【指輪の気まぐれ】

私が兄と呼べる人に出会ったのは本当に唐突なことで。

そもそも私には父はいても兄はいない人生だったから。

母もいない生活は常に父と私で二人きりだった。

でも別に珍しくもないというか

母子だろうが父子だろうがそれはそれって感じで。


父は母について多くを語らなかったが

もう亡くなったらしいということは話してくれた。

そりゃあもう子供なりにどんな人か想像逞しくあれこれ考えたけれど


「きみのママはむかしボーイフレンドとでていったんだって」


という近所のウィリーの話がまずは正しいのだろうと子供心には悟っていた。


海外の暮らしというのは父にとって逃げだったのかもしれない。

仕事に忙殺されれば嫌な記憶からは遠ざかれるから・・・

ウィリーのママにどこまで真実を話したのかは知らないけれど

でも幼子を抱えてその道を選択したわけだから

それなりに準備を整える必要はあったのでしょ。養育環境的に。


私がグレずに育ったのは父の力ではなく、

ウィリーのママの愛が偉大だったからだと言える。

暖かい人だったから、おかげで「母」というのもに対して

それほど強く嫌悪感を抱かずにいられたのかなと今は思う。


大学は日本に帰りたい


という言葉に一瞬ためらったものの許してくれたのは

色々なものを知ることになっても理解できる年齢だと

父が納得してくれたからだろう。

アイデンティティを確認したいという気持ちは

ふつふつと湧いていたからまぁどのみちこうなっただろうけれど。


大学生活にもなじんだ頃に突然現れたのがあのうさん臭い弁護士。

本当に弁護士なのか?ってくらい胡散臭い(職業柄、そういうもの?)

おじいさんと言ってもいい年齢のおっさん。


「お前には兄がいるから会えるよ」


といきなり言い出すから何事かと思うでしょ。


大体、なぜ私を知っているの?

どこで聞いてきたの?

兄って誰?


謎だらけだし、海外暮らしの長い私の前にフラッと現れて何を知っているのかと

恐ろしく思うよね。


日本の個人情報管理、ありえない!!


って叫んだよね。

弁護士にそこまでの開示能力があるのかと疑問だらけだったけれど

(そもそも事件でもないしこっちは依頼もしていない!!)

「本当にそっくりな顔だ」

というから気になってくるじゃない。


「近々大学に来るから待ってろ」って何なの?


それだけ言ったらさっさといなくなってしまって疑問符だらけだったけれど

一週間後、急遽特別講師で現れたのはとある企業の若い部長で

この大学のOBだという人。

それが兄だった。


どうみてもまだ30代前半なのに   部長? はっ? って思った。


でもそれよりなにより本当にそっくりと言ってもいいくらいに似ていて。

周囲の学生たちもざわめくくらい似てた。

だから、あのおっさんの言葉も信じられた。


ああ、この人が私のお兄さんなのかな、って。


講義が終わった後、一見適当そう(失礼)なのにやたらと鋭い目をした

兄らしき人は廊下で声をかけてきた。

「もしかして?君は俺の妹?」


いや、どうだろう。私も分からない・・


そんな私にクツクツと笑いながら「お前面白いな」と急に昔から知ってたみたいに

言ったけれどそれが嫌じゃない口調だった。

それから私たちは簡単に自己紹介をして

どうやら兄にもあのうさん臭い弁護士が私の存在を伝えていたらしい。

(彼にとっては弁護士という立場の人ではないらしい。知人?)

結果、二人の母が同じ人物であることが分かった。


何より兄は私の指輪に反応した。


「それ?」


って小指を示すから、母の形見らしいと伝えたら


「ああそうだろ。それ、俺も持ってる」


と、ぐっとネクタイを緩めた襟元から奇麗な細いチェーンネックレスを

出してその先端に通っている波のようにデザインされた指輪を見せてくれた。

男の指には明らかに小さいであろうそれは私のものと同じだった。


リングをつけたチェーンネックレスをする男なんて遊んでいるイメージしかないし

そのしぐさから兄という人が明らかに女慣れしている様子は感じられたが

そこはまあ目をつぶる。



母はいつか子供たちが巡り合えるようにとお揃いのベビーリングを

私たちにそれぞれに贈っていた。

ベビーリングとはいえ、女性の小指には通るであろうサイズのそれは

父からその謂れと共に手渡されていたから

兄の話が間違いではないとちゃんと信じられた。



彼が言うには兄はもともと母の連れ子だったらしいから

私たちは異父兄妹ということになる。


兄のその後は相当に波乱に富んだ人生だったらしいので、

かなり苦労もしたようだが私という妹がいたことはちゃんと覚えていて

どうにか連絡を取りたいと思っていたらしい。

父が音信不通を決め込んだため、そこは申し訳ないとしか言いようがない。


こっちはこっちでそれなりに大変だったのよ。


「うん、まぁそうだろうな」って案外と優しい顔で微笑んでくれるから

拍子抜けするけれど、悪い人じゃないんだろうなと思う。


まさかこの指輪が証拠になるとはね。

(後日ちゃんと父から母との結婚生活が僅かだったことも聞いた)


「お前、俺に似てそこそこ美人だな」


ってニヤリと笑うあたり、一癖ありそうな気もするけど

まぁそっくりな顔で言われるから許せるような気もして。


どっちかというと兄は美形だと思うけれど

それを女にした私が美人かというとそういうわけでもないので

その社交辞令がかなり腹立たしいが、まぁ、いい。

そういうところが爛れた雰囲気なんだよなー、この人。


父の泡食った顔を見てやりたいと意地悪心も湧いてきたし

まずは目の前の兄という人とちゃんと話をしてから考えよう。

沢山心配してくれたウィリーのママにも報告しようと思ったら

わくわくしてきた。


あの世にいるもう覚えていないお母さん、

お兄ちゃんという人に会えましたよ(笑)

結構マシな人みたいだから仲良く出来そうなのでご心配なく。


右手でそっと左手の小指を撫でながら、

目の前の兄という人をマジマジと見つめている。












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【魔法使いの気まぐれ】 奈都 @vidafeliz123

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