噂を創った男

図書館出張所 

人を引きずり込む映画

噂はいつだって知らず知らずに創られるものでしょ。


 私は映画が好きだ。自慢ではないが週に三回は映画館へと足を運び、通学の電車の中ではアプリを使い80,90年代の名作に思いを馳せ、夜はレンタルビデオ屋で借りた劇場公開はおろかレンタル専用になっているB級映画で時間を無駄にするほどの映画好きだ。大学生活のほぼ全てを注ぎ込んでいると言っても過言ではない。

高校で映画にのめり込んで以来、ろくに友達も作らなかった上に無駄な意地っ張りな性格なものだから、大学に入ってすぐの頃せっかく誘われたサークル活動も映画のために不要と言って断ってしまった。おかげで友達も少ない。


 大学三年生の頃流石にこのまま人と関わりを持たずに生活するのはまずいと思い、代わりになるかも分からないが映画ブログを開設し細々と活動を行っている。元々映画の知識は人並み以上に持っていたので細かい映画ネタも拾うことができ、それがウケたのか少しずつではあるが閲覧者を増やしていった。

 ある日、いつものようにブログについたコメントに返信していると、吉岡と名乗る人物からのコメントが目にとまった。


「見たものを引きずり込む、不思議な映画があるみたいです」


どうせいたずらか何かだろうと思いながらも、興味を引かれてしまった。私はもちろん全てのジャンルの映画を嗜むがその中でもホラーやミステリーなどのオカルトが絡むものが大好物なのである。もし存在するのであれば呪いの映画の一本や十本見てみたいと思うほどだ。見た者を引きずり込む等というオカルト極まりない映画があるのであれば、是非とも見てみたいものだ。私は吉岡の対しコメントを送った。


「それはとても興味深いです。どういった映画なのでしょうか」


すると早速、吉岡から返信がきた。


「タイトルは分からないのですが、夜中の都内、どこかの映画館で上映しているみたいです。なんでもその名の通り、見た人を引きずり込むだとか。調べて見るのも面白いかもしれませんよ。」


なるほど、都内ならあんまり金を掛けずに調べることが出来る。ついでに見たかった映画を見る良いきっかけにもなるじゃないか。私は早速、今夜から都内の映画館を調べて見ることにした。


 まずは手始めにすでに行ったことのある、品川、上野、有楽町、新宿、大崎、池袋等の山手線内にあるメジャーな映画館を捜索してみることにした。もちろんそんな不思議な映画などこんなメジャーな場所で上映されているわけもなく、映画館の職員に噂の映画について聞こうものなら変なものを見る目をされ、余計な傷を負うことになる。それだけは避けなければならない。私のハートは意地っ張りだが繊細なのだ。そんな目を向けられた日にはミステリー映画の第二の被害者よろしく自室に引きこもるしか選択肢がなくなってしまう。


次に三鷹方面の都内ではあるが二十三区から外れた地域にある映画館にも足を運んでみるが、結果は変わらずであった。ついでに余計な傷を負った。

このままでは私の財政面の破綻より先に精神面が破綻してしまうのではないかと考えながら、最後の砦であるマイナーというかインディーズというか、ようはそう言ったものを多く上映している映画館に訪れた。ここは、今は珍しい整理券制の映画館で何本かの映画をまとめて上映しているのが特徴である。私も時々訪れるかここよりカオスという表現がふさわしい映画館を見たことがない。ここで何の情報も得られなかったら最後としよう。まぁたくさんの映画館をまわることができたから、たまには趣向を変えて映画館レビューをしてみるのも悪くない。それだけでも多少のネタにはなるだろうと考えながら、店員に整理券を渡しシアター内に入っていった。


 当たり前のごとく、何の情報も得られなかったが素晴らしい映画を見ることはできた。特におばあさんが鏡餅に食らい付くシーン等はまさにB級映画の醍醐味とも言うべきであろう。映画館を出る頃には周りには人子一人おらず、あたりは静寂に包まれていた。この時には頭の中は映画の感想一色になり、噂の事などすっかり忘れそのまま帰路に着こうしていた。すると、「すみません」と後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには私と同年代とおぼしき男が立っていた。男は続けざまに


