第5話 愛すべき馬鹿



 それから二日後。ミヤビを乗せた軍用車両は滞りなく東北東とうほくとうの果てに位置するオグリに辿り着いた。


 「お待ちしていました。中央司令基地のルーク級のみなさん」

 

 トラックは村の傍の草原に停車し、キャビンからは次々とルーク級の作業員たちが下りていく。そうして各々が荷物の確認作業に入る最中、集団の前に現れたのは、両腕を胴体、そして頭を守る独特のよろいで武装した1人の男だった。

 

 「私は東部周衛基地所属のナイト級、ウーリゲン=フォルトス。このオグリでの防衛任務を命じられた部隊の隊長であります」

 「どうも、ウーリゲン隊長。お出迎え、感謝します」

 「よろしく。そして、こちらがこの村の村長、サンドロス氏です」

 

 マルクと握手を交わしたウーリゲンは、次に後ろに控えている初老の男を手で示した。

 

 紹介されたサンドロス村長はウーリゲンの隣に並び、深々と頭を下げる。

 

 「お待ちしておりました、ルーク級の皆様。私はオグリの村長のサンドロスと申します。よくぞこの最果ての地まで来てくださいました。真にありがとうございます」

 「初めまして、サンドロス村長。わたしは工廠長のマルク=サンクリングです。太陽の騎士団の要請により、緊急時の避難所と救護施設の付設工事および復興事業の加勢業務に参りました。これから数日間、よろしくお願いします」


 サンドロスとも固く握手を結び、マルクは好青年の笑顔を輝かせた。

 

 「はい。どうかよろしくお願いします。では、エイラ。皆様をご案内なさい」

 「分かりました」


 最後に、サンドロスの後ろにいた若い女性が一歩、前に踏み出し、ルーク級の作業員たちに一礼する。

 

 「サンドロス村長の秘書を務めております、エイラと申します。それではまず、この村をご案内しますので私についてきてください」

 

 そう言って、エイラは村の入り口を手で示す。


 「分かりました。さあ皆! 自分の荷物を持ち、エイラさんに続いて前進だ! くれぐれも勝手な行動はつつしむように!」

 

 作業員たちに呼びかけて、マルクは歩き出すエイラの後を追いかける。さらにニ列縦隊じゅうたいで並ぶ作業員が続き、ミヤビと、彼を監視する使命を与えられたチャヤが、少し間隔かんかくを開けた状態で最後尾についた。


 

 

 村に到着したルーク級が最初に取り掛かる作業。それは、自分たちの宿泊施設を造ることだった。

 

 オグリは三か月前に出来たばかりの新興村しんこうそん。まだ大勢の余所者よそものを受け入れられるほど発展しておらず、それどころかレジスタンスによる相次あいつぐ襲撃のせいで農場や畜舎ちくしゃなどに多大な被害を受けている状態である。自分たちの生活を営むことだけで精一杯で、とても他の事に手を回す余裕など無かった。

 

 そのため、まずは作業員用の宿舎を建設。村人用の避難所と救護施設の工事はそれからになる。

 順調に進捗しんちょくすれば、太陽の騎士団がやってくる三日後には、大体の作業が完了するだろう。太陽の騎士団が到着した後は、村の復興事業にたずさわることになる。村の規模は小さいので、資材と機材があれば五日も掛からないはずだ。

 

 いざという時のため、避難所と救護施設は村の中央に位置する公民館の傍に建てられることになった。公民館の隣には運動場のような広い空き地があるし、太陽の騎士団の宿泊施設になる予定なので、村人の保護の観点からも都合が良い。

 

 作業員用の宿舎もその近くがいいだろう。

 そういった考えの下、さっそく公民館裏地での作業員用宿舎建設工事が始まった。

 

 この建設工事に際し、作業員たちが用意したのが『プレイグル』というアルニマだ。見た目は二つに折り畳んだ大きな厚紙。しかし、それを開くと、中から飛び出す絵本のように家屋が出現する。

 そのまま下面(厚紙)の方を下にして地面に置き、一分もすると地面に定着して、それは完全な建物になる。素材は紙なので強度面は大したことないが、雨風に耐性を持ち、温度調節も可能なインスタントの居住地だ。さらに、小さな火種で丸ごと焼き尽くすことができるので、後処理にも困らない便利なアルニマである。

