些細な失敗、些細な傷、些細な成長
秋村ふみ
些細な失敗、些細な傷、些細な成長
インスタントコーヒーの粉をひとさじ分マグカップに入れ、ポットのお湯を注いだ。注ぎ終わってから、ポットの湯を最後に取り替えたのが五日前だったことを思い出した。捨てるのが勿体無いのでそのコーヒーを飲んでみた。くそ不味かった。
好きな漫画の続きがはやく読みたくて、毎月購読している月刊ヤングジャボンという漫画雑誌を発売日当日に書店に走って買いに行った。最近は立ち読みできないように、その雑誌は紐で綴じてある。買ってすぐ家に戻り、紐を解いてページを開いた。その漫画が載っていない。よく見てみると、買ったのは月刊ヤングジャボンではなく、月刊ビジネスジャボンだった。
パチンコに行った。つい先日、臨時収入で三万円ほど手に入ったので、四円パチンコでもっと増やしたくなった。なんと二回まわしただけでいきなり大当たりが来た。十二連チャンだ。この店の換金率はほぼ等価だ。後ろに積んでいる箱が十二箱。仮にひと箱四千円だとすると、四万八千円。五万近く稼いだぞと大喜びしていた。あとで、打っていた台が〇.一円パチンコだったことに気が付いた。
初めてヒトカラに行った。一人でカラオケというのには抵抗があったが、実際入って何曲か歌ってみると、そんなに違和感を感じなくなった。人前で歌うのが恥ずかしい、アイドルの曲やアニメソングを思いっきり熱唱しまくった。部屋を出るときに、ドアが半開きになっていたことに気が付いた。
いつも冷蔵庫にいれて保管している海苔の佃煮の入ったビン。ごはんにのせて食べようと、ビンの中身をごはんの上にあけてみたら、中身は海苔の佃煮ではなく、今まで捕まえて灯油漬けにしていたカメムシ達だった。
幼い頃、CDをレコードプレーヤーで再生したらどうなるだろうと、姉のCDで試して見た。渦を巻くように傷ができていき、仕舞いにはバームクーヘンのようになった。そのCDをCDプレイヤーで再生してみた。怪しい呪文のようなものが聴こえてきた。
自分の不注意、もしくは誰かの陰謀で失敗することは数知れず。しかしそのおかげで、より注意深くなったし、心が鍛えられた。人は失敗によって心もしくは体に傷を刻みこまれ、その傷を誇りに成長へとつなげていくものなのかもしれない。取り返しが付かない致命的な失敗ならまだしも、こういう些細な失敗なら、後の成功へとつなげられる。
コーヒーを入れる際には、ちゃんとポットのお湯が熱いかを確認するようになったし、漫画雑誌を買うにもちゃんと雑誌のタイトルを確認するようになった。パチンコだって、何円パチンコかどうか確かめてからプレイするようになった。カラオケするときもドアの開け閉めはしっかりするようになった。しかし自分の恥ずかしい歌声を誰かに聴かれたと思うと、妙に開放的な気分になった。
ただ、冷蔵庫に入っていたカメムシ入りのビンについては、疑問だけが残っている。何故冷蔵庫にカメムシ入りのビンが入っていたのだろう。冷蔵庫に入れる必要性が無いし、とっとと処分するべきだ。なのに何故、よりによって冷蔵庫に入っていたのだろう。その疑問が、手についたカメムシのニオイのように、しぶとく頭の中に残っている。ビンに貼られている、取りづらいパッケージのせいで中身がよく見えないので、毎朝食べるときに、ビンのニオイを嗅いで確かめなければならない。灯油とまじったカメムシのニオイを。そのお陰かどうかは知らないが、カメムシのニオイに対して耐性がついた。いくらカメムシのニオイがしようが気にならなくなった。その点はプラスである。
最後に、レコードプレイヤーで再生してみた姉のCDだが、どうせ自分のCDじゃないので心の変化はさほど無い。レコードプレイヤーでCDを再生してみると渦を巻くように傷ができる、という知識が得られ、私はとても満足している。だいいち所詮、幼い頃の私がやったことだ。今では笑って許されることだろう。さっきから、どこからか凄い殺気を感じるが……。
些細な失敗、些細な傷、些細な成長 秋村ふみ @shimotsuki-shusuke
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