―入宮―

第18話 望の入宮

 宝石に飾られた豪華絢爛ごうかけんらんな玉座の前、十四歳にして皇帝の妃になる望を先頭に大勢の女性が跪いている。『前』とは言っても、皇帝と望の間にはかなりの距離があるが。

 その両側に坐している国の重鎮らしい年配の男性たちは、様々な色を浮かべている。その多くは――痛いほど冷酷だ。

 現代日本から召喚された私にしたら、若干十四歳の少女が国家権力の思惑様々な中心に投げ出されたのに、誰一人として気遣いの色を見せないのは理解できない。付き添っている家人でさえ、感情を殺しているもの。


「謹んでお受けいたします」


 静まりかえった空間の中、望の凛とした声が響く。


「この身は朽ちる瞬間まで我が主のためにあるべきものとして」


 例えるなら、砂漠に咲く一輪の花。気高さを纏った望は、多くの飾りを乗せた頭をしっかりと上げる。

 皇帝のすぐ傍にいる望の実父でさえも、その瞳に色は映していない。宰相なのだから当然か。実父より、兄のような星斗より。誰よりも感情を出しているのは、神荼さんだ。星斗の横で、ひやひやとしているのが伝わってくる。私をはじめ、清家からついてきている人たちは笑いを堪えるのに必死。ただ、首と胴体がさよならして欲しくないので、神荼さんを視界に入れないという対処をとる。

 幸い、私は御守り役として顔を曝け出すのを避けるという名目で、薄いベールを被っている。気休め程度なので、ある程度化粧を濃くして素顔を隠しているのだ。


「これをもって四夫人が賢妃の儀とする。御守り役、他の入宮を認めることとする」


 祭祀を司る太常寺卿たいじょうけいが恭しく両腕をあげて祝福の花を舞わせた。魔道の一種で幻術らしい。望のイメージである桃色の愛らしい花が人々に降り注いだ。私の腕にも落ちてきたソレはふっと姿を消す。

 正室である皇后の即位や側室の最高位である皇貴妃の際は本物の花を使うらしい。望が宰相の娘とはいえ一年は操を証明するために、しばらくは皇帝のお手付きはあり得ない。ゆえに、それらに次いだ妃位の四人の中で賢妃という位を授けられたのだ。うん、聡明な望に相応しい!


「我ら一同も粉骨砕身、年若く聡明な妃に仕えることを誓います」


 この言葉にどれだけの誠意があるのだろうか。異世界からきた私よりもずっと理解している望は、その年齢に見合わない調子で微笑んだ。右横にいる私には盗み見ることが出来る。

 国を蝕む毒素を排出するため、北辰国第三公子の星斗の右腕として望は入宮する。私は異世界から召喚され伝説の御守り役――契約主の代わりに傷を得たりする身代わり――として数か月間訓練を受けてきた。古代の遺跡から発見された異物とかオプション情報付きで。


「北辰国が宰相である清 柘榴が娘、望。其方の入宮を、朕が認める。これより、其方は朕の傍に控える者となり、民の母となり、大地となり、北辰国の礎となれ」


 たった十四歳で皇帝の後宮に入った望にかけられたのは、お決まりの祝詞だった。

 大広間の奥高く坐する皇帝。最前列で膝をついている望でさえ、表情を見ることはかなわないだろう。あまりに遠い存在だ。

 それでも、望は自分の前に坐する人たちに臆することもなく、「賜りました」と穏やかな声を零した。年齢にそぐわないというか、普段の活発な望から想像もつかない淑やかな音だ。


「望は正妃により近い娘と心得よ。なんせ、形式的ではなく本物の御守り役を持つ妃じゃ。ゆえに、彼女に付き従う者も同様ぞ。よきに計らえ」


 皇帝は面倒くさそうに右手を振ると、さっさと玉座を去った。決して珍しいことではないらしい。人によっては、皇帝は言葉を発することもないと聞く。

 嫉妬八割、同情一割、無関心一割だ。赤子でも、広間を締める空気はわかるよ。

 っていうか、おっさん‼ 異世界トリップな私でもわかるぞ! その特別扱いの公言は、いささかまずいだろ。宰相の娘という立場は確かに望ちゃんを守ってくれるが、四妃の下っ端なのに公的な場で皇帝が気を遣えと公言すれば、狙い撃ちにせよと言わんばかりだ。

 案の定、広間はざわつく。あぁ、なんなの!!


「宰相の血であり、伝説の御守り役付きだからな。形式的にでも公言せざるを得ないか」

「いくら美姫とはいえ、星斗様のお手付きとも聞きますゆえ」

「そうですな。この一年が見ものじゃ。そもそも御守り役など、今は風習として巫女がなるだけでしょうに。どうでしょうかな。実際、この場で望様に実践いただくのは」


 人目も憚らずに響く笑い。それはどんどん広がっていく。負感情こそ感染しやすいものだ。

 そんなの、異世界トリップ前にシングルファザー家庭だった私は良く知っている。もちろん全員じゃないけれど、人は普通以外を可哀そうだって思って、排除したがる。


 私は異世界から召喚された『御守り役』だ。


 『御守り役』とは、現代では形式的に高貴な人の傍人として付けられる役職だ。私は、それとは異なる本物らしい。というのも、異界から召喚された私は、皇帝の妃となる望と、この国の第三公子の星斗の二人の身代わり人形となれるという。身代わり人形とは読んで字のごとく。私は二人と『御守り役』の契約を結んでいる。ということはつまり、彼らが受けた傷や毒を私が代わりに受け取るというものだ。その事実は、この半年以上の訓練で実感済みである。


「懐妊の時期が重ならぬのを願うばかりですか。いや、どちらにも愛されれば、関係ないことですかな。後宮お決まりの隠蔽で最高の血を残せるなら良いのでしょう」

「血が残せればいかようにもなりますな」


 その一言にかっとなった。すでに空席の皇帝の座の横にいる星斗もソレを読んだのだろう。面倒くさそうに指を動かした。ためらっている私に、発言を許すと。

 ……面倒くさそうなのは演技だけど。


「御守り役殿はなにやら思うところがあるらしいな。良い。立て」


 星斗の言葉に周囲が静まる。そして、私はシナリオ通りに立ち上がった。あぁ、それでもむかつく。あの星斗のしてやったり顔ときたら!

