終末を迎えた世界

「私も詳しくはわかりませんが」


 サチが私の『私は誰に創られたのか』と言う質問に、答えを出そうとしてくれる。


「私たち三姉妹以外の感情人形フィーリング・ドールはテイル以外の魔女や人間の科学者に創られてます」

「他の魔女というのはわかるけど、人間の科学者?」

「はい、科学者です」

「どうやって?」

「私のにもわかりません」


 サチも詳しいことはわからないようで、それ以上の答えは出てこないだろう。


「私は誰に創られたんだろう」


 でも、それでも、生みの親は気になってしまう。純粋な疑問だったが、きっとサチたちには、未練がましい呟きに聞こえただろう。


「“ソフィア”という人格を創ったのは、持ち主よ」


 そんな私にメイは淡々と言葉をかける。


「貴女の“形”を作ったのはどこかの魔女や科学者なんだろうけど、貴女の“気持ち”を創ったのは間違いなく、持ち主よ」

「……そっか。そう言われるとそうかも」


 メイの言葉で、忘れていた持ち主との思い出が私の中に蘇って、形を作り、私の中に溶け込んだ。


 私のことを的外れな“ソフィア”と名ずけてくれた、小さな少女。一緒に遊びに行くことはできなかったけど、いつも私のところにきて、面白いことを沢山話してくれたし、私の話を聞いてくれた。無邪気な笑顔が印象的で、笑いかけてくれた。

 だけど、歳を重ねるにつれ、彼女は私のもとを訪れなくなった。当然だ。人形遊びなんて大きくなってからもするものじゃないし、人形と喋っているなんて奇妙なことをするもんじゃない。

 寂しかったけど、“そういうもの”と割り切ることができた。


 だって、人形と人間は違うから。生きる時間も、成長も、付き合い方も、何もかも。

 何もかも違う。人形は所詮、人間に作られたもの。遊び道具。

 私が寂しいと喚くこと自体、おこがましいことなのだ。むしろ私のお喋りに付き合ってくれた彼女に、感謝すべきなのだ。


 そう思うえるようになったのは時間がかかった。彼女との時間は楽しくて愛おしかった。思い出すだけで、幸せな気分になったし、切ない気分になった。

 だから、私はぼうっとして時間を過ごすことができるようになった。考えているから、思い出すわけで、何も考えないでただ何かを見ているように、ぼうっとすれば何も思い出すことはない。楽しいことも、辛いことも。


「ソフィア」

「…………」

「ソフィアさーん?」

「…………」

「もう、ソフィアってば!」


 アイの大きい声で、我に返る。


「あ、ごめん」

「急に黙ってどうしたの?」


 心配そうに、そして興味津々に、アイは尋ねてくる。


「ちょっと、持ち主のことを思い出してて」

「そうなんだー!ソフィアの持ち主ってどんな人だったの?」


 どんな人だったんだろうか。彼女のことは、脳内にはっきりと浮かぶけど、“どんな”と聞かれると、答えるのが難しい。


「しいて言うなら、笑顔な人」

「そっかぁ、素敵な人だったんだね」

「そう、だね」


 素敵な人。そう、きっとそう。

 彼女は魅力的な人だった。

 笑顔が綺麗で。感性が豊かで。何事も真剣で。ぶつかることを恐れないで。自分の意見をはっきり持っていて。思いやりがあって。頭が良くて。笑って過ちを許せて。強くて。優しくて。


 彼女の良いところが、堰き止めらていた水が一気に流れ出るように溢れてくる。

 あれも、これも。思い出の中の彼女は、まるで今も生きているように、笑っている。その思考は尽きることがなくて、私は彼女で満たされる。


 でも、それを言葉にすることはできなかった。言葉なんて曖昧なものに、したくなかった。私の心の中だけで大切にしておきたかった。


「ありがとう」


 だから、出た言葉は唐突な感謝の言葉だった。サチたちはどう反応していいのかわからないようで、戸惑っていた。


「急にどうしたのですか」

「ありがとうって言いたかったんだ」


 持ち主に。サチに。アイに。メイに。感謝の言葉を言いたかった。


「どうしてです?」

「なんとなく、かな」


 不思議そうにしているサチにそう答えると、ますますサチは不思議そうな顔をする。


「なんとなく、言いたかったんだ。それは、ただ『ありがとう』って言葉を言いたかっただけなのかもしれないし、私のことを見つけてくれて『ありがとう』なのかもしれないし、私とお喋りをしてくれて『ありがとう』なのかもしれないし。それとも、持ち主のことを思い出させてくれて『ありがとう』なのかもしれない」


