大事にできるぞ」


 税込600円ということで、200円ずつだしあうことにしたけど、ぼくの心配は冴鬼だ。お金を持っているんだろうか。


「冴鬼、お金は?」

「ああ、これだろ?」


 胸ポケットから取りだしたのは、どうみても楠の葉っぱだ。


「いやいやいやいや……!」


 ぼくの否定に橘もうなずいている。


「すごいよね。1万円札もってるなんて」


 ちがう、そこじゃないっ!


「さ、冴鬼、これ、もしかして銀水先生から?」

「そうだが。これを使えば大体のものは買えるときいたぞ」


 ぼくはなんともいえない表情になる。

 先生の化かし技術を褒めるべきなのか、否定すべきなのか。


「冴鬼くんのお金、大きいから、それで払って、あたしたちの400円わたすようにする?」


 すなおに渡そうとする冴鬼をさえぎってぼくが前へ出る。


「あーダメだよ、橘! こんな大きなお金、きっと別なお金だろうし、今日はぼくが冴鬼の分、たてかえるから、明日もらうよ」


 ぼくが400円をわたすと、橘は普通に会計にいってくれた。


「凌よ、これのなにがだめなんだ?」

「冴鬼にはなんに見えてる……?」

「葉っぱだな」

「でしょうね」


 ぼくが手のひらにお金をひろげてみせる。


「紙のお金や、金属のお金があるんだ。これを覚えてほしいのと、先生にをもらって」

「凌がいうならそうしよう」


 冴鬼は素直だから、こうできるといわれたら信じてしまうんだ。

 あの、バケ狐……!!


「まだ時間あるなら、これに今から書てみない?」


 橘の声に、ぼくはうなずいた。


「ちかくに河川公園があるから、そこにいこう」


 冴鬼はなごりおしそうにグリムをなでている。

 またおいでーと、おじさんがグリムの手を振ってくれた。

 ぼくたちはさっそく、河川公園へ行くことにした。

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