第十二話 火曜日 夕の刻・弐 ~新たな呪い

 待ちに待った放課後───


 掃除当番じゃないぼくたちは、図書室へと急ぐ……はずだったんだけど。


「ちょっと、ひとりごと変人!」


 ……橘だ。


「なんだよ、橘、ぼく急いでるんだけど」

「ちょっと来なさいよ! こっちっ!」

「え? ちょ……!」


 なぜか、階段下の誰もいない場所へと連れてこられたぼく。それについてきた冴鬼。

 埃っぽくて薄暗くて湿気っていて、ぼくの大嫌いな場所だ。

 現に積み重なった机とイスのすきまから、ぎょろぎょろ動く目が3人分見えている。


「橘といったか。わしらになんの用だ?」

「安倍くんは関係ないし。つか、なんでついてきてんのよっ」

「わしは凌の相棒だ。凌の用事は、わしへの用事でもあるっ!」


 いきなり橘がぼくに指をさした。 


「あたしは、そこの変人に用があんの!」

「だから、なに? ぼくは用がないけど」


 一言がよけいだったみたい。

 眉間に怒りのマークが浮いて見える……。

 想像通り、橘は怒りっぽい子なのかも。

 橘は、いっしゅんだまって、もう一度顔をあげる。

 話そうと、決めた顔だ。


「……その、あんた、なんか見えるんでしょ? 聞いたの、水野から」


 翔のやつ……!


 瞬間、怒りで顔が凍りつく。

 幼稚園から一緒の水野翔は、ぼくに霊感があることをしっている唯一の友達だ。

 きっと美人を目の前にして、面白おかしく話したんだろう。


 そのせいで友だちが少ないとも知らず……!


 幼稚園のころは、霊感というものがわかったぐらいのころ。

 自衛がゆるかったのもあるけど、いつもいっしょにいた翔は、ぼくがおかしなものを見ているのはわかっていたみたい。

 だけど翔はぼくが『はっきり見える』とは思ってない。

 ちょっとした虚言癖みたいな、その程度の認識だと思う。

 よく思春期にある、見えちゃう俺すごいだろ的な、そんな風にしか思っていないんだと思う。

 だからこそぼくは否定することにしている。


「翔がいってた? それは、ウソだよ、ウソ!」

「じゃ、ちょ、コレ見て……!」


 突きつけられたスマホの画面───


「………いっ!」


 とっさに目を背けてしまう。

 なに、この陰湿な気配……!

 吐きそう……


「ちゃんと見てって! これ、ユリちゃんの脚! ね、これ、なに? なんなの!?」


 冴鬼がひょいとスマホをつかみ、マジマジと見つめている。


「……ほう…呪いが具現化してるとは……憎悪まで閉じこめるこの絵はスゴいな、凌よ!」

「いや、それ、スマホで写真だから……ちょ、近づけないで! わ、めっちゃ怖いからっ!」


 スマホに逃げるぼく、追いかける冴鬼の図に、みるみる橘の顔が赤くなっていく。


「だぁ、かぁ、らぁ、それ、なんなのよっ!!」


 脚をふりあげ地団駄ふむ姿は、美少女に似つかない。

 上着は男子と同じ学ランだけれど、下はプリーツスカートがびらびらと揺れている。

 色白のほっそりした内ももがチラリとする度に、ぼくの胸がドキリとする。


「……た、橘、それやめろってっ!」

「うるさい! ちゃんとスマホ見てってば!」


 さらに激しい地団駄に、ぼくは目を伏せてしまう!


「ちょ、橘、まじ、パンツ見える……!」

「見ないでよっ!」

「まだ見てないってばっ!」


 ……なのに、なぜか一発殴られた。

 冴鬼もだけど……。


「とにかく、図書室にいこ、橘。そこで話すよ」


 ひとりプンスカしている橘だけど、橘はあの黒いものがまずいものだと感じている。

 意外と勘がするどいのかもしれない。


「おー、これは可愛いな! 橘といったな、この猫の写真、ものすごい可愛いなっ!」

「ちょっと安倍くん、勝手に写真みないでよっ!!」

「よいだろ、少しぐらい」

「スマホの写真はプライベートなの! あんたそれでも外国人!?」

「何をいってる。勝手に見えるようになってるんだから見放題だろ」

「バカ? あんたバカ? バカ? バカぁぁぁぁ!?」



 ………この2人を制御するのはぼくなのか……?

 別な意味で胃が痛くなってきた……。

 

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