第三話 月曜日 朝の刻 ~呪いのこと

 翌朝─────



 スマホの目覚ましが鳴ったので、ぼくはのそりと起きる。


「ぜんぜん寝れなかった……」


 風邪をひいたときの寒気みたいのが一晩中つづくし、兄の呪いがなんなのかを考えていたら、全く眠れなかった。


 目をこすりながら、カーテンを開く。

 兄の部屋から流れて床にたまっていたが陽ざしにあたり、キラキラと散っていく。


 それでも空気が重い。

 昨日よりも、唄声がすこし大きくなった気がする。

 ほんの少しだけど……。

 これが本当に言い伝えどおりの呪いなんだろうか……?


「なんでカマイタチなのに、女の声がするんだよ……」


 ぼくはひとりぼやいて、部屋をあとにする。


「母さんおはよ」


 リビングに下りると、いつもなら兄がいるのに、今日はいない。


「あら、凌、おはよ。めずらしいわね。凌、ちょっとお兄ちゃん起こしてきてくれる?」


 背を向いたままの母にいわれ、ぼくは再び階段をのぼった。

 空気をおしのけるつもりでぼくはドアを叩く。


「兄ちゃん、起きてる? 具合悪いの?」


 ドアごしに返事は聞こえるけど、声が小さい。

 いや、女の唄声のせいで、聞きにくいんだ。

 ぼくはツバを飲む。

 ドアを開けたくない。



 ……ぼくは、ヒーローなんだ……!



 口のなかでぼくは唱える。


「兄ちゃん、開けるねっ」


 ぼくは一瞬目をつむった。

 そこにだから。


 うっすら目を開けると、形は見えなかった。

 ただ黒い空気が充満している。


「兄ちゃん、だいじょ……」


 ベッドからおろされた兄の両足が見える。


「おはよ、凌。なんか両足だるいんだよね。そんなに歩いてないよな、昨日?」



 昨日は右足だけだったのに……!!



「おい、凌こそ、大丈夫か? 顔真っ青だぞ」

「え、あ、寝起きだから。兄ちゃん、カーテン開けるね! ほら、朝ごはんできてるよ」

「おう。やー、今日は寝坊だな……そんなに遅くに寝なかったんだけどなー」


 ぼくの横をすぎて、兄がリビングへとむかっていく。

 スリッパをはいて階段をおりていく兄の足音がする。


 トントントントン……


 その後ろを追うように、


 ねちゃ、ねちゃ、ねちゃ、ねちゃ……


 粘つく泥の上を歩く音がする───


「……早く、どうにかしないと……!」


 ぼくはすぐに準備することにした。

 自分の部屋にはいると、パジャマを脱ぎすて、制服に袖をとおす。


 帝天だいてん中学校の制服は少し変わっている。

 それは肩章がついていること。

 ベースは学ランで、色は灰色よりも青黒い鉛色。その肩の部分が、金糸雀色の紐で囲われた肩章がある。

 ぼくは肩章から下がる紐を整え、革の学生カバンをひっつかんだ。

 階段をすべるようにおり、リビングのドアを少し開ける。


「母さんごめん、いってきます!」

「あら、どうしたの」

「ちょっと!」


 玄関でシューズの紐をむすぶぼくに、


「おい、凌、飯ぐらい食えよ」


 歯ブラシをくわえた兄がいう。

 気配が黒くて重くて、振りかえるのすら、怖いっ!


「……いや、宿題やってないの思い出して! じゃ、兄ちゃん、先行ってるっ」


 足に巻きつく黒い呪いに、ぼくは目を伏せると、ドアを開けて走りだす。


「……って、なにをどう調べれば……?」


 ぼくはぼくに質問する。



 ───ぼくはまず、なにをするべきだ……?



「……まずは、言い伝えの内容確認だっ」

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