第十三話 火曜日 夕の刻・参 ~帝天地区

 しぶしぶついてくる橘をつれて、ぼくたちは図書室の戸を開く。

 満面の笑みででむかえてくれたのは、銀水先生だ。


「ようこそ、あやかし討伐司令室へっ!」


 大手を広げて迎えてくれるけど、これに声を上げたのは、橘だ。


「……はぁ? なにそれ」

「わぁ、蜜花ちゃんも来てくれたのぉ? ボクうれしいよぉ〜」


 手を組んでくねくねしているけど、ぼくも実は引いてる……。

 ぜんぜん、意味がわかんない!


「これから君たち3人で、あやかしを退治するんだよ。特に、凌くん!」

「は、はいっ?」

「君がリーダーだからっ!」


 突然指をさされ、思わず2人を見るけど、冴鬼はニコニコ、橘はするどく睨んでくる。


「……ちょ、あの、ぜんっぜん、意味わかんないですっ!」


 銀水先生は、大またで一歩ふみこむと、ぼくの言葉に首をかしげてみせた。


「ねぇ、冴鬼がするの? ちがう。君がするの。君が戦うの。冴鬼は君の刀。刀は振る人がいてはじめて斬れるものだよ。君が戦わなきゃダメなの」


 鼻と鼻がくっつきそう。

 能面みたいになきれいな顔が、ぼくの視界いっぱいに広がっている。


「君は、選ばれたの。鬼を使うことを許されたんだから、しっかりお願いね!」


 にっこり笑ってくれたけど、目の奥が真剣だ。

「座って座ってぇ」と銀水先生にいわれるとおり、ぼくたちは奥のテーブルに腰かけるけど、唐突すぎることが多すぎる!


「……ね、変人、鬼を使うってなに? ねぇ?」

「……ぼくも、わからない……」


 固まるぼくの肩を冴鬼がたたく。


「恐れることはない。わしがついている」


 いうなり、冴鬼はぼくのカバンから、今までのことをまとめたノートを取りだした。


「さ、ここが妖討伐司令室になったんだ。作戦会議をしようじゃないか」


 銀水先生がひっぱりだしてきたのは、ホワイトボード。

 そこには読みやすいきれいな字で、『妖討伐司令室』と書かれている。


「妖怪のようで、あやかしって読むんだ。変人知ってた?」

「しらなかったけど?」

「だよね? なら、見づらくない?」


 橘は『妖』を消すと、アヤカシと丸文字で書きかえた。


「ほら、こっちのほうがかわいい!」

「コレに、かわいいとかある……?」

「あるっ」

「……そう」


 銀水先生はそれになにもいわず、すぐ下に『黒鎌鼬くろかまいたち』と書きこんだ。


「強敵だよねぇ。平安の頃からある呪いだから」


 銀水先生は遠くを見つめて話しているけど、なんで、知ってるの……?


「ねぇ、黒鎌鼬ってなに?」


 橘の目がなぜかキラキラしている。


「橘、しらない? ここじゃ、黄昏刻につむじ風に巻かれると、呪われるっていう話があって」

「え、かわいくない!」

「なんだと思ったの?」

「イタチの種類じゃないの……?」


 ぼくは郷土資料の本を開き、ページを見せる。


「ここだよ」


 ページを開くと、橘はむしりとって読みだした。




『この帝天には、昔、大鼬おおいたちがいたという。それはこの土地の神であり、風使いの神でもあった。

 人々を守り、土地を肥やす神として崇められていたが、ひとり、旅芸人の女が帝天に訪れた。

 その女は歌がうまく、人々を虜にしていった。

 それはもちろん、神をも魅了したのだ。

 だが女は旅芸人。さすらうのが仕事という。


 そこで大鼬、女に離れてほしくないと、呪いをかけた。


 どこにもいけないように、まずは右足。

 次の日は、左足。

 次の日は、右腕。

 次の日は、左腕。

 次の日は、体。

 次の日は、頭。


 そして、最後は、首。


 女に唄えと大鼬が言うと、女は唄いだした。

 だがそれは、呪いの唄だった。


 すべてを聞き終えると、神をも殺す呪い唄。

 それを女はどこで手に入れたのかはわからない。


 大鼬はすぐに首を呪い、女を殺した。


 しかし、手遅れだった。

 女の呪い唄が大鼬を飲みこんだのだ。


 それからだ。旋風に女の歌声が混ざるようになったのは。

 うーうーと高く鳴く音は、彼女の声。

 そして、旋風は大鼬の形なのだ。


 奇しくも二人は、一つの呪いとなったのだった。


 これは七日後に死ぬ運命を与える、重い重い呪いなのである』




 橘の手が小さく震えている。


「……ちょっと待ってよ……これ、もしかして……ユリちゃん……?」


 ぼくはうなずくしかできなかった。


「……たぶん」


 言葉をつけたしても、意味はないことはわかってる。

 橘の視線が、痛い。


「ちょっと、これ、どうにかすることできないの!? ねぇっ!!」


 ぼくの肩をゆらす手を銀水先生がやさしくつかむ。


「これからどうにかするんだよ、蜜花ちゃん?」


 先生は改めて白衣の襟をただすと、ひとさし指を立てた。


「まず、ここの帝天地区のことについて、話そうか」


 ボードに書きだしたのは、星だ。

 それと、呪いになんの関係が……?


「とても関係あることだ。凌よ、しっかりきいてくれ」


 冴鬼の言葉が重く聞こえる。

 帝天ここは、一体、なんなんだ……?

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