「こんな遅くまで映画を見るなんてかなり映画がお好きなんですね」


と話し掛けてきた。映画好きと言われては悪い気もしないので思わず


「ええまぁ。そういうあなたも相当映画が好きなようですね」


と答えてしまった。


「はい、僕も大好きなんですよ。でも意外です、同年代で僕以外にこんなマイナーな映画館に来る人がいるなんて。嬉しくて思わず声をかけてしまいました。よかったら連絡先を交換しませんか。」


 普段ならこんな怪しさ極まりない提案、日本人特有の愛想笑いを浮かべ丁重にお断りするところである。しかし今の私は深夜テンションに加えて、もしかしたら出来るかもしれない映画友達を前にいささか気分が上がってきている。


「えぇ喜んで、」


と快く連絡先を交換してしまった。


 結果としては、この選択は大成功といっても過言ではないものであった。私と彼の好きな映画のジャンルがかぶっていたことや、お互いにこれまで膨大な数の映画を見てきたこともあって、すぐに仲良くなることができた。現在では週末に一緒に映画を見に行きお互いにおすすめの映画を紹介し、私の家でオールナイト上映会を開催するほどまでになった。

彼と付合いは私のぐにゃぐにゃに曲がり、さらに凝り固まった性格をまるで死刑囚を更生させた薬のように治してくれた。その効果は、私に友達とは良いものだと思わせるほどであった。その頃には、あの夜以降もちょくちょく思い出しては調べていた不思議な映画についてはすっかり忘れてしまっていた。


 いつもの様に2人で映画を見た後、彼と飲みながら来月から上映が始まる映画について語っている時、ふとあの映画のことを思いだした。


「なぁ、お前と初めて会った時どうしてあんな映画館にいたか分かるか。」


「さぁ、映画館なんだから映画を見に来てたんでしょ」


「実はお前と出会った日、ネットで知った不思議な映画を探していたんだ。」


「不思議な映画って」


「見た人を引きずり込むっていう映画だ」


「あぁ、その映画のことなら僕もネットで見たことあるよ」


「なんだ、お前も知っていたのか。深夜、都内のどこかの映画館で上映されているら

しいが。今思うとそんな馬鹿げた話あるわけないよな。でも本当にあるなら一度は見てみたいかもな」


私は、酒の肴にでもなればいいと思いながらそのことを話した。すると、彼から意外な言葉が飛び出たのだった。


「そう言えば、つい最近閉館した深夜まで上映をしている映画館があったなー。都内なのに本当に人がいるのかってくらい静かでさ。気味が悪くて、映画を見ながらも辺りをキョロキョロしちゃったよ」


「そんな映画館があるのか。面白いな」


「しかもこの話には続きがあって、なんでも閉館してからも時々、上映がおこなわれているらしいんだよ。面白いでしょ」


その話を聞いた私の中から当時抱いていた好奇心や探究心が溢れ出てきた。そうなってしまうと段々と心残りの様なものが生まれてくる。もし仮に、その閉館となった映画館を訪れることで心残りがなくなり、私の心が水曜日に放送されていた北海道ローカル番組の最終回のような、すっきりとした気持ちになれると言うのであれば、是非行ってみたいものである。

考えれば考えるほどその映画館への興味が湧いてきて、いてもたってもいられなくなってきていた。


「よし、じゃあ今からその映画館に行って確かめてみようじゃないか」


「え、やだよ。もう遅いし、危ないし」


「何を言っているんだ。お前だって映画好きの端くれだろ。せっかく新しい手掛かりが手に入ったという時に手をこまねいていては、解明出来るものも出来なくなってしまうじゃなか、それにこんな話をされてじっとしている方がどうかしている」


