【第7話】『ある日から使えるようになった転移魔法が万能で生きるのが楽しくなりました』

「ぜぇぜぇ…………死ぬかと思ったぞ」

 ヴェルガーが出て行ったことでこうそくが緩んだ俺は、何とかリリアナから距離をとると酸素を吸い込むことに成功したのだが……。

「はぁはぁ……サトルさん」

 机からい出してみればうれいを帯びた視線でリリアナが俺を見ていた。

 服は乱れており、呼吸をする度に実っているそのたわわな果実がポヨンと揺れる。

 うるんだひとみに真っ赤に染まったほお。熱を帯びた艶やかないきが俺に届くと。

「どうした? でも引いたのか?」

 レジぶくろに風邪薬あったっけ?

 そんなことを考えるのだが……。

「ううう。あんなにあっちこっちさわられたの初めてなのです、責任取ってしいのです」

 リリアナはそう言うとキッとした表情を作ると俺をにらみつけてきた。


「これ全部運ぶのか……?」

 目の前に積まれた木箱は大小ふくめると全部で200個もある。

「はいなのです、3日後に始まる遠征の物資が入ってるのです。これを倉庫から馬車置き場まで運ぶのがリリーの仕事なのですよ」

 全く動じることなく笑顔で返事をする。俺はためしに荷物を一つ持ってみるのだが……。

「これ一体、何キロあるんだよ……」

 持てないことはない、スーパーで10キロの米袋を持って帰ったこともあるのだ。

 だが、これは明らかにそれより重たかった。流石さすがにこれはポスティングのバイトの比ではない。どうしようか悩んでいると……。

「それにしても本当に手伝ってくれるのです? 結構重いのですよ?」

 気が付けば横からのぞきこんでくる。クリっとした瞳はけがれを知らず、俺が善意から申し出た提案を心の底から喜んでいるようにも見えた。

 この期待の瞳を裏切ることはできない……。

「ははは、ゆうだって。俺もバイトで力仕事には慣れてるからさ」

 咄嗟に出てきた言葉で後には引けなくなった。

「そうですか、ではサトルさんはそちらの箱をお願いしますなのです。リリーはこっちをやるのです」

 リリアナが指差した先にあるのは俺が運ぶ物より一回り大きい木箱だった。

「あまり揺らさないようにお願いするのです」

 持ち上げてバランスを取っているとリリアナが忠告してきた。

「もしかすると割れ物とか入っていたりするのか?」

「中身は日持ちする食料なのです、軍用なので結構な量が入っているのですよ」

 どうりで重いわけだ。平均的な大学生男子でもつらいのだ、背が低く若いリリアナではとてもとても──。

「では、リリーも…………えいっ! なのです」

「は? えっ……?」

 俺は信じられない光景を目にしていた。背の低いリリアナが自分の身体よりも大きい木箱を軽々と持ち上げたのだ。

「さあ、数もあるのでさっさと片付けるのですよ」

 ケモミミが「このぐらいよゆー」とばかりにピコピコと動く。尻尾はバランスをとるためなのかフリフリと左右に揺れる。

 俺は、いつしゆんその可愛かわいい動きにれたのだが、すぐに現実に引きもどされた。

 ならばリリアナが歩き出したからだ。

 目的地は彼女しか知らないわけで、ここで見失うと俺は一人で知らない場所に放置されることになる。

 かろやかに歩くリリアナを俺は必死に追いかけた。


「サトルさん、平気なのです?」

 下から覗き込むようにリリアナは俺に話しけてくる。眼前に突き付けられたケモミミも心配してくれている気がする。

「……ごめっ……ちょっと……待って…………息整える……から」

 俺は時間を掛けて空気を吸い込み息を整えた。

「これ、本当にリリアナ一人でやるつもりだったのか?」

 正直めていた。木箱は重い上に中の物が動く、重心が安定せず、持ち運ぶのに重さ以上に気を使わなければならない。

 これをリリアナ一人に押し付けるとかいじめじゃないかと思うぞ。

「はいなのです、遠征は3日後からなので、明日中に運べれば問題ないのですよ」

 特に気負うことなく答える。

 もしかして、この程度の仕事は慣れているということか?

