終末の感情人形《フィーリング・ドール》

聖願心理

世界はいつの間にか滅んでいた


 気が付いたら、世界が滅んでいた。

 比喩でもなんでもなく、本当に“滅んでいた”。


 人類の騒がしい声も、動物の鳴き声も、機械音も何一つとして聞こえてこなかった。

 私の視界に入る建物はなんとか形は保っているものの、穴があいていたり、崩壊寸前だったり、人が住めるものではない。


 まるで映画を見ているような、そんな気分だった。フィクションの中でしか見たことない、そんな光景。

 その光景は悲しくもなかったし、楽しくもなかった。ただ、無機質に、淡々と、世界が終わったんだな、と実感しただけだった。


 一瞬、私も夢を疑った。これは悪い夢なのではないかと。いつかは覚める、悪夢なんじゃないかと。

 でも、そんなことはありえない。



 だって、私は夢を見ないから。



 私は今まで一度も、夢を見たことはない。嘘でも誇張でもなくて、言葉通り“夢”を見たことがない。正しく言い換えるとするならば、


 それは何もおかしい事ではない。

 何故なら、私は人間ではないからだ。人間に創られたものだからだ。


 私は、感情人形フィーリング・ドール

 感情を持つ、少し変わった人形だ。


 とは言っても、私に出来ることは口を動かすことだけ。言葉で、“感情”を伝えることだけだ。

 表情を浮かべることはできないし、体を動かすこともできない。ましてや特別な力なんて持ってるはずがない。

 お喋りだけが得意な、ただの感情人形フィーリング・ドール


 感情人形フィーリング・ドールの中には、表情を作れるものもいるらしいし、体を動かすものもいるらしい。

 ここから動けないので、風の噂程度の信憑性だけど。



 動けないのは少し退屈だ。この場所は他の場所と比べて、損傷が少なく、安全な場所であるに違いはないのだけど、1人でここにいるのはなんとなく寂しい。

 長年ここにいて、しかも誰とも喋っていなかったので、この“寂しさ”には慣れているはずなんだけど。きっと終わってしまった世界の哀愁感に、感情が引っ張られているのだろう。そう結論を出すことにした。


「……世界って、終わっちゃうものなんだね」


 なんとなく、そんな言葉を呟いた。

 別に返事なんてものは、期待していなくて。

 久々に声が出したくなっただけで。

 ただのなんの変哲もない独り言だったのに。


「ほんと、そうだよねー」


 と、明るいトーンの声が遠くから聞こえてきた。

 ついに幻聴が聞こえるようになったか、と私はふっと笑いを漏らした。


「サチお姉ちゃん、メイ、こっちこっち」


 でも、その声は幻聴とは思えないほどはっきりしていて、しかもあと2人も人がいるような言葉だった。

 予想の斜め上を行った現実に私はついていけない。


「こっちから声が聞こえてきたよ」

「本当なの?」

「あ、メイ、お姉ちゃんのこと疑うの?」

「疑ってはないわ。信じてないだけよ」

「変わんないじゃん!」


 明るいトーンの声とは別の、少し低めの声も聞こえてくる。


「まあまあ。せっかくだし、探してみましょう。久しぶりに仲間に会えるかもしれないですし」


 それに大人びた雰囲気の優しい声も加わる。その声は段々と私に近づいてくる。


 ……仲間?