 それよりも私がむかつくのは、望に関してだ。唇を噛んでいる人もいるのに、どうして誰も声をあげないのかと、理屈とは別に心が痛んでしまうのだ。星斗と望を見ていたらわかるでしょうに。二人がどれだけ仲が良い兄妹な関係かって。私でもそれが理解できるのに、より興味を持って彼らを見ている人がわからないはずがない。


「なんじゃ。御守り役の能力を実践してみせるなら、剣でも持ってこさせようか」

「主上の玉座の間を朱に染めることなど、とんでもないことでございます」

「ほれみろ、やはりはったりを――」


 私は異国の遺跡から解凍された仙女だ。思いっきりソレを演出するように微笑む。今まで、こんなに綺麗に笑ったことはない。自分がこんな風にふるまえるなんて知らなかった。

 袖をあわせたまま頭を垂れ、星斗の許しを得て立ち上がる。今度はベールをほんの少し後ろに引き、唇だけが見えるようにして、再び笑みを浮かべる。陰口を叩いていた老人たちに向けて。醜く皺を寄せていた口元が、わずかに閉じた。


「本日はめでたき日でございますので、ぜひみなさまにも北辰国の霊山である戸朔山の御力をおかりして、祝福を」


 仰々しく両手を掲げる。長いゆったりとした袖が、するりするりと滑り落ちていく。体のほとんどがベールで隠されているからだろう。そんな存在が垣間見せる素肌に、男性たちの注目が集まってくるのがわかる。

 言語スイッチを日本語に切り替え、それらしい言葉を並べる。最後に「望ちゃん、一緒に頑張ろう!」と叫んだ直後、広間中に花が咲き乱れた。神妙な文章じゃなかったのに周囲は「神々しい」と呟いてくれるものだから、なんかちょっとオモシロい。


「おぉ! これは魔道が形作る花だ。国の最高魔道者であっても手に取ることが出来る物理的な形、何より香りまでは再現できぬ。人の心を穏やかにする魔道は仙女の専売特許ときくぞ」

「ならば、あの噂は誠か。望様には本物の御守り役がついている。それは古の仙女だと」

「いや、わしは天地創造の神である盤古が残した宝貝と聞いたぞ」


 重鎮たちだけではなくホールの端にいる護衛も花を手に取り、微笑んでいる。花の色のグラデーションには気を付けつつも、花自体は会場の端々にまで降るように気を張る。特に欲しい花のイメージがある人には届けやすい。それは中央の人より、端にいる人の方がわかる。薫りは軽く甘さを持った、それでいて爽やかさも混ぜたもので統一。

 最後の演出として、望に向き直り可憐な白い花を注ぐ。彼女が純白だと示すように。

 たっぷりとした時間をためて、衣を翻して望の横で両膝をついた。良かった。ベールはちゃんと滑り落ちていってくれたようだ。


「私は、望様の御守り役を担った者。古代に生きた者ゆえに、現世での礼儀に疎いところもございますゆえ、みなみなさまに礼節をご鞭撻いただきたく存じます」

「せっ清家にて囲まれていたと聞くが」

「清家のみなさまには、大変良くしていただきました。であっても、実際に人を介して後宮で学ぶ内容は別とした価値があるものですもの」


 遠慮気味に袖で顔を隠す。星斗から教えられた演出だ。これで髪と目を際立たせる。

 私の黒髪はこの北辰国では珍しい。星斗も黒髪だが、それゆえに神格化する派閥と異教徒呼ばわりする派閥があるらしい。黒髪は古い信仰を持つものにとっては、仙人仙女と同格の存在みたい。

 私の黒と望の桃色はコントラストを利用した、反するものの調和を示すと言っていたっけ。


「――っ」


 美醜・神秘性への感情かは不明なものの、会場中で息を飲む音が鳴った。

 それに合わせて、パンと両手を打つ。降り積もっていた花がシャボン玉のように弾け、印象深い香りだけが皆の衣服や髪に残った。


「香りは、わたくしからみなさまへの心ばかりの贈り物でございます。どうかこの一日がみなさまにとって実りある時となりますよう、我が姫と共にお祈り申し上げます」


 これで感情の良し悪しに関わらず望から視線を逸らせた、と願いたい。


「みなのもの!」


 私の演技が余程おもしろかったのだろう。星斗が大きく肩を揺らしながら手を打った。

 纏め上げた髪のせいで、端正な顔立ちがより際立っている。長身に程良いガタイ、それにのる美しい顔立ち。良く通る声に、誰もが恭しく頭を垂れてしまう。


「主上の言葉に従うがよい。散会である」


 星斗の一言でどんどん後退していく人々。すでに空席の玉座に背を向けないように後ずさっていく。

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