「こっちの人ってみなそんなに力持ちなのか?」

 もしかするとこの世界の人間にとっては大した作業じゃないのかもしれない。

 それならば俺も男としてのプライドは保てる気がする。だが──。

「いえいえ。リリーが特別なのです」

 どうやらリリアナが特別らしい。そうなるとこんきよもなしに仕事をられたわけじゃないんだな。

 俺はたのもしくも元気いっぱいなリリアナを見ていると──。

「そんなことよりあと99往復なのです。さあさあはりきっていくのですよ」

 そう言ってうでを引っ張られる。そのじやみに俺はていこうするすべが無かった。


「さあ、次なのですよ」

 目の前には積み上げられた木箱があと198個もある。

 俺達は倉庫から戻ると再び荷物の前に立っていた。

 1個や2個ならばなんとかやりげられなくもないが、残り99回となるとじようだんじゃない。

 ただでさえ体調が悪いのだ、高く積み上げられている荷物を見ると頭がくらくらしてくる。

 俺はなやんだ末にカードを切ることにした。じゆうじんかいりき。リリアナは俺の常識ではありえない行動をとってきた。

 それならば俺もおくを温存しなくても構わないだろう。

「リリアナ、全部の荷物をあっちに運べれば良いんだよな?」

「はいなのです。だから時間が掛かるのですよ」

 掛かるのは時間だけではないと思うんだけど……。

 台車も無しに10キロを超える荷物を離れた場所にある倉庫まで運ぶとか、つうに考えると大人数を動員してやる作業だぞ。

 リリアナにさり気なく聞いたところ、増員はあり得ないとのこと。他の人間はえんせいに向けて準備をしているらしい。

「ちょっと手を貸してもらえればすぐに終わらせられるんだけどいいかな?」

 リリアナは俺の言葉に耳をかたむけてきた。


「それで、一体どうするつもりなのです?」

 リリアナは大量に積まれた荷物を前に俺に質問してきた。

 期待に胸ふくらませて見上げられているので居心地が悪い。これでもし能力が発動しなかったらいいはじさらしである。

 俺は決意をすると。

「こうするんだよ」

 手をかざす。そうすると、俺達の目の前に青白い光の輪が現れ、その先に倉庫が見えた。

「な、なな、なんなのですっ!」

 ケモミミがピンと立って尻尾しつぽの先も立っている。とつぜん現れた光景にけいかいしんが高まったのか。

 必死な形相で光の輪から距離をとった。

「これは俺の転移ほうだ」

「転移魔法っ!?」

 この現象を起こしたのが俺だとわかるとリリアナはおどろいた声をあげる。

 そしておそる恐るゲートの先を見ると。

「倉庫が見えるのですよっ!」

「ああ、空間をつないだんだ。これなら大変な作業もすぐに終わるだろ?」

 しんけんにあの距離を往復するのはあり得ない。とっとと仕事を終わらせて休むに限る。

「すっ、すごいのです……サトルさんは凄いのですよっ!」

 リリアナが感動した声をあげている。だが、体調を考えたところ、長時間は無理そうだ。

「とりあえず荷物をどんどん運ぼうか」

 俺はそう言うと作業をうながすのだった。


「サトルさん、大きい荷物が通らないと思うのです」

 しばらくするとリリアナが当然の疑問を口にした。先程まで通していたのは小さい箱だ。

 これは俺が両手で持ち上げられる程度の大きさしか無いので今広げているゲートで通すことができる。

 だが、残る99個の荷物はよこはばが広くて今のゲートでは通すことができない。

「うん、だからここからはゲートを広げるよ」

 俺は意識を集中するとゲートの入り口を広げる。だんは視線の確保のため、小さくすることはあるが、力をいれてやれば大きくすることもできるのだ。

 以前、実験として人目に付かない場所でやってみたところ、30メートルほどまで広げることができた。

 今回はとりあえず荷物を運べるぐらいの大きさにしてみる。

「リリアナ、悪いけど荷物をどんどん向こうに運んでもらえないだろうか?」

 通常のゲートとちがい、これはするのに集中力がいる。気をくと形がくずれるのだ。

りようかいなのです。どんどん運ぶのです」

 元気な返事をするとリリアナは大きな荷物を持ち上げる。

「ゲートの光の輪には気を付けてな。ぶつかると箱が傷つくかもしれないから」

 通る前に注意をしておく。以前行った実験で、ゲートの輪はどうなっているのかかくにんしたことがある。

 どうやら輪の部分はかなりしっかりしているようで。試しに鉄パイプでぶったたいてみたことがあるのだが、金属音がしてね返された。

 そればかりか、なぐった鉄パイプを見てみるとへこみが見つかった。恐らく、もっと強い力で叩けば折れていたに違いない。

 強度的には金属よりもかたい。それがゲートの実験で分かった結果だった。

 リリアナは俺の指示を聞くと次々に箱をゲートの向こう側へと運んでいく。

 その時間は実に10分ほど。

 すべての荷物を運び終えたリリアナから声が掛かると俺もゲートの向こうへと移動する。

 そうすると、俺が通ると同時に出口はしようめつした。

「あっという間に片付いたのです。サトルさん凄いのです」

 リリアナはうれしそうに尻尾をパタパタさせると俺をしようさんした。

「でも、こんな凄い能力をどうしてリリーのために使ってくれたのですか?」

 リリアナは首をかしげた。

「そりゃ、大変そうだったし、普通助けるだろ?」

 女の子一人でやる仕事量じゃない。手伝わない方がおかしいのだ。

 俺は正直な言葉を言ったのだが、リリアナは大きく目を見開く。

「……リリーは、こんなにやさしくされたのは初めてなのですよ」

「そうなのか。まあ、俺にできることなら力を貸すからさ」

 ふるえるリリアナに俺はなぐさめの言葉を掛ける。こんな言葉でリリアナの気分が上向くかはわからない。だが……。

「あ、ありがとうございますなのです。サトルさん」

 リリアナは顔を上げると目をうるませてき着いてきた。

「お、おいっ!」

 行動が読めなかったので驚く。リリアナのやわらかいかんしよく身体からだれる。じかに感じる体温とリリアナの可愛かわいらしい仕草に心臓がドキドキしはじめる。

 嬉しそうに抱き着いてくるリリアナ。俺はそんなリリアナにどう反応して良いかわからなかった。

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