第三十七話 木曜日 夕の刻 〜今日はここまで
本当は9つ指の動きがあるのだという。
でもぼくは冴鬼を
……とはいえ、難しいことこの上ない!
まず【
次に、【
最後が、【
このなかで一番簡単な印は、ダントツで、【皆】!
ただ手を組めばいいだけ!
次は、【臨】。これは組んだ手の人差し指だけ立てればいいから、忘れなければ、できる!
だけど、【兵】きみはダメだ……!!
図でみても、指でくんでも正しいか、ぜんぜんわからない。
「凌よ、うまいぞ!」
「ね、仮にこれができたとして、霊力をこめるってどうするの?」
「こう、眉間が熱くなる感じで……」
「感覚派はそれでいいかもだけど、ぼくはムリ」
しょぼくれた冴鬼だけど、ぼくは霊感が強いだけで、霊力があるわけじゃない。
本当に冴鬼を鬼化できるんだろうか。
「まずは、その指ができないかぎりは、突撃禁止ね! 祠にも近づいちゃだーめ!」
「じゃ、帰り道、どうしたらいいの!?」
間髪いれずにいったのは橘だ。もう、絶望の表情もいいところ。
「もしかして橘、いっつもあのルートだったの?」
「だってまだ街のことよくわかんないし」
「そっか。ちょっと遠回りになるけど、商店街の中を通って抜けるルートがあるんだ。今日、一緒に帰れれば、案内するよ」
「ほんとに?」
「うん」
「わしもいくぞ、わしも!」
「そうだね。でも、指、早く覚えないと……」
にゅっと先生の顔が近づいた。
もう、鼻と鼻がくっついてる。
「新くんは、土曜日の黄昏刻まで死なない。焦っちゃダメ!」
「は、はい」
「見なくても指が動くようになれば問題なし。それだけ指を動かして。わかった?」
「わかりました……」
「じゃあ、凌よ、印を結びながら商店街までいこうではないか!」
「いいけど、なんでそんなにはりきってるの?」
「いろんな店があるんだろ? 美味しいものも、猫もおるかもしれん」
「どれだけ猫なの、あんた」
ため息をつく蜜花に冴鬼の熱弁がつづくけど、もう、この時間を過ごせないかもしれなかったと思うと、胃が冷えてくる。頼もしい仲間との時間が消えるなんて、そんなの、ダメだ!
「よし、湯呑み片づけようか」
「お、そうだな」
「じゃ、あたし洗うね」
ぼくが声をかけると、それぞれに動いてくれる。
ぼくも手伝おうとしたとき、先生の手がぼくを止める。
「すこしでも冴鬼を裏切ることがあれば、ボクは
ぼくを見おろす目が光る。
憎しみすらにじんだ、どす黒い光だ。
ぼくは前をむき直す。
そこには、キーキーいいつつ、仲良く片付けるふたりがいる。
「消せるタイミングがあるなんて、思わないでください」
ぼくは2人のところに走っていく。拭いた湯呑みを冴鬼から受けとり、小さな棚にしまっていると、背中に声がかかった。
「フジ、なんかいっておったか」
「ん? ああ、がんばってね、っていわれたよ」
「そうか」
冴鬼の声が明るくなる。
背中できいていたからよくわかる。
嬉しそうな、そんな声だ。
「よし、片付けおわりー! 帰ろ、凌くんに、安倍く……冴鬼くん」
「わしのことも名前で呼んでくれるのか。わしはうれしいぞっ」
「あ、あたしのこと名前で呼んでるから、そろえただけだし!」
カバンをつかんだぼくは戸の前に立つ2人のもとにいく。
「ありがと、冴鬼に橘」
お礼をいったぼくなのに、冴鬼はまるで異物でも見るようにぼくを見あげる。
「なあ、凌だけだぞ、蜜花のことを苗字で呼んでるのは」
「べ、別に凌くん、名前でよんでもいいよ、あたしのことっ」
「え、いや、ちょっと時間、ください……」
廊下にでると、みんなで振りかえった。
そこには白衣に手をつっこんだ銀水先生がいる。
「フジ、帰りはてきとうにする」
「ああ、かまわないよ」
「先生、今日もありがと! お茶おいしかった」
「湯呑み片付けてくれてありがとね。また明日ねぇ」
「先生、よろしくおねがいします」
「まかせておいて」
ゆっくりと白い戸がぼくの前をさえぎるまで、先生の目はぼくを離してはくれなかった。
「なぁ、商店街ではなにをするんだ?」
「本屋にいこうよ」
「わしは書物に興味は……」
「本屋とはいうけど、いろんなものが売ってるんだよ。……これが休日なら買い食いもできるんだけど」
靴をはきながら、ぼくはぼやく。
冴鬼もガックリ顔だ。想像ではいろんな食べ物が食べられる気がしたんだろうな。
「……あたし、買い食いの方法しってるけど、……やる?」
誰もない生徒玄関に響いた橘の声。
それは、とてつもない誘惑の声だった────
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