「それはそうだけど」


彼はすこし俯くと、不安そうに顔を歪ませて私を見た。

私は手に持っていた中身が半分以上残っているジョッキを一気に飲み干すと、彼の答えを聞かぬまま強引に会計を済まし店の外に出た。彼も外に出ると観念したのか、渋々映画館に案内してくれた。


 案内された場所は、先ほどの話の内容のままでそこに存在した。通り都心にあるにも関わらず静まり返っており、入口には立ち入り禁止の看板が立ててある。その様は、某ムカデ映画を見終わった後の私と同じくらい静かであった。


「ここがそうだよ。どう、お目当ての映画はやってそう」


彼ははやくここを立ち去りたいのか、少しやけくそ気味に聞いてくる。

予想以上に怪しげな雰囲気に包まれた映画館を目の当たりにして私はすっかり酔いが覚めてしまっていた。しかし、ああは言った手前すぐに帰ろうとは言えなき雰囲気である。この時ばかりは、私のこの性格を呪いたくなった。「まだ外なんだからわかるわけないじゃないか。中に入れるか確かめてみるぞ」私は怯んでいることを彼に悟られないよう、平静を装い言った。


「中に入るって・・・閉まっているんだし無理に決まっているよ」


どうやらバレてはいないようだ。私は少し落ち着きながら


「そんなの調べて見ないと分からないじゃないか。ほら、さっさと行こう」


と自身に怖くないと言い聞かせるために彼の背中を押し映画館の方に進んで行った。


 現在私は、映画館の周りをうろうろしながら帰りを切り出すタイミングを見計らっている最中である。いっその事、警察がやって来て注意してくれないだろうかと期待しているが現実はそう映画のように甘くなく、警察官が来る所か人っ子一人近寄ってくる気配はない。このまま入れる場所などなく、彼の方から「もう帰えろう」が出てくるのを某モンスターパニック映画のヘビのごとく首を長くして期待していると、向こうの方から


「ちょっと来てよ」


と今一番聞きたくない声が聞こえてきた。

仕方なく彼の方に向かうが、生まれてこの方こんな足が重く感じる時があっただろうか、自身の罪の枷を見せられたスクルージも同じ気持ちだったのだろうか。気を紛らわす為に余計なことを考えながら歩いていると、大きく手を振っている彼の姿が見えた。


「こっち来てよ!こっちの窓が鍵掛かってないんだよ」


入れる場所を見つけたためかさっきまで私に帰ろう、帰ろうと愚痴っていた彼の姿はなく私以上にテンションが上がっているように見えた。


「やったじゃないか」


と無理にテンションを上げて返答するが、内心はスプラッタ映画に出てくる脱出直前に大声出すやつに直面したような気分だった。間の悪いやつめと小声で愚痴りつつその窓に近づいた。

確かにその窓は、大人一人がギリギリ入れるかどうかの大きさをしており、その奥には各シアターの入り口が見えた。


「早く中に入いろうよ」


今度は彼が私の背中を押しながらと促してくる。

今更後戻りは出来ないと覚悟を決め、さながら鉄骨でも渡るかの気分で奥に進んでいった。 


 内装は閉まったばかりのせいか、思った以上にきれい内装のままだった。電気はつかないが、内装がきれいというだけで恐怖心はかなり和らいだ。幸いシアターの扉には鍵が掛かっておらず二人で一つ一つ回りながら、あーだこーだと大学生の自主製作映画の様な薄い内容の会話をしながら、シアター内を確認していった。

シアター内はどれも同じ造りになっており、特に不思議な点は見受けられなかった。その勢いのまま上階に登っていき、順番に調べて回ったが案の定何か起こることもなく、ついに最後のシアターを調べ終わった。

やっと帰れるという安心感から自然と歩く速度がはやくなり階段の方に向かっていると、視界の端にまだ見ていないシアターがあるのが見えた。彼の方を見ると同じく立ち止まっているので、シアターの存在に気がついたようだ。いまさっきまで抱いていた安心感が恐怖に一気に突き落とされるのを感じた。

