第十七話 火曜日 黄昏の刻 ・弍 〜祠の中身
「ここだ」
冴鬼が指さした場所は、ただの竹やぶ。
青々としげっているけれど、手入れはされていない。
「なんもないじゃん」
暗いせいもあって、なにかある場所とは思えない。
冴鬼はふりかえると、遠くに指をさした。
「いや、もっと奥だ」
さっそくと足を踏みこんだ冴鬼だが、橘が叫んだ。
「あたしは、いや! だいたい暗いし汚いし。ちょっと2人で見にいってよっ」
「そうか。じゃ、いくぞ、凌よ」
「いや、ちょっと、待って……!」
進んもうとする冴鬼に、今度はぼくが叫ぶ。
ぼくの足は進めない。
こういう竹やぶは、絶対いる。
「また臆病虫か」
「そんなこといわないでよぉ」
スマホを懐中電灯にして足元を照らすと、影が走る。
「あぁ〜……いるしぃ……」
「兄を助けたいんだろ?」
「そうだけど!」
今まで1人で必死だったぶん、余裕がないから見えていなかった。
だけど、今は1人じゃない。
1人じゃないって、こんなに弱くなるの……?
「そんなひけ腰じゃあ、全く進めんぞ、凌よ。1日でも早くすべきなんだろ?」
わかってる!
……わかってる。
だけど、
「怖いんだ」
ぼくはどれだけ、兄を頼っていたんだろう。
今更だけど、気づいてしまった。
「……ごめん」
すっごく悔しい。
なんでぼくはこんなに怖がりなんだろう。
なんでぼくはこんなに……
弱いんだろう───
「凌よ、わしがついてる」
小さな手、だけどかたくしまった手が、ぼくの右手をとった。
「明日にするぞ、凌よ。今、祠を見てもこれだけ暗ければくわしくはわからんだろう」
「……いや、ダメだ」
ぼくはふるえる膝を前にだす。
足が重い。
それでも、歩かなくちゃ……!
だって、ぼくは、ヒーローなんだからっ!
「冴鬼、場所まで案内して……ちょっと目、つぶってるかもしれないけど……」
「かまわんよ」
「……じゃ、あたしも行ってあげる!」
「いいよ。汚れるし、危ないよ」
「ううん。ここの夜道は暗くて危険なんでしょ? 1人にさせるわけ?」
「それはごめん! 全然気が回ってなかった……」
橘は少し目をふせる。
ぼくの左肩をつかむと、彼女の足が前にでる。
「運命共同体って、あたしがいったのに、ごめん」
右に冴鬼が、左には橘が。
これだけでも、すごく心強い。
………でも、怖いっ!
ぼくは視界にそれが入らないように、薄く目を開けて進んでいく。
スマホのライトはしっかり足元を照らしてだけど。
細い細い獣道だ。
3人並んで歩くには少しせまい。
ぼくたちは少しだけななめに陣形をとりながら歩いていく。
「あ、見て! 猫の足あとがあるよっ」
橘にいわれたので、うっすら開けていた目をそっと開いた。
ぬかるみに猫の足あとがたてにならんでいる。
「かわいいね、これ」
「おお、祠はもうすぐだな。さっきな、猫の集会が祠の前でされていてなぁ」
冴鬼の視線をたどると、開けた場所がある。
入ると、竹やぶで囲まれているものの、丸く切りぬかれている。
地面も枯葉が敷きつめられ、ここだけは誰かが手入れをしているみたい。
北側に祠がぽつりとある。
ただ、猫がいるおかげで、祠が怖くみえてこない。
ざっと見ても、7匹はかたい。他に、見たくないものはいないか、ぐるりと見わたすけれど、それはここにはいないようだった。
「いない。よかった……。あ、猫に誰か餌やってるんだ」
ぼくは散らばっている猫缶を見てつぶやいた。
どれも開けたての猫缶だ。きれいに食べおえてるけど。
一方、冴鬼と橘は猫に夢中だ。
「デブリンなハチワレちゃん、ちょーかわいい!」
「サバトラはなっつこいぞぉ」
猫にきゃーきゃーいっている2人をおいて、ぼくは祠に近づいていく。
今日は月が明るい。月光のおかげで、うっすらと形がわかる。
ぼくはスマホのライトを祠にあて、くわしく確認することにした。
とても古いけど、頑丈そうだ。
造りは、小さな神社みたい。
木でできた屋根がついて、しめ縄がさがる。手前には格子状のドアがついているので、なかに何かが祀られているよう。お供え用の台には、枯れた花がひとつと、生米と塩がある。
ただ、米と塩は茶色に染まっている。
「これが、祠?」
橘が祠を見るなり、あとずさった。
「……ちょ……これ、血じゃない……?」
橘が指さしたのは、生米と塩だ。
「血? たしかに茶色いけど」
「うん、これは血だよ……キモっ!」
キモい。
この3文字で終わらせていいのだろうか。
血のついた生米、塩、きっと花の水にも血を混ぜてるんじゃないだろうか……。
「吐きそう」
「変人って、想像力たくましすぎじゃない? こんなんで吐くとか、チョー弱すぎ!」
かがみこみながら、ぼくは首をかしげてしまう。なぜならこの祠からなにも感じない。
この祠からは、もっとまがまがしい空気がたちこめてるんじゃないかと思ってたのに拍子抜けだ。
これが本当に呪いの元凶の祠なんだろうか?
