第4話 名誉を捨てて恥を忍んで



 己の命をし、小指を失ってまでフィオライトとアンテレナの両名を守り抜いたルナサノミヤビ。

 

 本来ならば、人類にとって重要な存在である神祝者ソラリハの2人を助けた大勲功だいくんこうを讃えられ、大いなる名声と莫大な報酬を受け取るはずだった。

 しかし、その功績は、マルクの虚言きょげんにより、彼と取り巻き2人の手柄になってしまった。


 壁にこれ見よがしに掛けている叙勲額じょくんがくは、レンヤと共に元帥げんすいから授与された名誉軍人大勲章を収めるものであり、これを受章したことでマルクの聖伐軍における地位はより堅固に、より強力になったのである。

 

 この事について、ミヤビは特に不満を感じていない。そもそも、自身の活動が誰にもバレないように暗躍あんやくしていたのであって、栄誉などむしろ邪魔だ。見返りなんて端から求めてないのである。

 

 それに、マルクの発言権が強くなったことはミヤビの利にも繋がる。現に、戦後の不手際を波風起こさずに処理することができたのは、名誉軍人大勲章の威光によるところが大きい。そのおかげで、今もルーク級として工廠で働いていられるのだ。


 「それにしてもどーすっかなぁ」

 

 他者の偉業を奪っただけの仮初かりそめほまれ。それでも、ルーク級で初となる名誉軍人大勲章受賞者になったことを誇りに思えるのか、マルクは毎日のように叙勲額を眺めては、身に覚えのない英雄たんを事実のように語る。

 

 皮肉にも、その被害者はもっぱら、真実の英雄であるミヤビであった。だが、今日のマルクはそのまま語りに推移することなく、ぐでっ、と力無く項垂うなだれてしまう。

 

 「どーしたんだにゃん? マルク様」

 「あのねー、聞いてくれよミャオちゃん。アンナから要請があったろー? オグリの村に行くってヤツ」

 「うん。太陽の騎士団の初任務だよね? 反抗軍レジスタンスのヤツらから村を守って連中の拠点を潰しに行く、ってヤツ」

 

 反抗軍。

 長きに渡る王連合軍との戦い。王の1人も討伐できず、七つ目の世界の片隅で貧しく窮屈な生活を強いられている状態が続いていると、人類の中にフロンズ聖伐軍を統帥とうすいする大本営や上層部に不信感を抱く者たちが現れ始めた。

 その者たちは、クラスによる格差社会であえぐ人々や、犯罪者や孤児など居場所が無い者、さらにアマミラ教を否定する人たちなどを集めて、現行政府に対するデモ運動を開始。

 軍事政権であるが故、上層部は武力行使でこれを解決しようとし、このナイト級による制圧部隊とデモ隊との衝突が、のちに反抗軍レジスタンスの誕生するきっかけとなった。

 

 レジスタンスの目的は一つ。現政権を転覆させ、自分たちがその座に就くこと。彼らは域外に拠点を築き、中央司令基地を最終目標とする様々なテロ活動に精を出している。

 

 そして現在。レジスタンスによる襲撃事件が相次いで確認されていた。防衛戦が終わった辺りから彼らの動きは活発化し、域内に何度も侵入しては数々の村を襲っている、とはメディアの談。

 

 時期、さらに侵入経路と被害地がどれもバラバラであることから、恐らく王連合軍との戦いを経て、フロンズ聖伐軍がどの程度、疲弊ひへいしているか。組織として機能しているのか、などを調べるための威力偵察だと考えられているのだが……。


 (……分からないな。域内の問題は、その地域を担当する周衛基地が対処するのが定石のはずだ。なんで太陽の騎士団がしゃしゃり出る必要がある?)

