第三十九話 木曜日 夕の刻 ・弐 〜河川公園

 夕方の今の時間は、川の水面がオレンジに光っている。

 ここは河川敷全体が公園で、人や犬の散歩コースはもちろん、ランニングコースもあるし、少し離れたところにはテニスコートやサッカー場もある。


 ぼくがつれてきた場所は、ベンチが川ぞいに等間隔に並ぶ場所だ。

 橘はきょろきょろ見回し、指をさした。


「あそこにしない?」

「……土手?」

「そ!」


 橘は、もうそこだといわんばかりに進んでいく。

 土手といっても、大きな柳の木が斜めに生えていて、揺れる柳の葉がカーテンのように土手を隠している。


「ちょ……橘、ベンチもあるよ?」

「これから買い食いするのに、そんなところじゃヤバいじゃん」

「……本当に実行するんですか……?」

「なんで、敬語? お互いに秘密の共有をするのが隊員の結束を強めるんだよ!」

「それとこれは」

「いいからいいから!」


 ぼくと冴鬼はここで待機といわれ、待つこと7分。

 戻ってきた橘の手には、お肉屋さんの袋が下がっている。


「明日は肉じゃががいいなって思ってたから、牛肉買ってきた。あと、これ」


 じゃーん! という声といっしょにでてきたのは、アツアツのメンチカツだ!


「うっそ。すごいね、橘。あそこの店、中学生にめっちゃきびしいのに……」

「ふふふ! お使いで、家族の分ですっていえばあやしまれないよ。今回だけかもだけど」

「なんか美人特権な気がする」

「蜜花よ、これ、食べてもいいのか?」


 もう冴鬼の目はメンチカツにしばりつけられている。もう口が半開きだ。よだれも流れてきそう。


「ほんとはだめだけど……食べちゃおっ!」


 ぼくたちは器用に柳の葉のなかに隠れると、幹を背に並んで座る。

 肩をぎゅっとくっつけて、おしくらまんじゅうみたいに丸まった。

 そして、みんなでひとくち!


「うっま! 今度ここであたし惣菜買お」

 橘は買い物の店が増えたようだ。


「揚げたて食べたの初めてかも……」

 ぼくは買い食いなんて初めての試みなので、感動の味!!


「……!!」

 冴鬼は、両足をバタバタさせて美味さの叫びを解放している。


 小ぶりのメンチカツだけど、味がしっかりついていて、ソースもなにもいらない。それにひき肉があらくて肉がほろほろとくずれて食べ応えもある。かむほどにじゅわりと広がる甘さは、野菜の甘さ。しつこくなくって、ぺろりといけちゃう!

 すぐに手のなかから消えてしまったけれど、とてつもない満足感がある。


 腹ごしらえがすんだぼくらは、再びぎゅっとくっついて、まあたらしい猫ノートを広げた。


「このノートはかわいいな!」


 冴鬼はお気に入りになったみたい。


「ねぇ、だれが書く?」


 橘がいうと、冴鬼がカバンから筆ペンを取りだした。


あやかしの名はわしが書こう」


 ぎゅっと墨を押しだすと、今日はぼくにも読める文字で書いていく。



 【黒鎌鼬の呪唄】



 ノートに黒々と存在感を放っている。


「明日、これを倒すんでしょ?」


 橘の声に、ぼくと冴鬼はうなずいた。


「それもこれも、すべて凌の印にかかっている」


 冴鬼の声に、ぼくはあらためて手をのぞく。

 この手が、呪いを消す鍵になる───!


「ね、時間ある? 印の結び方みてほしいんだけど」

「わしはかまわんぞ」

「あたしも大丈夫。今日の夜ご飯はさっき買ったところのコロッケだし」


 水面の赤い陽が消えるまで、ぼくたちは土手で印の結び方をくりかえした───

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