第四章 月光の男

第1話 失ったものと得たもの



 「せいっ! はっ! でやあ!」

 

 森の中に雄々しい男の声が木霊する。


 中央司令基地の寮舎群の周りに広がる森林地帯。それは、学生寮や一般兵舎など、それぞれの寄宿舎を区別するために設けられた人工の雑木林だった。

 

 声がするのは、森林地帯の端。旧寮舎付近の一帯である。基地の最西端に位置する関係上、ほとんど人が寄らず、それ故、何か隠し事を行うのにこれ以上のポイントは無い。

 

 その男がこの場所を選んだのもひとえに、連日おこなわれる秘密の特訓を誰にも見られたくないからだ。

 

 ルナサノミヤビ。

 幼馴染の少女を守るため、自ら孤独と不遇の人生に身を投じた非力な男。

 

 「ふー……ふー……」

 

 額から流れる汗を拭うことなく、僅かに乱れた呼吸を整えながら前に構えるミヤビ。その両手で握るのはルイワンダ。爆発系アルニマ『キューブ』を36個連結させて一本のじょうにした、彼のオリジナルの武器である。

 

 「せあっ!」

 

 はらりと上から降り注ぐもの。木の枝から零れ落ちた木の葉だ。それが目の前をかすめた瞬間、ミヤビは一歩を刻むと同時にルイワンダを横振りする。静から動へ。その流れるような動きの果てに繰り出された一撃は、空中を蛇行する葉を確実に打ち砕いた。

 

 「せぃや!」

 

 しかし、攻撃は終わらない。木の笠から零れる葉はその一枚だけではないからだ。それらを全て視界に収めたミヤビは、横振りの動作を継続しながらルイワンダにマギナを注ぐ。結果、横振りの遠心力を得て急激に伸長するルイワンダの先端が、螺旋を描いて中途の葉を全て食い尽くした。

 

 そして、ラストの一枚。それは風に乗って遠く運ばれていく。どんどん、ルイワンダの攻撃範囲外へと。

 

 「しっ!」

 

 対して、ミヤビは素早くルイワンダを収縮させる。最大まで伸びた糸が元に戻る際の反動を勢いに乗せて一回転。その運動量を乗せてルイワンダを投擲とうてきした。

 真っ直ぐ放たれたルイワンダは複雑な軌道を走る木の葉を的確に捉え、そのままズドン、と木の幹に突き刺さった。

 

 「…………ふしゅー……」

 

 全てを撃墜し、肺の中の空気を全て吐き出したミヤビは、大きく空気を吸いながら左腕を後ろに振るう。すると、木に突き刺さったルイワンダが独りでに動き出し、ミヤビを目がけて飛んでいった。

 

 それを難なく左手でキャッチして、ミヤビは一つ、笑みを噛んだ。

 

 「よし……新しいルイワンダの使い方はもうほぼ完璧だな」

 

 

 

 愛しき幼馴染の夢を叶えるため、勇者候補の1人、レンヤ=ナナツキを陰ながらサポートしていくと決意したミヤビ。

 しかし、それは、何の力も権利も無い男には、あまりに分不相応な夢だった。そして、その道を歩いていく代償は、この出来損ないの体とろくでもない未来で支払っていくしかないと、ミヤビは覚悟していた。

 

 大いなる目的に向かって突き進む以上、この身は常に危機に晒される。必ず、大きなしっぺ返しが来る。

 

 だから、左手の小指を失った時も、ミヤビは決して絶望などしなかった。そもそも死すら覚悟した状況である。むしろ、小指一本の犠牲で生還できたことを喜ぶべきだった。

 

 そして、「小指一本の犠牲」という事実は、ミヤビにさらなる強化をもたらすきっかけとなる。

 

 それが現在、ミヤビの左手に付けられている小指の義指だ。注目されないよう、小指の外観をした指サックをめたそれは、単なる欠損部位の代替品ではない。

 

 ミヤビは、分不相応な夢を抱いた当初から、いつの日か五体満足ではいられなくなる、と想定していた。その時、彼が考えたのは、「どうやってその現実を回避するか」ではなく、「」だった。元より、死ぬ覚悟をしていた男は、己に降り掛かるであろう災難ですら自らのかてにすることに何ら疑問を抱くことはなかった。

 

 常人には考えもつかない思考の変遷へんせん

 しかし確かに、そのおかげでミヤビは新たなる力を得るに至った。


 この小指は、ルイワンダの内部を通る『アマ糸』と、ミヤビの『マギナ経路けいろ』をリンクさせる媒体である。マギナ経路とは全ての人間の全身に張り巡らされた特殊な導管どうかんで、通常、人はこの器官を用いてマギナを体の各部分に送り届け、能力を発動させる。この導管に、ルイワンダが間接的に繋がるようになったのだ。