 きっと、全部だ。私の感謝と言う気持ちは、この全部が原因なんだと思う。


「そうですか。何であれ、感謝されるのは嬉しいので受け取ります。『どういたしまして』」

「どういたしまして」

「どういたしまして」


 サチに続いて、アイとメイもそう言った。『どういたしまして』を言う彼女たちは、どこか誇らしそうだった。

 それは彼女たちの生みの親・テイルとの約束か何かなんだと、なんとなくわかった。


「それで、ソフィアはこれからどうするのですか?」

「どういうこと?」


 サチがこれからのことを尋ねてきた。


「滅んでしまった世界で、どう生きるのかです」

「……どう生きるって言われてもさ」


 私はそこで言葉を止める。

 サチたちも、その先の言葉を察しているので、何も言わずに私のことを見ていた。


「どう生きるって言われてもさ」


 私は繰り返す。


「どう生きるって言われてもさ……。私も


 私は普通の人形よりかなり長く生きた。まめな手入れをしてもらっていたから、ここまで形を保ってこれたんだろう。

 だが、最近は手入れがされず、放置されることが多かった。だからといって、簡単に壊れる人形ではないので、長持ちはしていた。


 でも、劣化には抗えない。今の私はきっとぼろぼろだろう。


「魔法でどうにかなるわ」

「どうにかって?」

「劣化を取り除くこともできるし、動くこともできるようになる。全部、魔法でなんとかなるわ」

「そこまでしてもらうわけにはいかないよ」

「大したことじゃないわ。だから、これも選択肢に入れて」


 真剣な目で、メイに言われた。少し考えたけど、やっぱり私の考えは変わんらない。


「私はここで終わる」

「理由を聞いてもいいですか」


 残念そうな顔でもなく、迷惑そうな顔でもなく、微笑みを浮かべながら、サチは聞いてきた。

 照れくさいが、別に隠すこともないので、私は理由を話すことにする。


「私はずっとここで生きてきたから、終わるならここがいい。それにここには、たくさんの思い出があるから、ここで終わっても寂しくない」

「そうですか」

「うん。私も随分長く生きたしさ。それに世界も終わったじゃん。もう十分だよ」


 悔いなんてもうなかった。

 ぼうっとしていたら世界が終わってて。でもそんな世界で、初めて同じ感情人形フィーリング・ドールとお喋りができて。そして、持ち主の温かい思い出を改めて噛みしめることができた。

 十分すぎるじゃないか。


「ソフィア、貴女に出会えて良かったです」

「楽しかったよ」

「有意義な時間だったわ」


 3人が口々に言う。


「こちらこそだよ」


 心の底から私は言った。その思いのほんの一欠片だけでも、伝わったなら嬉しい。


「最後に一つだけお願いがあるのですが、いいですか?」

「いいよ」

「ソフィアの最期を看取らせて貰えませんか」

「うん、いいよ」


 感情人形フィーリング・ドールは、自分の意思で死ぬことができる。死ぬって言うよりは、“意識を手放す”と言ったほうが正しいかもしれない。

 だから、ばらばらになっても生きていることはできるし、綺麗な状態でも死ぬことはできる。まあ、大抵は壊れた時に意識を手放す。


「……いいのですか」

「自分で聞いてきたのに、どうしてそんなに驚いてるの」

「だって、死ぬのを急かすような頼みですよ」

「どうせサチたちがいなくなったらすぐに、死のうと思ってたから、大して変わらないよ」

「それならいいんですが」


 と、サチは言うもののどこか不安そうだ。そんなに気を遣わなくてもいいのに、と思ってしまうけど、それがサチの良いところだと思う。


「じゃあ、私は逝くね」

「はい」


 重い空気が落ちる。誰かが死ぬときは、死んだときは、いつもこんな嫌な空気が漂う。


「そんな重い空気にしないでよ」


 声が震える。死ぬと決めたものの、死ぬのはやっぱり怖い。


「じゃあねー!、みたいに言えばいいの?」

「そっちの方がいい」

「えーでも、そんなのできないよ」

「出会って間もないんだから、できるでしょ」

「出会った時間は関係ないもーん」


 それは確かにそうだ。でも重い空気は苦手で、何より死ぬのが怖くなる。


「じゃあ、またどこかで会えたら」


 だから、私はさっさと意識を手放すことにした。


 じゃあね、という3人の声が聞こえたような気がして。



 そんな中で私という感情人形フィーリング・ドールは終わった。



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