第14話 サンタクロースへの手紙

 子供ころ僕は、何歳までだったかは忘れてしまったが、クリスマスになるとサンタクロースに手紙を書いていた。


 プレゼントで欲しいものを手紙に書いて、宛先も分からないサンタクロースへ手紙を出していた。

 もしかすると、その頃のポストには僕みたいな子供からの手紙が沢山入っていて、郵便局の人にとっては迷惑だったかもしれない……


 でも、サンタクロースから返事が届くことはなくて、お願いしたプレゼントなんて届くこともなくて、それでもクリスマスが来ると懲りずに手紙を出し続けていたけれど、その手紙をサンタクロースが読んでくれないことに気がついた時、僕は誰に聞かされたのでもなく、サンタクロースは架空の人物なのだと勝手に思った。


 僕は一つ小説を書き終えると、そんなことを思い出した。この小説を手紙とするならば、それは誰かに読んでもらえるのだろうか……

 文学賞に出品しては落選を繰り返すたびに、僕はそんなことを思う。そして、時にはサンタクロースに出す手紙を諦めた時のように、心が折れることもある……

 それでも諦めずに書き続けるのは、きっと誰かに読んでもらえることを信じているからだ。


 大人になってもサンタクロースを信じていると言えば、周りからは馬鹿にされるかもしれない。そして僕も、そう言っている人を茶化すかもしれない。

 でも、サンタクロースを信じなくなることが大人になることかと言えば、それは違うと思う。

 それは、大人になるとは心が擦れることだと言っているのと、同じに思えてしまうからだ。

 だからと言って、僕が綺麗な心を持っているわけではなく、擦れてしまったからこそ感じることかもしれない。


 世の中には、心が擦り切れうなほどの現実や、世間を脅かせる事件、人の不幸を話題にしたニュースで溢れてる。

 そんなことに、怒りや悲しみを覚えることもあれば、嘲笑うことや自分の不幸と比べたりすることだってある。

 けれど、誰しもがサンタクロースを信じていた頃は、人を見下すようなことも、嘲笑うこともなかった。

 だから大人になってもクリスマスの日くらいは、サンタクロースのことを考えて、子供の時を思い出してもいいと思う。


 酒の席で友人にそんなことを話したら、『何、呑気なこと言ってんだ』と言っていたが、これが当たり前。

『好きなことやって生きていけるほど、甘くないよ』と言うのも、当たり前。

 でも、そんなことをを言っている友人だって、目標を持って生きているし、その人生には沢山の喜びや感動がある。

 それはきっと、サンタクロースを信じていた頃の気持ちが、心のどこかに残っているからだろう。


 だから僕も、サンタクロースに手紙を書いていた頃の気持になって、小説を書いてみた。

 宛先はないかもしれないけど、きっと読んでくれるサンタクロースのような人がいると思いながら、その気持ちを込めて文章にする。

 あの時の手紙は諦めてしまったけれど、今度はやめることなく書き続ければ、いつか届いてくれることを願う。


 きっと今日は、それぞれの人たちが、それぞれの物語の中でクリスマスを過ごすのだろう。

 それは楽しいことや嬉しいこともあれば、辛いことや悲しいこともあるはず。

 当たり前の毎日と同じように過ごす人もいれば、慌ただしく過ぎる時間の中で仕事に追われる人もいる。

 でも、どんな人にも物語があって、自分では気づかないかもしれないが、それは素晴らしいものばかり。

 だから全ての人にとって、今日が幸せな物語の日であってほしい……

 子供にも大人にも、全ての人にサンタクロースが来るようなクリスマスであるように。


 クリスマスの日、サンタクロースへ送る手紙のように小説を書き終えて、僕はそんなことを思った。


〜サンタクロースへの手紙〜

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クリスマス短編集〜それぞれのXmas〜 堀切政人 @horikiri

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