 

 基本的に、他世界に出陣した時、拠点を築くために用いられるものだ。まだ建物が少なく、空き地が多いオグリにはうってつけだろう。

 ただし、さすがに水道管や下水道などのインフラは設置できないので、水道やトイレを使用するにはちょっとした拡張工事が必要になる。

 

 こうした事情を踏まえ、作業日程は以下のように決められた。

 

 一日目はプレイグルを設置するための地面の舗装ほそう工事と宿舎建設。

 二日目は避難所と救護施設予定地の舗装工事と両施設の建設。

 

 そして、太陽の騎士団がやってくる三日目。防衛任務や襲撃隊の準備に素早く取り掛かれるよう、避難所と救護施設のインフラ工事および内装整備を午前中までに終わらせる。その後は復興事業の計画を練るために宿舎で会議となる。

 ただ、太陽の騎士団に所属しているキスカだけは公民館前に待機し、レンヤたちの出迎え役と連絡係を務めるために、一時的にルーク級の業務から離脱することになった。

 

 オグリ到着後の現場下見と会議を経て、これら段取りを組んだ後、作業員たちは早々に作業に取り掛かる。

 

 だが、その中で1人、作業の輪から外れて村の外へ向かう人物がいた。言わずもがな、ミヤビだ。

 

 マルクは、レンヤとフィオライトにミヤビの存在が露見ろけんしてしまう可能性を徹底的に排除したいようだ。太陽の騎士団の待機場所である公民館の近くで作業をすることを許さず、郊外での業務を命じて彼を村から送り出した。

 

 その業務とは、感知用アルニマの設置作業である。

 

 不可視光線を照射しょうしゃする鉄製のくい。それを22本、オグリを囲むように配置する。杭同士は見えない光線で大きなリングを形成し、誰かがその内側に侵入すると専用の警報器が鳴るシステムである。これを構築するよう、マルクはミヤビに申し付けたのだ。

 

 事前の約束がある以上、マルクに従うしかないミヤビはアルニマ一式を受け取ると、監視役のチャヤを連れて郊外へと出ていった。

 

 太陽も落ちかけて、長い影が連れ添う黄金の草原の中を歩き回り、設置ポイントを発見すると穴を掘り、さらに大型のハンマーを振るって杭を打ち込む。

 

 一本、打ち込むことさえかなりの重労働。それが22回である。労力と範囲を考えれば数十人規模で行うはずの作業をたった1人でやらされているのは、自分の存在をできるだけ村人たちに晒したくないからなのか。それとも、ただの嫌がらせなのか。

 

 何時間もハンマーを振り続けた全身は、そろそろ限界を迎えつつあった。手に出来た血豆はとっくに潰れ、足は休息を訴えるようにガクガク震えている。腰や背中は鈍い痛みを帯び始め、下半身はもはや感覚が乏しい。

 そんな体では動くことすらままならず、なんとかハンマーを構えるも、振り落とした勢いに引っ張られてバランスを崩してしまった。幸か不幸か、杭を外して地面に突き刺さったハンマーがつっかえ棒となり、なんとか転ばずに済んだのだが。

 

 「おーい、何やってんだよ。チンタラしてんなって。まだ五本も残ってんだ。早くしねえと日が暮れちゃうだろうが」

 

 そんなミヤビの失態を見て、地面に半分埋まった岩の上に腰掛けるチャヤは、いたわりの言葉を掛けるどころか、苛立ちに上擦うわずる声を飛ばしてくる。

 

 「はぁ、はぁ…………だったら、お前も少しは手伝ったらどうだ? そうすればもっと早く終わらせられるぞ」

 「はんっ。その仕事はお前に与えられたもんだ。おれはカンケーねーし」

 

 咄嗟とっさに言い返すと、チャヤは分かりやすく顔をらした。文句は垂れるが、それを解消するための努力は嫌がる。無気力な若者にありがちな行動だ。

 

 「そうかよ」とミヤビは溜息混じりに言い、再びハンマーをよろよろと持ち上げる。手助けを求めたが、初めから彼の誠意など期待していない。無駄口を叩かなくなっただけでもおんの字である。