 

 できればその疑念をマルクにただしてみたかったが、ミャオとのやり取りにきょうじている最中に水をさせば、確実に顰蹙ひんしゅくを買うことになるだろう。ここは緘黙かんもくを貫き、2人の会話から実情を推測するしかない。

 

 「ただでさえオグリって村は三か月くらい前に出来たばかりの新興村しんこうそんなのにさー、その上、何度もレジスタンスに襲撃されてメチャクチャな状態なわけよ。で、今後も襲撃を受ける恐れがあるからさー、やっぱ避難所とか救護場所とか必要じゃん? そんで、一緒に来てくれる人員を探してるんだけどさー、みんな首を縦に振ってくれないわけよ」

 「なんでだにゃん? はっ、まさかマルク様って人望ゼロ?」

 「バカ言え。オレをどこぞの亡霊と一緒にすんなっての。そーじゃなくて、太陽の騎士団はレンヤのための組織だろ? それに協力することはライゼンに楯突たてつくのと同じだって、みんな受けたがらないのよ」

 「あー、しかも寝取られたパートナーまで一緒にいるんだから、余計にねえ」

 「寝取られたって。まあ、オレはどちらとの親交があるからいいんだけど、他の連中はそーじゃないからなぁ。それに、ミャオちゃんの言う通り、自分を見捨てたアンナと、アンナを奪ったレンヤのいる太陽の騎士団の設立に、ライゼンは苛立ってたみたいだし。大本営に怒鳴り込みに行ったらしいぜ? すぐにあいつらの活動を止めさせろって」

 

 

 (……なるほど。任務のために必要な人材が集まらないから、マルクは頭を痛めてるわけか。しかし……裏切者の存在を確かめるまで、全ての騎士団は活動を停止させているはず。どうして太陽の騎士団だけは活動を認められてるんだ? ライゼンがわざわざ大本営に怒鳴り込みに行くまで……)

 

 

 「うへー。天下のライゼン様も落ちぶれたもんだねぇ。後輩の活躍を全力妨害って」

 「元からそんなヤツだよ、あいつは。まあでも、気持ちは分からんでもない。他の騎士団は活動休止状態の中、太陽の騎士団だけはそーじゃないからな。ウカウカしてたら烈火の騎士団よりも手柄を上げられるかもしれない、って焦ってんだろ」

 「ウチは正式に休みを認められた他の騎士団がうらやましーけどなー。だって、これからウチらずっと任務けだにゃん。他が動けないからって、軍令部に溜まってる任務を全て受け付けるってさぁ」

 「しょーがないじゃん。他の騎士団と違い、団員をほぼミャオちゃんと同期の88期生で固めた太陽の騎士団には裏切者がいる可能性は極めて低い、って判断されたんだから。まあ、数人が他の騎士団から太陽の騎士団に乗り換えたみたいだけど、そいつらは任務にほとんどついたことない無能共だから安全と見做されたみたいだし」

 「まーねぇ。それが分かってるから、このタイミングで騎士団の結成に踏み切ったわけだし。既存の騎士団が使い物にならない今、新たな騎士団を結成するチャンスだって。今ならライゼン寄りの上層部もそれを認めてくれるって……マルク様がね?」

 「そのとーり。今は確実にレンヤの時代だからな。だったら早いうちに騎士団を造っといた方が、オレも動きやすいし。でも、ミャオちゃんたちもうまく誘導してくれたんだろ?」

 「もちろんだにゃんっ。ウチと、キスカで。ね?」

 「ん? ああ。最初はみんな否定的だったけど、アンナ教官が来てくれたおかげでうまく説得することができました。あれも、マルクさんが?」

 「当ったり前だろ。レンヤに騎士団の話を持ち掛けろ、ってお前らに命じた後、オレはアンナに会ってたんだ。結成をより確実にするためにな。ま、そもそもアンナもその気があったようだから、オレはその後押しをしただけだけど」

 

 

 (……そういうことか。確かに、太陽の騎士団のメンバーはほぼ全て、フィオやレンヤと同期の連中だ。過去の侵略戦の頃から、長期に渡って連合軍側に情報を流し続けていたことを考えると、半年前に入ってきた訓練生の中に裏切者がいるとは考え辛い。上層部の情報を確実に手に入れられる立場でもないしな。だから太陽の騎士団は活動を認められている……それは分かったが、まさかその結成の裏でマルクが一枚、噛んでいるとは思わなかった)

 


