第六話 月曜日 黄昏の刻 ~お呪い

 外にでると、赤い夕日が地面を染めていた。

 黄昏刻はもうすぐだ。


「あんな時間なんてなければいいのに……!」


 追いかけてくる闇色から逃げるように、ぼくは家まで走った。

 止まったら、ぼくの足にも、あの黒い髪の毛のような手がからみつきそうで、怖かったから。


「ただいま」


 誰もいない玄関から声をかける。

 家のなかが、にごっている。


 ぼくは部屋に入ると、窓を開けて空気の入れかえをした。

 少しだけ気持ちが晴れる。

 だけど、にごりは、まだある。ぼくにしかわからない、にごり。

 カバンを投げて、着替えると、すぐに本を取りだした。


「ここのページか……」



まじないの仕方は簡単だ。

 満月の丑三つ刻に、鏡を用意する。

 そこに自身の血を垂らし、月光にかがげ、月を鏡に映す。


『ぎんづき、ぎんづき、ぎんづきよ、白い狐に願いを送れ』


 三回唱えると、狐の遣いがやってきて、願いを叶えてくれる。

 ただし、願いを叶える際に、大切なものをさし出す必要がある』



「満月じゃないとダメなの? え? 今日って……」


 ぼくの部屋のカレンダーは月齢がのっている。

 見ると、今日が満月の日───


「……すごいタイミングがいい! さっそく準備しないとっ」


 ぼくは財布を手に下へとおりていくと、


「凌、でかけるの?」


 母が帰ってきていたようだ。


「ちょっと買い物。母さん、なんか買うものとかある?」

「あ、牛乳頼もうかな」

「じゃ、行ってくるね」


 スーパーについたぼくは、まずは母からいわれた牛乳を購入。

 つぎに店内にある100円均一コーナーで手鏡と、裁縫用の針をカゴのなかへ。

 あとはずっと起きていられるように、大人味のブラックコーヒーを3本買っておこう。

 準備はこれで万端!




「───……おい…おい、聞いてるか、凌?」


 父親の声にぼくはふりかえる。

 夕食の時間になったけど、ぼくの頭の中は今日の夜のことでいっぱいだ。


「しっかり食わなきゃ、背、のびねぇぞ」


 兄に肘打ちされ、思わず脇腹をみる。

 そこに入るのは、兄の黒ずんだ脚だ。

 ぼくは口いっぱいにご飯をつめこんだ。ぬるくなった味噌汁でながしこみ、手を合わせる。


「……ごちそうさま!」


 椅子から立ち上がったぼくに、兄が不思議そうに見てくる。


「凌、これからいつもの入るぞ?」

「宿題多いから宿題することにするっ」


 ぼくはベッドに寝転んで、天井をみた。


「普段どおりになんて過ごせないよ……」


 兄のそばにいるとずっと吐息まじりの唄が聞こえてくる。

 何をいっているかはわからないけど、それでも、聞こえてくるのは唄だ。

 緊張と恐怖で、心のなかはグチャグチャだ。


「兄ちゃん、早く助けなきゃ」


 宿題をすませたけど、時間はまだまだある。

 ちらちらと目の前で舞っているのは、兄の呪いのカケラのようだ。


「……はぁ…あのページがあればなぁ……」


 スマホをつかって呪いについて調べてみた。

 ても、言い伝えはでてきても、解決方法はでてこず。

 次に、この本について調べみたけど、なにも出てこない。

 立派な装丁がされているけど、個人で作成したものなのか、作者名すらヒットしない。


 このままいくと、明日は兄の右腕が呪われることになる──


「まずは、おまじないの準備をしよう」


 丑三つ刻は、夜中の2時から2時30分のことだとネットにのっていた。

 まだ5時間もある。


「……あ、月がよく見える場所も必要じゃん……」


 いくつか頭のなかで候補をあげるけど、目の前の公園がちょうどいい。

 背の高い木はあるけど、皆既日食もあの公園から見たことがある。大丈夫!


「懐中電灯とかいるかな……」


 ぼくは改めて準備に足りないものはないかノートに書きだしていく。

 時間はゆっくりとだけど、しっかりと進んでいる。

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