第2話 太陽の騎士団



 フロントーラ防衛戦から早くも三か月が経過していた。

 

 大本営発表により、人類の歴史的な勝利と銘打たれたあの戦争。それに大きく貢献した特別編成隊、中でも憾握かんあくの王と直接対決し、これを退けたレンヤは英雄と称され、フロントーラの人々から広く賞賛されることになった。

 

 しかし、現地を体験した者ならば知っている、東部周衛基地での惨劇。実際、多くの死傷者を出したのだが、勝利の気運を損ないたくない上層部の意向を汲んだメディアはレンヤたちの活躍ばかりを取り上げ、東部周衛基地の現状はほとんど記事にしなかった。

 

 そのような犠牲を払って維持した、人類にとって久しい歓喜の雰囲気。その流れが作り出した結果なのか、フロンズ聖伐軍内部において、大きく変動した三つの要素がある。

 

 その一つが、ナイト級のトップである第二世界サカムツキの勇者候補、ライゼン=リージャマタと、同世界の神祝者ソラリハであるアンテレナ=カーマインとのパートナー関係解消である。

 要するに、勇者候補とソラリハが結んでいた縁結の儀エーロスを、当人たちの意思で断ち切ったのだ。

 

 それに関連し、フリーとなったアンテレナが次に選んだ勇者候補がレンヤである、というのが二つ目の要素。

 

 そして、三つ目が、レンヤを中心とした『太陽の騎士団』の設立である。

 

 防衛戦の後、訓練生はカリキュラムの締め括りとなる三か月の従軍訓練を乗り越え、ついに正式な軍人として迎え入れられた。

 その、軍学校卒業式の日である。滞りなく全ての行事が完了し、最後に開かれた報道陣による記者会見。訓練生の代表として選ばれたレンヤと、教官であるアンテレナ。加えて、上層部の人間たちで開かれた聖伐軍の所信演説の場は、レンヤたちがゲリラ的に行った太陽の騎士団設立宣言により騒然となった。

 

 これに何の思惑があったのか、ミヤビは分からなかった。既得権益を守るために新たな騎士団の設立に否定的である上層部の妨害が入る前に既成事実化したかったのか。もしくは、記者会見を太陽の騎士団を広報する絶好の機会と踏んだのか。

 

 いずれにせよ、この宣言により太陽の騎士団の存在は民衆に広く知れ渡ることになり、上層部の連中も彼らの活動を認めることになった。

 

 これら三つの変革は、レンヤにサティルフになってほしいレンヤにとって非常に喜ばしいニュースだった。レンヤが防衛戦で活躍したこと。アンテレナがライゼンからレンヤに鞍替えしたこと。レンヤを支持する騎士団が設立されたこと。全てが自分の都合通りに回っている。

 

 (願わくばこのまま……俺がいなくても、騎士団のヤツらがあいつを上手くサポートしていってくれるとありがたいのだが……)

 

 いつも通り、ゴミに埋もれる自分の作業部屋の掃除をしながら、ミヤビはそんな切実な想いを過らせる。

 

 しかし、まだまだ楽観することはできない。レンヤ=ナナツキという男の危険性を正確に認知している人間が騎士団の中にいるとは考え辛いからだ。むしろ、英雄と持てはやされた結果、あの男の暴走に拍車がかかるのではないか、とさえ危惧きぐしている。

 

 (何分なにぶん、これまで大きなミスは一度も無かったからな……あくまで、表面上は。頼むぞレンヤ。今さら全てを台無しにするような真似だけはやめてくれよ……)


 結局、事が上手く繋がるように祈ることしかできない。

 

 ゴミを詰め込んだ袋の口を堅く結び、はぁ、と溜息をついた時だった。

 

 「おい、亡霊」

 

 部屋のドアがノックされ、扉の向こうから声がやってくる。

 

 「マルク工廠長がお呼びだ」

 「……ああ。すぐに行く」

 

 ゴミ袋を壁際に集め、ミヤビはその足でドアに向かった。

 

 ドアを開けると、若い男が目の前に立っていた。最近、この工廠に配属された新卒作業員で、名をチャヤ=クリラスタという。

 工廠、というよりも中央司令基地の爪弾つまはじき者であるミヤビに、自ら関係を持とうという奇特きとくな人間はいない。そのため、彼の呼び出し係はその年の新人の中から選ばれる……押し付けられることになる。今年は彼ということだ。

 