 「悪い人だにゃー。ライゼンって、マルク様の親友でしょ?」

 「バカ言え。ただ利用していただけだ。だぁれが得も無いのにあんな性格ゴミと付き合うか、っての。しかし……レンヤの時代とは言え、軍はまだライゼンの影響が強い。どーやって人を集めるモンかなー」

 「もうさ、そんなに悩むんなら突っねちゃえばいいじゃん。そもそも、村のトラブルって周衛基地が解決するものだにゃ?」

 「そーいうわけにもいかねーんだよ。オグリの地域を担当しているのは東部周衛基地。でも、あそこは今、三か月前の戦いで壊滅寸前まで追い詰められた。多くの死傷者を出して、他の事に人員を割いている場合じゃないんだよ」

 「にゃるほどねぃ。だからこっちにおはちが回ってきた、と」

 「それに、アンナの依頼には出来るだけ応えていきたい。太陽の騎士団と良好な関係を築けていれば、いざという時、鞍替くらがえしやすいからな。ま、今はまだ時期尚早だから、しばらくは様子見だけど」

 「にゃはは。本当に悪い人。まあでも、そういうことならなんとかして集めないとね」

 「こうなったら多少、技術面で不安があるが、まだどの色にも染まってない新卒しんそつ共を使うしかねーか。一応、チャヤを待機させてるし。あいつから他の新卒共に働きかけてもらう。キスカ、お前も協力しろよ。お前があの役立たずを連れてきたんだからな」

 「ういーっす。チャヤは良いヤツっすよ? 大人しくて物分かりが良くて。オレの口利きのおかげでこの工廠に配属されることになったんだから、オレの言うことには逆らえません。ま、いかんせん、能力が低いから亡霊のように雑用しか任せられませんけど」

 「ははっ。そんなヤツが亡霊の呼び出し役になったのか? お前も良いパートナーを見つけられたじゃねーか! なあ、亡霊!」

 

 マルクはゲラゲラと笑いながらミヤビに呼びかける。それに合わせ、キスカやミャオなど他の連中も爆笑を奏で始めた。


 (なるほど。チャヤを外で待機させていたのはそのためか。しかし、これはチャンスだ!)

 

 たった1人を集団が嘲笑あざわらう、ひたすらに不愉快な不協和音。しかし、考察にふける今、そんなことに構っている暇は無かった。

 期せずして手に入れたこの機会。確実にものにするため、ミヤビは顔を上げてマルクを見据える。


 「あの! すみません! その任務、俺を連れていってもらえないでしょうか!」

 「はあ?」

 

 そして、ミヤビが放った突然の申し出に、マルクは露骨に表情を険しくした。

 

 「なに言ってんのお前? 任務? なんでお前なんかを」

 「ほら、マルクさん。フィオちゃんっすよ。太陽の騎士団だから、フィオちゃんも行くと思ってるんです、こいつ」

 「あー。任務とか言って、本当はフィオが目当てなんだー。うえぇー、マジでストーカーじゃん。死ねよ」

 

 キスカとミャオが横から口を出してくる。余計な事を言うな、と吠えたかったが、彼らに反応しては思うつぼだ。えて無視し、ミヤビは一途にマルクだけを瞳に映し続ける。


 願わくば、この真剣な眼差しを真摯しんしに受け止めてほしかったが、それは叶わなかった。キスカに頷き、マルクはソファのひじ掛けでふてぶてしく頬杖ほおづえをする。

 

 「……なるほどな。この馬鹿、この期に及んでまだあの女を狙ってんのか。いい加減に諦めろ。誰がテメーなんか連れていくか」

 「お願いします! レンヤ様にもフィオライト様にも近づきません! 他の皆さんの邪魔もしません! 雑用でもなんでもやります! どんな仕事でも文句は言いません! だから、お願いします!」

 「ダメだって言ってんだろ。ほら、とっとと出ていけ! 目障りなんだよ!」

 「お願いします! お願いします!! 他の人の10倍は働きます! 人が足りないなら、その分、俺が働きます! 目障りなら寝る場所は外でも構いません! 邪魔だと感じたらすぐに帰ります! もし約束を破ったら、その場で俺を殺してくれても構いません!! だから……っ!」

