第十八話 火曜日 夕の刻 〜それぞれの帰宅

 竹やぶのなかは静かだ。

 黒い影がざわざわとするだけで、とっても静か。

 だけど、冴鬼と橘にかかれば、静かなところにならないことをぼくは知った。


「安倍くん、いいかげん、猫はなしなさいよ」

「一匹ぐらいいいではないかっ」

「その子、首輪つけてるでしょ? お家に帰るから、それ!」

「わしも家に帰るからいいではないか!」

「そういう問題じゃない!……ってか、今どき放し飼いって珍しいな」

「そうなの?」


 目をつむったまま僕がいうと、橘が肩をたたく。


「そう。今どきの猫は、室内オンリーが鉄則。外に放したら病気をもったり、望まない妊娠とかあるし」

「そうなんだ。やっぱり橘は猫飼いだからくわしいね」

「一般常識ってやつ」

「……なら、なぜここに猫がこれほどいるんだろうな」

「たしかにそうだよね。お年寄りはそうやって飼う人もまだいるみたいだから、お年寄りが多いのかな?」


 ぼくは目を閉じたまま、駅前の様子を思い出す。

 確かに住宅街はある。

 だけど繁華街も多いし、ここら辺は新興住宅地として売りだしてたはずだ。

 よくおじいちゃんが『わしも駅前の土地を持ってたら、いまごろ億万長者よ』っていってたし。

 お年寄りが多いというには、すこし、違う気もする。


 でも、若い人が多い地区だからこそ、金盛神社は移動して、ここの祠も消えたのだとしたら……


「なんかひっかかる」

「なにブツブツいって……やっぱり変人!」

「橘にいわれたくない」


 歩きながら、地団駄の音がする。器用だな。


「橘、舗装に出た?」

「ちょっとぐらい目、開けたら?」

「だめ。今、近くにいる気がする」

「へ? やだっ!」

「お主ら、妄想たくましいな」


 なんとか元の舗装道路へと戻ったけれど、すっかり夜だ。

 胸ポケットのスマホが震えている。

 画面には、母親の文字。


「もしもし、あ、今帰るよ、うん、そう。あ、転校生と……えっ? うん、わかった……はい、はい」


 橘もスマホをいじっている。

 通話をおえると、橘が鼻で笑う。


「変人はマザコンなんだ」

「たまたま母から電話がきただけ! ねえ、冴鬼、今日夕飯食べていきないよ」

「いいのか?」

「うん。どうも兄から、僕がって聞いたみたい。もし近くにいるならどう? って」

「おお! ぜひっ!」

「いいね、なんか団らんってかんじ……」


 寂しそうな橘の横顔に心がひっかかる。

 橘は制服のホコリをはらうと、にっこり笑顔をつくった。


「さ、あたしもユリちゃんとごはんたーべよっ」


 先に歩きだしたので、ぼくと冴鬼はあわててついていく。


「でもさ、ここ、ほんと、街灯すくないよね」


 たしかに等間隔にはあるものの、最近の街灯でないのもあって、明るさが物足りない。

 でも、今日の夜道は明るい。

 自分以外の足音が聞こえるからだろうか。

 だからかつい、話しかけてしまう。


「ね、橘はさ、やっぱYouTubeとかみたりするの?」

「急になに。気持ち悪い」


 ……やってしまった。

 男子独特の前のめり会話をしてしまった……!


「……あたしはそういうのより、ドラマがいい」


 大丈夫だった!

 そう思って見た橘の横顔がきれいで、やっぱり橘は美少女なんだって思っちゃう。

 だから、となりを歩くのはちょっと恥ずかしい。

 でも、橘はちっとも感じてないみたい。いつもどおりすました顔だ。


「どんなドラマみるの?」


 ぼくがたずねると、橘の目がぐっとひらいた。これは、話がしたい顔だ。


「今ハマってるのは、SEE 暗闇の世界ってやつっ!」

「なにそれ」

「しらないの? めっちゃ世界観がすっごくて! 人類がみんな失明しちゃった世界線なんだけど、そこに目が見える子が生まれてっていう。その目が見えない人たちの生活がめっちゃすごくて!……あー、やばい、これ長くなる……」

「橘ってそういうの見るんだ。ちょっと意外」

「意外ってどういうこと」

「恋愛とかそういうの好きなのかと思ってたから」

「あんまし女子してるのはみない主義なの」


 ぼくが橘と話していると、その間をわるように冴鬼がわりこんできた。


「なぁ、お主らなんの話をしてるんだ? わしにはさっぱりわからん。もっと猫の話をしてくれ。むしろ、蜜花よ、猫に会わせろ」

「それが人にものを頼む態度? ありえない。チュールでも貢いでくれれば考えるかも」

「なんだ、そのちゅーるとは?」

「猫のおやつのことだよ、冴鬼」

「人の世界は複雑すぎるなぁ」

「安倍くんって一体なに者なの?」

「わしは70歳の鬼だ」

「嘘つくの下手だね。しかも妄想まじってるし」

「蜜花、ふざけているのはお主だ! たった13年生きたぐらいで」

「あんただって13年の人間でしょ?」

「だからわしは」

「……はいはい、そこまで」


 ぼくが今度はふたりの間にわってはいる。

 住宅街のなかでも、少し大きめの十字路の中央に立った。


「ぼくはこっち」


 真っ直ぐを指差した時、橘は右を向く。


「あたしはこっち」

「わしは、凌についていくぞ」


 2人と1人にわかれるけど、どちらの道も街灯で明るい。


「橘、家の前までついていく?」

「こっから走れば1分だから」

「そっか。じゃ、橘、また明日」

「明日ね」

「明日は猫を学校に連れてきてくれ」

「ばっかじゃないの?!」


 プリプリしながら走っていく橘だけど、陸上とかやってたのかな。

 とてもフォームがきれいで、なおかつ、速い!!


「もう見えない……橘って足、早かったんだね」

「そのようだな。わしも速いぞ、本気だせば」

「学校じゃ出しちゃダメだよ?」

「なぜだ?」

「ダメだよ。きっと冴鬼の本気だったら、100メートル7秒とか出しそうだし」


 ぼくの家も、十字路から歩いて3分ほどだ。


「ここがぼくの家」


 冴鬼は一度ぼくの家をみたけれど、すぐにくすのき公園をふり返った。


「ほう。この前なのか」


 同時にさわさわと楠の葉がゆれる。


「なにかあった?」

「あの楠は、わしの場所につながっておる」

「そっか、あそこから来たんだね、冴鬼は」


 ぼくも楠を見た。


「あの月祈りは本当だったんだ……」


 欠けはじめた月が見える。

 それは時間の流れをしめしているけど、冴鬼と出会ったばかりと思えないぼくがいる。


「なんか冴鬼とは、昔から友だちだった気がするんだ」

「そういう親近感、わし、嫌いじゃないぞ」


 友だちと騒ぎながら家に帰るのもいつぶりだろう。

 中学にあがってから、ぼくは静かだったんだと気づかされた。

 それがちょっとだけ大人になった気にもさせてくれる。


「ただいまぁー! 連れてきたよ」


 すぐに飛び出してきたのは兄だ。


「おかえり、凌。これが転校生の外国人……すっげぇ美少年だな」

「お、お主が凌の兄の新か。よしなにたのむぞ!」



 ───兄の出迎えから始まった今日の夕食だけど、すごく楽しかった!

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