 

 「……それにしても、こんな装置、意味あんのかねー」

 

 だが、手持無沙汰てもちぶさたなのか、ハンマーを振り落としてすぐにチャヤはまた言葉を転がした。

 

 「どうせ太陽の騎士団が守ってくれるんだし。わざわざこんな小さな村、感知装置なんて必要ないと思うけどなー」

 「…………まあ、そうだろうな」

 

 無視しようとも思ったが、しかし、その疑問をもっともだ。全身に圧し掛かるこの疲労感を少しでも紛らわせるためにも、ミヤビはこの際、少し考えてみることにした。

 

 「仮に必要性があったとしても、このアルニマが効果的に働くとは思えない」

 「あ? どういうことだよ」

 「レジスタンスの連中を相手にするには機能不足だってことだ。これが発している光線も、特殊な視覚能力を持つ者には見えてしまうこともあるし、そもそも空を飛んでいる者は対象外だ。アルニマなり能力なりで対処されてしまう可能性もあるしな」

 「なんだよそれ。全くの無意味、ってことか?」

 「さすがに無意味とは言わんが……まあ、基本的に一般人を相手に。もしくは森や障害物が多くてせまい場所に使うものだな。こんなだだっぴろい草原で使うモンじゃない」

 「はあ? だったらなんで工廠長はこれを設置するように言ってきたんだよ」

 「それは……」

 

 まずい。考えれば考えるほど、単なる嫌がらせとしか思えなくなってくる。

 だが、それを正直に言えば、チャヤは再びミヤビに対して不満を爆発させてしまうだろう。

 

 「…………念には念を入れて、ってことじゃないか?」

 「……そうか。まあ、マルク工廠長にはきっと、おれたち常人には決して分からない深い考えをお持ちなんだろう。なんたって、アンテレナ様とフィオライト様の命を救った英雄なんだからな」

 「ああ……そうだな。その英雄から直々に下された指令だ。そう考えるとこの作業も、ものすごい重大なことなのかもしれない。それに携われるなんて、とても名誉なことなんじゃないか?」

 「む。それは確かに……」

 「なるほど。だとしたら、この重労働も報われるってもんだ。後々のちのち、これのおかげでレジスタンスを追い払うことができたら、工廠長はもちろん、全ての作業を1人でやってのけた俺の株も上がることになるはずだ。よーし、がんばるぞー」

 「むむむむ…………」

 

 明らかな棒読み。

 けれど、チャヤは腕を組み、体を傾けてうなり始めた。そうして散々なやんだ挙句、岩から降りてミヤビに話しかける。

 

 「おい、亡霊。ちょっと……アレだ。て、手伝ってやろうか?」

 「は? いや、別にいいよ。だってこれは俺に与えられた業務だからな」

 「うぐ……い、いやでも、朝からずっと働きっぱなしだろ? 少しは休んだ方がいいぜ? ぶっちゃけ、もうシンドイだろ?」

 「まあ……それは、確かにな」

 「だろ? ほら、だから貸せって! 後はおれがやるからさ! お前はそっちで休んでろよ」

 「そうか。悪いな」

 

 ミヤビを追い払い、溌溂はつらつとした動きでハンマーを振るい始めるチャヤ。その背中を眺めつつ、ミヤビは疲れた体を岩の上に落ち着ける。

 

 (チョロいなー、こいつ)

 

 小さな企みのためにろうした言葉。けれど、我ながらあまりにあからさま過ぎて、全く期待などしていなかった。


 まさかこうもすんなり引っかかってくれるなんて。

 

 (周りに感化して俺を嫌ったり、こうして人の言うことを疑わずに聞き入れてしまったり……素直というか、ずいぶんとバカピュアなヤツもいたもんだ)

 

 だが、この彼もいずれ、中央司令基地に渦巻く私利と保身、薄弱な人間関係に薄汚れていくのだろう。

 

 そんな石ころのような絶望を放り捨て、今はただ、数少ない純粋さを光らせるこの愛すべき馬鹿に心から感謝し、ミヤビは水筒を仰いで乾いた喉を潤した。

 

 

 

 



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