 「………………」

 「……なんだよこいつ。どんだけ必死だよ」

 「……殺してくれとか、引くわー。死ぬなら勝手に死ねって……」

 

 マルクの前で無様にひざまずき、床に額をこすり付けて、懸命に叫ぶ。

 

 そのミヤビの迫力に圧倒されたのか、キスカとミャオのいつもの軽口に力は無い。そして、マルクはそんなミヤビをジッと見下ろし、やがて、一つの溜息を落とした。

 

 「…………いいぜ。そこまで言うなら連れて行ってやる」

 「マルクさん!」「マルク様っ」

 「あっ、ありがとうございます!」


 抗議する2人を無視して、マルクはこうべを上げるミヤビに顔を近づける。

 

 「本当に誰よりも働くんだな? どんな仕事でも文句を言わねえんだな?」

 「はい」

 「レンヤやフィオライトにも近づかないな?」

 「近づきません。絶対に、マルク工廠長の邪魔はしません」

 「……そうか。ならOKだ。出発は二日後。外泊準備をして待ってろ」

 「分かりました。ありがとうございます!」


 最後にもう一度、床まで頭を下げた後、ミヤビはそそくさと部屋を後にした。





 

 「いーんスか? マルクさん。あんなヤツ連れて行くって……何を仕出かすか分かりませんよ」

 

 閉じられたドアから目を背け、キスカはマルクに言う。

 

 「分かってるよ、ンなこと。でも、人手が足りてねえのは確かだし、この際、亡霊でも構わねえ。あいつ、それなりに仕事はできるしな」

 「だけど……」

 「わーってるよ。オレもあいつを信用してるわけじゃねえし、野放しにしておくつもりもねえ。おい、外にいるチャヤを呼んでこい」

 

 「ういっす」と返事をし、キスカはソファから離れた。そしてドアを開け、忠実に待機していたチャヤをマルクの目の前に連れていく。


 「チャヤ=クリラスタ参上しました! どんなご用件でしょうか、マルク工廠長」

 「ああ、うん。キミに頼みたい用事ってのはね、ミヤビのことなんだ」

 「ミヤビ? 先ほど、この部屋を出ていったルナサノミヤビのことでしょうか?」

 「そう。チャヤ、キミに指令を与える。これより二日後の任務にオレたちと一緒に同行し、その間、ミヤビのことを監視してくれないか?」

 「監視……ですか?」


 眉根まゆねを寄せるチャヤに、マルクは固く頷いてみせる。

 

 「今度の任務にミヤビを連れていくことになったんだが……その任務には太陽の騎士団からの要請なんだ。ミヤビの事を信用してないわけじゃないんだが……いかんせん、前科がある。それについて、キミは知っているかい?」

 「はい。大体の事は先輩から。なんでも訓練中、ルナサノミヤビが第六世界ゴルドランテの勇者候補とソラリハに危害を加えようとした……とか」

 「まあ、そんなトコだ。もう反省しているとは思ってるが……何かあった後からでは遅い。だから、彼と常に行動を共にし、レンヤくんとフィオライトさんに近づかないよう見張っててもらえないかい?」

 「そういうことですか……分かりました。ルナサノミヤビを監視し、そのお二方に近づかないようにすればいいんですね?」

 「そうだ。引き受けてもらえるかな?」

 「もちろんです! 工廠長直々の指名! 全身全霊を以て応えさせていただきます!」


 両足の踵を合わせ、ビシ、と敬礼をするチャヤ。

 

 「そうか。ありがとう、チャヤ。キミには期待しているよ」

 「は、はい!」

 

 見るからに緊張しているチャヤに思わせぶりな言葉を寄せれば、彼は面白いように喜びを露にする。レンヤと並ぶ防衛戦の英雄に声を掛けられたことを光栄に感じているのだろう。悲しいかな、マルクの言葉は文飾ぶんしょくに過ぎず、本心は毛ほどもチャヤに興味など抱いていないのだが。

 

 そんなマルクの裏の顔を知らないチャヤは、憧れの存在から下された命令に使命感を燃やすばかりで、口を押さえて笑いをこらえている背後のキスカの存在に気付くはずもなかった。







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