 人間が生き残っているのだろうか。それともAI?それとも……。


 私がドギマギしながら考えていると、3人の少女が私の前に姿を現した。


「あ、ほら、あそこに人形がいるよ」


 先程から明るい声で話す、淡紅色たんこうしょくの髪をツインテールにしている少女が、私の存在に気がつく。

 純白のキャミソールワンピースに、レースアップサンダル。見えている方が寒くなりそうなほど肌を露出しており、球体関節が丸見えだ。


「本当ね。高級な人形よ、これ」


 そう言って、私に品定めの目を向けてくる、月白色げっぱくいろの長い髪をおろした少女。

 髪色とは対照的な黒いとんがり帽子に、長めのローブ、それにブーツ。古風な魔女を連想させるような格好をしている。


「こんにちは、可愛いお人形さん。貴女が私たちの仲間であるならば、何かしらの反応を示してくれると嬉しいです」


 いかにもお姉さんという感じの、ふわふわの金糸雀色カナリアいろの髪を綺麗にまとめている少女が話かけてきた。

 彼女は淡紅色の少女とは違い、顔以外一切肌を見せていない。ロリータチックな服装で、金糸雀色の髪と完璧にマッチしている。


「……こんにちは」


 私は金糸雀色の髪の少女の言葉にそう返す。


「こんにちは!貴女も、感情人形フィーリング・ドールなんだねっ!」


 嬉しそうに、淡紅色の髪の少女が笑顔を見せ、


「アイはアイ!神様の人形、アイ。よろしくね」


 と自己紹介をしてくれる。

 それに続いて、月白色の髪の少女が。


「私はメイよ。人形の魔女、メイ」


 金糸雀色の髪の少女が。


「私はサチです。原初の人形、サチ」


 神様の人形、人形の魔女、原初の人形。

 その二つ名的なものは、一体なんなんだろう。


 私の疑問を察したのか、金糸雀色の髪の少女は私に微笑み、そして話し始めた。


「私たち三姉妹は、少し特別な感情人形フィーリング・ドールなのです」

「特別……?」

「えーと、そう言えば名前を伺っていませんでした。お聞きしてもいいですか?」


 サチにそう言われて、私は自分が自己紹介をしていなかったことを思い出し、慌てて口を開く。


「私はソフィア」

「ソフィア。いい名前ですね」

「ありがとう」


 久しぶりに出す、自分の名前。今はいない持ち主がつけてくれた、素敵な名前。

 社交辞令だったとしても、名前褒められたことは嬉しかった。


「それでソフィア。貴女は感情人形フィーリング・ドールの起源を知っていますか?」

「ううん、知らない」


 ここから動けないし、しばらく人とも喋っていないので、情報を仕入れるのは難しいのだ。むしろ、私が感情人形フィーリング・ドールという言葉を知っている方が不思議なくらいなのだ。


感情人形フィーリング・ドール。最初に創ったのは孤独だった魔女。名前はテイルです。そして、テイルに創られた最初の感情人形フィーリング・ドール、それが私、サチです」

「え、魔女……?」

「ふふふ、ソフィア。魔女は実在するんだよ!神様も悪魔も天使もね!」


 私の驚きの声を聞いて、何処か自慢気にアイが言う。


「神様も、悪魔も、天使も、そして魔女も、存在するの?」


 そんなものはてっきり、人間が生み出した空想上の存在だと思っていた。実在なんて、するはずないって。現実なんて、そんなものだって。


「存在するわ」

「嘘……」

「疑うの?私たち自身、不思議な存在なのに?」


 そうメイに言われて、はっとする。

 確かに、人形は感情を持たないし、喋らないし、動かない。感情人形フィーリング・ドール自体、ファンタジーの“一部”にされても何も不思議なことはない。


「確かにそうだね」

「納得してもらえたでしょうか。感情人形を創り出した、始まりの魔女・テイルは私の後にアイを創り、そしてメイを創った」

「テイルが創ったのは、貴女たち三姉妹だけなの?」

「はい」


 私の質問に、サチは躊躇わず頷いた。


「アイはね、神様に気に入られて、神様の人形になったの」

「どうして?」

「アイもよくわかんないけど、テイルの“魔法”が神様に認められたんだ」


 アイがいきいきとそう言った。

 テイルの魔法というのは、きっと感情人形フィーリング・ドールを創った魔法だろう。その魔法が、認められたということは、私たち感情人形フィーリング・ドールが認められたということだ。

 そう思うと、少し嬉しくなってくる。


「私は姉妹の中である意味一番、変わってるわ」

「え?」


 アイの話が終わると、今度はメイが自分の特殊性について話し始めた。


「私は生れながらにして、“感情人形フィーリング・ドール”で、テイルと同じ“魔女”だったのよ」

「人形が魔女?」

「そう。私は魔女」


 でも人形、メイは何気なく呟いた。


「テイルがどうして私を魔女にしたのか、よくわかないわ。人形でも魔女になれるのか、魔女という仲間が欲しかったのか。それとも私たちが思いつかない理由があったのか。

 というか、そんな話はどうでもいいわよね」


 メイはため息を落として、続きをお願いとサチに目で合図を送った。


「だから私たちは特別なのです」

「特別な感情人形フィーリング・ドールに会えて、光栄だな」


 そう、少しだけ嬉しさを見せるように言って。


「じゃあ、その上で質問」


 そして、私は彼女たちの話を聞いていて、疑問に思っていることを尋ねた。


「じゃあ、私や他の感情人形フィーリング・ドールはどうやって創られたの?」


 単純な、自分の“始まり”の疑問。


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