甘いディナー
4
「ところでさ、山田くん」
「なんですか?」
「ここって、何屋さんなのかな?」
目の前に座る美里さんは、聞くまでもないことを不思議そうに尋ねる。大阪城最寄りの街--京橋へと移動した俺たちは、気がつくと高級そうな装飾に囲まれる店内にいた。
「見ての通り、フレンチレストランですね」
「山田くん、フレンチレストランは基本予約しないと入れないと思うんだけど」
「そうですね」
「山田くん、さっきこのお店に入るとき ”2名で予約していました山田です”って言えたのはなんで?」
「なんででしょうね」
「いや、なんででしょうねじゃないよ山田くん。どうやったのかはわからないけど予約してくれてたんだね、ありがとう」
少しビックリしたような表情で答える目の前の綺麗系女性。彼女のぱっちりした目がいつもより少し大きく開いている。パチパチと瞬きしながら水を少し含む美里さん。その目線は珍しく動揺し揺れている。白く透き通るような彼女の頰が、心なしか赤く染まっているようにみえる。
決まった。渾身のナオトサプライズ。ついに強敵美里さんに一矢報いることができたぞ。
俺は今まで、美里さんから社交辞令レベルの反応しか引き出せていなかった。俺がどんなエスコートをしようとも、美里さんはこんなの慣れっこと言わんばかりに大人な対応だった。そんな中、初めて見る彼女の動揺したような反応。嬉しい。頑張って準備した甲斐があった。それにしても驚いた美里さんもかわいいな。やばい、ニヤニヤを隠しきれ、ナオト! こんなんで喜んでたら美里さんに相手にされなくなるぞ。表情を整えるんだ。
「マジックはタネを知らない方が楽しめますよ、美里さん」
薄く微笑み、さも日常かのように告げる男山田。我ながらこの面の厚さには惚れ惚れする。いっそ俳優になろうか。
「ふふ、そういうことにしておくね。ありがとう、山田くん」
騙されてあげるね、と嬉しそうに微笑み返してくる美里さん。そうきたか。基本スペックは彼女の方が上。いわば男を惑わす怪物だ。俺のように手を尽くす必要はない。ただ素直に微笑むだけで相手を落とせるのだ。強い。
この世の理不尽をひしひしと感じながら、目の前のスープをスプーンで取り口に運ぶ。口の中に複雑な味わいが広がる。はあ、美味しい。お店の雰囲気も相まって幸せの極みだ。こんな時間を共にすると、美里さんのことをますます好きになりそうだった。
正面に目をやると、美里さんも食事を楽しんでいる様子だった。いつもよりゆったりとした雰囲気だ。俺がぼーっと見ているのに気が付いたのか、美里さんは色っぽい目でこちらを見つめ返してきた。
「どうしたの?山田くん?」
試すように微笑む美里さん。こちらの恋心などお見通しなのかもしれない。
美里さんを落とすための策に一番ハマったのは自分だった。策に溺れるとはまさにこのことか。
その日、僕は駅のホームから飛び降りた。 翡翠詩織(かわせみ しおり) @syo-setsukaku4
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