 チャヤは嫌悪感をたっぷり含んだ目付きでミヤビを睨み付けている。あからさまな拒絶反応。しかし、これはまだ初々しい対応だ。その内、相手をするのも馬鹿らしくなり、用件だけを一方的に告げて立ち去るようになる。自らちょっかいを出そうとするのは、技能実習生として工廠で働いていたキスカのような日の浅い若者か、さもなくばマルクのような性根が腐りきっている連中くらいだ。

 

 「行くぞ」

 

 このように、律儀にミヤビを工廠長室へと案内するチャヤは、周囲にならって形だけの嫌悪を取りつくろっているなんちゃってアンチに過ぎないのである。

 

 

 

 「失礼します。ルナサノミヤビを連れてきました」

 

 工廠長室に辿り着いたチャヤは、ドアをノックしながら室内に呼びかける。ドアの向こうから返事が届き、数秒後、開かれたドアからマルクが顔を覗かせた。

 

 「やあ、待ってたよミヤビ。チャヤも、ご苦労様。ありがとうな」

 「いえ。当然の事をしたまでです」

 

 誇らしげに胸を張るチャヤ。皆の憧れの的である工廠長に声を掛けられたことがさぞかし嬉しいのだろう。感謝の言葉とは裏腹に、下々の存在など毛ほども気に掛けていない彼の本性など、露とも知らずに。

 

 「じゃあ、ミヤビ。部屋の中へ。ああ、チャヤは悪いが、少し部屋の前で待機していてくれるかい? キミに頼みたい用事があるんだ」

 「はい、分かりました」

 

 素直に首肯するチャヤに笑いかけ、マルクはドアを閉めていく。その柔和な顔付きが憎たらしい渋面に変わったのは、ドアが部屋と廊下を完全にへだてた瞬間だった。

 

 「おっせーんだよボケ」

 「申し訳ありません」

 

 文句を放つマルクに対し、ミヤビはすぐさま謝罪で応える。裏の彼が発する開口一番の悪態は、もはや挨拶も同様だった。そこに正当な動機や理由などはなく、強いて言えば「なんとなく」が最も近い感情だろう。

 

 「それで……工廠長。俺に何の御用でしょうか?」

 

 ソファへと向かっていくマルクの背中にミヤビは問いかける。

 現在、マルクから承っている業務に急ぎのものは無い。というより、そもそも業務自体が少ない。なぜなら、現在、中央司令基地全体が停滞状況にあるからだ。

 

 その理由は、先の防衛戦にある。

 予言者、キスカ=オーバードの予言に従い、周到に進められていた迎撃態勢。ところが、蓋を開けてみると、こちらの作戦や行動は全て裏目に出て、結果、東部周衛基地は壊滅的なダメージを受けた。

 

 この不始末を見て、ミヤビは、王連合軍はフロンズ聖伐軍の内情を諜報ちょうほうできる手段がある、と考えたが、上層部もどうやら同じ発想に至ったようである。

 

 すなわち、我が軍に裏切者がいるのではないか、と。

 

 密かに連合軍と内通し、こちらの情報を流している者が中央司令基地にいるのではないか。

 大本営が指揮する大作戦が向こうに筒抜けであった以上、裏切者がいる場合、その者は軍の上層部、少なくとも中央司令基地に隠れている――そのような理屈に至るのは至極、真っ当である。


 そのため、裏切者がいるのか、否か。いる場合、それは誰なのか。

 

 この問題が解決するまで、全ての騎士団は、継続任務以外は活動禁止。部隊が出られない以上、任務に必要なアルニマの製作・準備もなければ、不足素材の調達依頼も頼めない。

 

 だから、工廠も今、仕事はほとんど無い状態なのだ。

 

 で、あるからこそ、マルクがわざわざ自分を呼び出した理由が見えない。本来なら、マルクですらミヤビとはあまり関係を持ちたくないはずなのに。

 

 「ああ。そーだこれ」

 

 ミヤビが訊ねると、マルクは思い出したかのようにポケットから四つ折りの紙を取り出し、それを差し出してきた。

 

 「オレぁ明日からしばらくここにいなくなるからよ。今のうちに次の仕事を渡しておく。まあ、任務がねーから大したヤツはないんだけどな」

 「はぁ……どこかに旅行にでも行くんですか?」

 

 時期が時期だし、休暇を取るなら今しかないだろう。

 そんな軽い気持ちで送った質問に、マルクが不機嫌な顔をする。

 

 「バーカ。ンなわけねーだろ」


 吐き捨てながら振り返り、ソファの手摺りに尻を落ち着けて、マルクは言った。

 

 「太陽の騎士団からの要請があったんだよ。そんで、東の果てにある『オグリ』って村に行くことになったんだ」


 

 

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る