残月

 その車は急に縁石に乗り上げ、半ば浮かび上がりながらハンドルの操作を失い、反対側の壁面に激突した。ボンネットから重たい煙りが立ち昇ったが、ガソリンへの引火は無く、炎上することは無かった。


 真夜中の高速道路は車の通りも少なく、後続車を巻き込むこともなかった。衝撃で外れたアルミホイールが、数メートル先まで転がり、弧を描きながら、ガラガラと音を立てて止まった後、辺りには奇妙な静寂が漂っていた。


 ほどなく反対車線に一台の車が通りかかった。思いもよらぬ光景に一度ひっそりと速度を落としたものの、また思いだしたかのようにすぐさま、逃げるようにして走り去って行った。


 そして、そこに転がったのはタイヤのホイールだけではなかった。逆さまに横転し、潰れたサイドウィンドウからは、血まみれになった手が出ていた。握りしめていた指が力尽きて開いた時、そこから何かが転がり出した。


 ──500円玉。


 その500円玉はヨロヨロと力無く転がり、側道の排水溝に落ちた。お金が落ちる音を最後に、その場所は再び静寂に包まれた。


 明け方の空には、500円玉と同じように丸い、白く眩しいばかりの月が、朝日の光に負けじと最後の輝きを放っていた。

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その夜の照り返し 今居一彦 @kazuhiko

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