「冴鬼、祠の戸を開けたいんだ。つきあってくれない?」
冴鬼は太っちょハチワレ猫を抱え、やってきた。
「開けるのか! いいぞ!」
ハチワレ猫の前足を器用にあやつり、冴鬼は返事をする。
「一応確認するけど、これを開けたら、何かよくないことが起こるとか、ある……?」
冴鬼は猫の頭をなでてから解放すると、首を横に振った。
「もう、起こっている。それ以上に何がある」
たしかに……!
ぼくは格子扉のつまみをつかんだ。
ぐっとひっぱると簡単に開く。
だが、観音開きの中にあったのは……
「なに、石……?」
橘のいうとおり、人の頭ぐらいある石だ。それが真っ二つに割れてある。
「なにこれ」
触ろうとする橘の手を、ついぼくは止めた。
「危ないと思う」
「凌のいうとおりだ。蜜花よ、触れてはならん。呪いの残穢がある」
すばやく手を引っ込めた橘だけど、顔はこわばっている。
「たぶんだけど、卵に例えると、この石は殻」
「じゃ、中身は?」
「それが、ぼくの兄と、橘先輩を呪ったんだと思う」
橘はただ唇を噛みしめている。
これが元凶であるならなおさらだ。
「間違いなく、封印をといた奴がいる。その米と塩が儀式につかったあとだろうな」
「じゃ、さっさと呪いを倒そうよ」
橘の言葉に、冴鬼の顔がくもった。
「いっておくが、呪いを倒すと、呪いをかけた者に呪いが返る。それはもちろん、死ぬことを指す。お主はそれでかまわないんだな」
「あったりまえじゃん! そんな奴、死んで当然っ」
「では、それが親しい者でもか」
「そんな人、あたしの親しい人にいないし」
「仮にいたとして、では、死んでいいのか?」
「……わ、わかんないっ!」
そっぽを向いた橘だけど、冴鬼の言葉はぼくの胸にズンと落ちる。
どういう理由で兄や橘先輩を呪ったのかわからないけど、封印をといた人のことを好きな人もいるってことでもある───
「とりあえず、祠の写真を撮っておこう」
ぼくはいろんな角度からフラッシュをつけて撮っていく。
もちろん、祠の中の石もだ。
「……ごめん、橘も撮ってくれる?」
「なんで?」
「ぼくが撮ると、なんか画面が黒くなって……」
「うぇ! なに、このモヤみたいなの」
「呪いだな。まだ残っているのか。よほど根深く強い呪いよ」
橘はゲテモノでも触るかのようにぼくのスマホを受けとると、目を背けながらボタンをおしてくれた。
「ね、これ、写真撮ったら呪われる、とかある?」
意外と橘もビビりなのかも。
「何にも起こらんよ」
冴鬼は足元にすりよってきた黒と赤のモザイク模様の猫を抱きあげ、言い切った。
全く、緊張感がない。
「このサビ猫もなつっこくてかわいいなぁ。なぁ、凌よ、毎日ここに通おうぞ! ここに猫の楽園を作るぞっ」
「こんな呪いの祠の前で?」
「神聖な空間のアクセントだ」
「ちょっと、ムリある」
「いいだろ、毎日3時間だけでいいから」
「30分でも多いよ。ほら、帰ろう」
冴鬼は猫を3匹抱えて「やだぁ、ここにいるぞ、わしはぁ」と叫ぶし、橘は「早くシャワー入って塩水浴びたい」とかいってるし。
「みんな、自由だね……」
ぼくはあきれながらも、冴鬼の手をつかみ、橘の手を肩にのせる。
「ほら、帰り道もぼく目を細めなきゃいけないから、みんなよろしく」
……そう、ぼくも自由だ。
2人をひっぱりながら、ぼくは静かな竹やぶを歩きだした。
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