第二十話 火曜日 夕の刻・参 〜夕食後!

 冴鬼の『もう一回!』で、何戦しただろう。

 気づけば時間は21時。


「ほら、親御さんも心配するだろ。凌、送ってきなさい」


 父のひと言に、冴鬼は立ち上がると、パキッとお辞儀をした。


「今日は貴重な体験、感謝する。楽しかった! それに母上、夕飯、本当にうまかった!」

「いえいえ、また来てね」

「遠慮なく、わしはまた来るぞ」


 ふたりで出た外は、ひんやりとしている。

 冴鬼の向かう場所は、あの公園にある楠だ。


「近いからもういいぞ?」


 ふっと冴鬼が視線をまわす。

 今日は砂場で遊ぶ子どもたちがいる。

 どうも服がちぎれていることから、事故で亡くなったのではと、ぼくは推測している。

 姉弟のようで、いつも仲良く遊んでいる。

 ここののだろうけど、ぼくはそれ以上、探ることはしない。

 どんなことも『幽霊』にはかかわらない!


「いつも遊んでるだけだから」

「ほう、こいつらは平気なのか」

「本当に、たまにしか……いっ! なんで足元にっ!」


 目のなかが黒くくぼんでいるけど、口元はふんわり笑っている。

 いつも砂場から動かなかったのに!


「ちょ、冴鬼、なんかした!? 助けてよ、冴鬼っ」

「お主は自身の力を向き合うべきだ。そいつらの声は聞こえるのだろ? わしがそばにいるから、声を聞いてやれ」

「え? え?」


 冴鬼はくすのきの幹に背中をよせて、腕をくんでぼくをみつめる。

 ……思えば、いっつも逃げてばかりだった。

 これから戦うものを考えたとき、こんなんで逃げている場合じゃない。


 わかってる。

 けど。


 ものすんごく、……怖いっ!!


 ズボンのすそをつかんでるところがもう冷たい。

 雪だるまがくっついてるみたい。

 怖い!


「……いー……!」


 ぼくは彼らの目線にあわせるようにかがんでみる。

 ……目が合わないし、もっと怖いー……!!


『だっこ、してください』

『ぼくもだっこ!』

「へ? だっこ? なんで?」


 わらわらと寄ってくる小さい手。

 だけど、それだけだ。

 引きずりこもうとか、とり憑いてやろうとか、そんなマイナスの気持ちは感じない。


『……おにいちゃん、あったかいにおいがするの』


 あったかいにおい?

 ぼくが首をかしげていると、男の子が言葉を足した。


『ママみたい』


 その言葉が、ずしんと重い。

 そっか。

 甘えたかったよね。

 ……うん、甘えたかったよね、もっと。


「ぼくは抱っこしかできないけど」


 右腕に弟くん、左腕にお姉ちゃんを抱えあげた。

 冷たい空気のカタマリを持ちあげた印象だったけど、どうしてだろう。


 ……だんだん、春の日差しみたいに、腕が、胸があったかい。


 小さい両手がぼくの胸に4つ、そえられる。

 きゅっと見あげたふたりの顔には、茶色の綺麗な瞳がうるんでいる。


『あったかーい』

『ぽっかぽか!』


 生前の姿にもどった彼らにぼくはおどろくけれど、それ以上にぼくの心もあったかい。


『『ありがとう、おにいちゃん』』


 ふたりの声がかさなった。

 ふっと腕が軽くなった理由は、シャボン玉になったからだ。

 月光にひっぱられるように、ゆらゆらと舞いあがる。



「……いってらっしゃい」



 ぼくが手をふると、くるりと回り、あがっていく──



「どうだ、凌よ」


 冴鬼は得意げな顔をしてぼくを見あげている。

 だけど、ぐんぐんとのぼっていく彼らをずっと見送りたくって、消えるまでぼくはずっとみつめていた。

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