 

 その結果、人間とアルニマの間で発生するマギナのロスはほぼ無くなった。それだけでなく、操作性も格段に向上。なにより大きいのは、直接、触れてなくても操れるようになったことだ。


 先ほど、木の幹に突き刺さったルイワンダを引き寄せたように、離れた場所であってもある程度の操作ができる。これは、キューブやルイワンダなど、基本的に相手との距離を保ちつつ戦況を組み立てる自分の戦闘スタイルと非常に合致した要素である、とミヤビは確信していた。

 

 「まだ多少の違和感や幻肢痛げんしつうはあるが……その内、慣れてくるだろう。それもこれも全て、あの馬鹿野郎に仕事を押し付けられてきたおかげか……」

 

 「馬鹿野郎」とはすなわち、工廠の長であるマルクのことである。ミヤビが作製した義肢の全てはそもそも、第二世界サカムツキで培われた技術なのだ。

 

 サカムツキでは、人間の肉体の一部をアルニマの素材として用いる技術がある。そうすることでより性能が高いアルニマを製造できるようになり、中には自身の四肢を素材に使う猛者もさもいた。ライゼンが義手を用いているのも同様の理由である。

 そうなれば当然、アルニマと本人の神経を繋ぐ技術が確立、熟成されていくのは必然であり、今回、ミヤビが応用したのもそれら先人の知恵だ。


 「使用者の神経とアルニマをリンクさせる技術。だが、さすがに経路とアルニマを繋ぐ事例は無かった。なんとか見様見真似でやってみたが……上手くいってよかった。おそらく、経路と同質の特性を持つアマ糸だから、うまくリンクさせることができたんだろう。これは興味深い成果だ」


 マルクから押し付けられたライゼンの義手の点検や整備を続けていく中で学び、蓄積していった知識と経験。それがあったから、こうして新たな発見と発明に辿り着くことができた。

 

 どんな物事も考え方・使い方次第で自分の力に変えることができる。それが、今回の件で得た、最も重要な見識なのかもしれない。

 

 「……と、マルクの馬鹿で思い出した。そろそろ工廠に行く時だな。でも、その前に……」

 

 この早朝訓練は、義指を自分に馴染ませるために始めたもの。それに際して、ミヤビが始めたものがもう一つあった。

 

 それが、マギナ量の計測である。

 

 切り株の上に置かれたタブレット型の機器。入隊式の日に、新規入隊者を対象に行われるマギナ計測の際、使用される一般的な計測器だ。ミヤビはそれを持ち上げ、中心部に手を置きマギナを込め始める。

 

 数秒後、設置されているモニターに数字が表示された。

 

 「336……昨日とほとんど変わってねぇな……」

 

 それを読み上げたミヤビは、不機嫌に眉を曇らせた。

 

 人間が保有するマギナ量は、その者が備えているマギナ経路の体積によって大体が決まる。そしてこの経路は後天的に拡張していくことが明らかになっている。

 

 その要因は肉体の成長であったり、日々の鍛錬だったりと様々だが、最も効率的な方法が肉体の窮地きゅうちである。要するに肉体に何かしら負荷がかかった場合、経路は大きく発達するのだ。

 血流に異常を来した心臓の血管が、血管新生けっかんしんせいによって自らバイパスを築き、生命活動を維持させるように、窮地に追い込まれた状況から脱するためにマギナ量を増やそうと、人体が選択する緊急回避行動がすなわち、経路の拡張なのである。

 


 しかし、何事も例外はある。


 

 人の中には先天的にマギナ経路が発達しにくい体質の者も一定数、存在する。ミヤビもまたその内の1人であり、生まれた時から基礎マギナ量が同世代よりも遥かに劣っていた。一時は最愛の幼馴染と釣り合う男になるために修練を重ねてみたものの、どうあがいてもマギナ量が増えることは無かった。

 

 ちなみに、一般成人男性だと、マギナ量は平均して500~1000の間。肉体的に未発達の子どもでも、恵まれた者は500を超える者もいることから、336という数字は非常に低い値であることが分かる。

 

 「……はぁ。せめて人並みにマギナがあれば、取れる選択肢も、使えるアルニマも増えていくのにな……」

 

 思わず口に出してしまった、行く当ての無い弱音。

 

 そんな自分の頬を、パン! とミヤビは両手で強く打つ。

 

 「今さら泣き言いってんじゃねぇよ……マギナが少なかろうが味方がゼロだろうがやるんだよ。やるしかないんだよお前は……!」

 

 今一度、弱気になろうとする己を奮い立たせて、ミヤビは木の枝に引っ掛けた上着を羽織り、工廠への途を歩き始めた。

 




 


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