しかし、ここまで調べといてこれだけ調べずに帰るのもいかせん気分が悪い、どうせ何もないのだ、これをさっさと調べればなんの後腐れもなく帰るとこができるだろう。

一刻も早く帰りたい一心で扉を開けると、スクリーンに白い映像が映し出されているのが私の眼前に広がった。これを見た瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。余りのことでその場から動けないでいると、


「本当にあったんだ」


彼が隣でぽつりとつぶやいていた。 


「あぁ」 


と私が短く返事をすると会話はそれっきりで二人ともしばらくの間黙って白い映像を見続けていた。


 しばらくして私は、白い映像の一部に小さく影が出来ていることに気がついた。それが今にも消えてしまうように感じた私は危ないと感じつつも思わず近づいていってしまった。一歩一歩進んでいくたびに心臓の音がはっきり聞こえてくる。ホラー映画の主人公たちは謎が解決する時こんな気分だったのだろうか。スクリーンは何も変わらず淡々と白い映像を映し出している。後ろから彼の声が聞こえてくるが、そんなもの気にしている暇は一秒足りとてない。

自分の意識が段々と映画に吸い込まれる感覚がある。心臓の高まりが頂点に達し影のシルエットがはっきりと見える距離まで近づいた時、体から重力が消え意識が闇にのまれた。

 

 気がついたら私は病院のベッドで頭と包帯が巻かれ、足はつるされている状態で寝かされていた。その姿を見て、我ながら馬鹿な格好だと思ったのだから体の方は大丈夫なのであろう。次の日朝から行われた診断が終わり、ぐったりとしているところに彼が果物の入った大きな籠と共に見舞いに来てくれた。彼は私に姿を見るなり笑ったものだから、私の昨日の感想は間違っていなかったのだと確信した。一通り容態のことを聞かれた後、彼は昨日の事の顛末を話してくれた。


 話をまとめると顛末と言うにはあまりにもお粗末なもので、簡潔かつ単純に説明するとシアターの床が抜けて落っこちた、ただそれだけである。白い映像を見てテンションがおかしくなった私は、穴が空いている事に気づかずに落ちてしまったのである。

 その後彼が救急車を呼び病院に担ぎ込まれ今に至る。そこまで話を聞き終えると体中が熱くなり、今すぐ病室の窓から飛び降りたい衝動に駆られてくる。暴れようとする私を抑えながら彼は話の続きを話し始めた。

白い映像がなぜ流れていたかというとこれもつまらないもので、どうやらあのシアターは営業時間終了後に従業員たちが映画を見るためにも使われていたもののようであった。その時に使っていた自家発電機がたまたま誤作動を起こし白い映像と影が映し出されていたというご都合主義万歳といったものだったのだ。私は、彼の話を聞きながらつまらなそうな顔をしていた。


「せっかく命が助かったのにどうしてそんなつまらなそうな顔をしているんだよ」


彼は私のつまらなそうにしている顔を見て呆れながら言った。


「そうは言っても結局不思議な映画は事態は見つかららなかったし、ようやく見つけたものでさえあんなオチだったんだ。これではB級映画以下のオチじゃないか」


「こんな目にあっても映画の話をするなんて、よっぽど映画が好きなんだね」


「馬鹿言え。俺から映画を取ったら何が残るっていうんだ。」


それはそうだと彼は目に涙を浮かべながら笑っていた。


「でもさ、さっきから不思議な映画は見つからなかったと言っているけど、僕から言わせれば不思議な映画は見つかったと思うよ」


「何を言っているんだ何も見つからなかったじゃないか」



「だって探していたのは見た人を引きずり込む映画だろ」


彼は顔をにやつかせながら言ってきた。


「そうだ」


私はいやな予感を感じながらと答えた。


「じゃあやっぱり見つけているじゃないか。だって君は文字通り、映画を見たら穴に引きずり込まれたじゃないか。ならその映画は見た人を引きずり込む映画だよ。君がこの映画の噂を完成させたんだ」


私が顔を手で覆っているのを横目に、彼は病院に響くかもしれないほどに笑っていた。


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