第十六話 火曜日 黄昏の刻 〜祠の場所は

 駅前までは学校から歩いて10分ほど。

 学校は住宅街のなかだけど、駅に向かうほどビルもお店も増えてくる。


 なんとなく詰襟をなおし、肩章をととのえてから歩きだす。

 うちの制服は

 だからこそ、目につかない行動をしないと。

 ただ10分でつくはずだったけど、あちこちに興味をしめす冴鬼のせいで、20分ぐらいかかってしまった……。


「凌よ、あそこにも猫がおるぞ!」

「なんでそんなに猫みつけるの……」

「かわいいではないか。……お、猫の集会場に案内してくれるのか?」

「ちょ、冴鬼、あんまし、遠くに行かないでよっ!」

「……安倍くん、猫、すんごい好きなんだね」


 橘がひいている。

 もちろん、ぼくもひいている。


「駅前には来たけど……ぼくと兄が歩いたのは、西側の道なんだ」

「あ、それならユリちゃんもそう」


 ちょろちょろしてる冴鬼を横目に、ぼくらはその道へと向かう。

 たしかに道路ではあるけれど、交通量はすくない。


「あ、もしかして、家、近所とか……?」


 ぼくがいうと、橘は驚いた顔をする。


「え? あたしは栄区だけど」

「ぼくも栄区だから方向はいっしょだね。そしたら道順は同じ感じかぁ……」

「そうなんだ。あたし、今年越してきたばっかだから、あんまし道わかんなくて」

「そっか。でも一番ここの道が近道だと思うよ?……でも、けっこう道が暗いから夜、気をつけないと」

「そうなの? ユリちゃんによくいっとかないと」

「橘も! 見た目はかわいいんだから、気をつけないと」

「え……? え!? ……え」


 どんどん声のトーンが下がる。

 だけどぼくのテンションも下がる。

 ……あの電柱だ。


「橘、」

「なによ!」

「なんで怒ってるの? この電柱の近くでつむじ風にあたったんだ」

「へぇ」


 橘はぐるりと視界をまわし、


「なんにもないね」


 彼女はあまり気にしないようだ。

 今はまだ少し辺りが明るいのもあるかもしれない。



 ───でも、もう数分もしたら、が見えてくる。



「ほら、変人、もう少し探してみよっ!」


 橘の声に、肩がふるえる。


「そうだね」


 応えたけど、あの時間がくるのが怖い。

 また誰かが呪われるかもしれない……!

 この道で呪われたのはまちがいないんだ。

 ───足がすくむ。


「変人、怖いの?」

「……え」

「あんた、解決するんでしょ? あたしはそのつもり」

「……でも…さ、」

「でもなに? もしこれでどっちかが呪われれば、呪いの仕組みがわかるじゃない」


 影のかかる橘の顔にぼくは目をそらせない。

 あの日の兄が重なってくる───


「大丈夫、あたしたち討伐隊員なんだから! 運命共同体でしょ? 絶対呪いをとくんだから!」


 赤くそまった笑顔。

 優しくて、明るくて、太陽の熱をそのまま写したみたい。

 それだけで、なぜかぼくの心が励まされている……。


「……橘、ありがと」


 そうだ。

 ぼくらがやらなきゃいけない。


 そして、ぼくは、

 これは最大の武器だ。


 橘がさらに顔をほころばせる。

 一歩ぼくに近づいたとき、



「──あ、土方と、橘じゃん」



 いきなり声がぶつけられる。

 驚きながらふたりでふりかえるけど……ぼくはわからなかった。

 制服の肩章の色も同じだから、同学年の男子だと思う。

 ……だけど、こんなぽっちゃり系は、ぼくのクラスにいない。


「……あ、オレ、嶌田しまだ。わかる? 三組の」


 となりのとなりのクラスだ。

 ぼくは自分のクラスで精一杯……。

 小学校からいっしょなら少しはわかるけど、中学になるといろんな学区が混ざるから、わからない人も多い。


「ごめんね、しま」

「嶌田って……あー、あんた! なんでこんなとこいんのよっ!」


 謝ろうと思ったぼくに、わりこんでまで怒りだした橘。

 そこにも驚いたけど、次の言葉にもっともっと驚いてしまった……!



「いいかげんにしてよ! またユリちゃんにつきまとう気でしょっ!」



 それ、どういうこと……?

 腰に手を当て怒るけど、そんなレベル?

 もう、大問題なのでは……?


「や、やめてよ、橘。大げさだよ。たまたま帰りが同じで、雨が降った日に傘を貸しただけじゃん」

「狙ってたんでしょ?」

「なにいってんだよ」

「その日、ユリちゃん、傘持って行ってたもん。だけど傘立てになくて……そしたら、あんたがしゃしゃり出てきたんでしょ? キモ。まじキモっ!」

「だから! それ、ちがうって!」


 聞いてる雰囲気だと……あやしい。

 慌て方が尋常じゃない。いや、冤罪だから?

 でも、よかった。黄昏の時間がにぎやかで。

 まぁ、一方的に橘が怒鳴っているだけだけど。


 あの日見た光景が重なってくる。

 闇が、地面をそめていく。


 すぐに街灯がつきはじめた。

 あの街灯にも、光りが灯る。


「ね、お前たちって付きあってんの?」


 唐突に耳に飛びこんできた。

 思わずぼくは顔を横に振るけど、


「どうして2人でいるんだよ。帰りなんだろ?」


 2人で顔を横にふるけれど、うまくいい返せない。


 『呪いの祠を探してて』

 なんて、いえるわけがない……!!


 橘に視線でどうにかしてと伝えてみても、向こうは睨んでくるだけ。

 アゴをしゃくってみる。さらに、橘の大きな目が細くなる……。


「うっわぁ、マジかよ。5月なのにもう付きあってるとか!」

「い、いや、ちがうから、嶌田くん、ほんとにっ! 誤解だよ、誤解っ!」


 ぼくがいくら訂正しても、嶌田はニヤニヤ笑うだけ。

 ……橘がキモいっていうのも、ちょっとわかる。


「わかったよ。一応、そういうことにしておくよ」


「オレはおじゃまだろうから」くしゃりと笑って、嶌田は駅の方向に戻っていく。


「あいつなんだったの!?」

「わかんない……でも、駅を通りすぎてこっちにきた理由ってなんだろうね」

「あー! マジ、キモっ! キモ!!」


 橘が叫びおえたとき、駆けよってくる音がする。


「おい、お主ら! この子、めっちゃかわいいだろぉ? でもな、お散歩中なんだそうだ。名前はゴボウだ」


 茶トラ猫を抱える冴鬼がいる。

 首輪にタグがついていて、そこに『牛蒡』と漢字でほられていた。

 これなら冴鬼が読めて当たり前か。


「どうしたんだ、お主ら。変な空気だな」

「……あ、いや、まぁ……へぇ、ゴボウっていうんだ。かわいいね」


 頭をなでると、みゃあとなき声があがった。

 可愛らしい声だ。


「ほら、蜜花も、可愛いだろ?」

「うん、うちの子の次にかわいい!」

「親バカめ……」


 冴鬼はそっとゴボウをおろし、振り返ると指をさした。


「そうそう、あっちに祠を見つけたぞ! 猫たちの手柄だ」


 ぼくたちはすぐに、その場所へと向かった。

 もう、走りだしていた。

 少し笑っていたかもしれない。



 ───呪いをとく方法が、これで、見つかるんだっ!!

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