第18話 忘れていた存在
「…………ふう。なんとかうまくいったか」
そうして横たわるケルベロスを見上げ、ミヤビは頬から
「ひでえ臭いだ……やっぱ、体臭を消すためとはいえ、馬の血を浴びるのはやりすぎたかな……」
血に
優れた索敵能力を備えるケルベロスを倒すためには、索敵能力の
その際、コートは脱いでおいた。ただ体臭を消すだけではケルベロスの意表を突くことは難しい。ケルベロスを誘い込む囮役が必要だった。
地面に広がる馬の血を下の土ごと
後は近くの茂みで息を潜め、臭いを頼りにやってきたケルベロスが丸太に食いついたと同時にルイワンダを使って上空へ駆ける。その結果が、現在のケルベロスの有様である。
「まあ、これしか方法は無かったし、しょうがねえ事なんだけどな」
上着を脱ぎ捨ててシャツ一枚になったミヤビは、さらにスパスから持参していた水筒を取り出し、中の水を頭から被った。服には血が染み込んでどうしようもないが、肌の血や泥を落とせば少しはマシになった……気がする。
「あぁ、やっぱり寒いな……でも、しかし、これで第二世代の想生獣の素材が手に入る。これは大戦果だ」
濡れた肌に夜風が当たってミヤビは身震いを起こすが、それよりもケルベロスを仕留めた達成感、素材を入手できる期待感による高揚が勝っていた。
ミヤビは水筒をスパスに直し、今度は大型のナイフをそこから取り出した。これは護身のために持ってきたものではなく、動物を解体するための用いるルーク級に支給されたハンティングナイフの一つだ。
それを握って徐にケルベロスへと歩いていくミヤビ。
「「「ガアアアアアア!!」」」
「なっ――」
だが、ケルベロスに近づいた瞬間、長い尾がうねり、ミヤビに向かって鞭のように横様に振るわれた。
ミヤビは辛うじて尾をルイワンダで受け止めることができたが、さすがに勢いまで殺すことはできなかった。ルイワンダごと全身を持っていかれ、木の幹に背中を叩きつけられる。
「「「グルルルル……」」」
そして、ズルズルと木の根元に崩れ落ちるミヤビを睨み付け、ケルベロスがのっそりと体を起こしていった。まだ脚に若干のふらつきは見られるものの、意識ははっきりしているらしい。やはり、いくら重力加速度をつけようとも、ミヤビの力では致命傷どころか意識を断つことすら無理だったようだ。
「…………ちっ。あーあ、うまくいったと思ったんだけどなぁ」
ズシン、と一歩いっぽを確かめるような足つきでゆっくりと距離を縮めてくるケルベロスを見据え、ミヤビは観念するように溜息を零す。
「ここまで、か。ああ……本当に残念だ。俺にもっと力があれば、こんな事にはならなかったはずなのに」
ブツブツと文句を垂れ流しながら、ルイワンダを浅く握るミヤビ。
「せっかく七体満足で終わらせられると思ったのによ」
そして、ルイワンダを強く引っ張った。
僅かな抵抗の後、ピンと張ったアマ糸が空中で弾け――
「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア?!?!」」
次の瞬間、森の闇を蹴散らす程の大爆発が発生し、中央の頭を内側から吹き飛ばした。
何事にも最悪を想定するミヤビ。自身が常に追い詰められる弱者であると自覚している彼は、どんな状況においても次なる一手を忘れない。
ミヤビが囮として用意した丸太の身代わり。その内部には、事前に衝撃を与えておいたキューブを一つ、忍ばせていた。もしもの事があった場合、それを起爆させるためだ。
高位種の想生獣の素材が手に入るかもしれない、滅多にない機会。できれば無傷のまま捉えたかったが、そう都合良く事態が展開するとはミヤビは
「頭の一つを潰すのは惜しいが、エサになるよりよっぽどマシ、だっ」
言葉尻と同時に、ミヤビはピンを抜いたスライマボムを数個、纏めて放り投げた。それらは地面に倒れたケルベロスの手足や体で炸裂し、漆黒の巨体を地面に固定させる。
そうしてもがき苦しむケルベロスを眺め、ミヤビは楽な姿勢で座り直した。
「これ以上、リスクを冒す必要は無い。くたばるまで待てばいいだけだ」
「グガアア! ガアアアアッッッ!」「ギャウギャウ!! ウウゥ~~~~ッ!」
「おーおー。そうだそうだ。そうやって元気に騒いでどんどん体力を消耗しろ。その方がこっちも手っ取り早くて済む」
やがて十分も経つと、ケルベロスの動きが急速に鈍くなっていく。中央の首から血液が大量に流れ出たことによる衰弱状態だ。
間も無く、二つの頭は地面に落ち、吠えることすらしなくなった。半開きの口からはだらしなく舌が垂れて、
「ようやく死んだか……」
恐る恐る歩み寄り、ある程度の距離からルイワンダを振る。伸びた先端がケルベロスの顔や背中を叩くが、ケルベロスは何の反応も示さない。
その様子を観察し、ケルベロスの死を確信したミヤビは、ハンティングナイフのケースを外しながら頭の方へと向かっていった。
そして、ミヤビはケルベロスの解体作業を始める。二つの頭や体を切り開き、必要な部位を採取しては、専用の保管器に入れてスパスに収納していった。
最初は獲物に対して小さすぎるナイフによる解体に悪戦苦闘していたが、貴重な部位を傷付けずに切除する作業に没頭していく内に、些細な不満や不都合は意識の外に弾かれていく。
そうしてミヤビは時間を忘れて作業に勤しんでいた。
「ど、どういうことだよ…………これ」
不意に、
背後から声が聞こえた。
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