第24話 最初から――っていた
――その様子を、触手に拘束された状況下で見つめ続けていたミヤビ。
「マルク……! なんであいつらが……いや」
出かかった言葉を噛み切り、ミヤビは薄く笑う。
「よく来てくれた。これでもう、フィオは大丈夫だ……」
肉塊は、まるでミヤビの肉体を味わうかのように、ゆっくりと足から呑み込んでいく。そんな
「フィオはあいつらが遠くに連れていってくれるだろう。だから、もう何も心配することはない。例え、俺の命がここで尽きるとしても……」
やがて、マルクたちは二手に分かれる。中央広間から飛び出し、肉塊の前を通過して中庭を駆けていくアンテレナと、未だ気絶しているフィオを連れて広間奥に引っ込んでいく集団。
恐らく、アンテレナはマルクたちを逃がすための囮役として、敢えて肉塊に近づいたのだろう。その目論見は成功し、肉塊は彼女の背中を追いかけるように方向を転換させていく。
そうして、緩やかに動き出す肉塊。だが、その行く末について、ミヤビもう興味は無かった。
マルクたちに連れられて通路に消えていったフィオライトの残像を愛おしむように広間を見続け、安らかな笑みを浮かべながら…………肉塊に全身を呑み込まれていった。
キャキャキャキャキャ!!!
オオオ……! ウォオオオオオオオオオオ!!!
アー……ン。アアーーー……ン……。
たくさんの叫び声が嵐となって吹き荒れている。生暖かさと生臭さが共存する、世界のあらゆる憎悪と悲哀を詰め込んだような空間。
そこにまた戻ってしまった――どこか他人事のように思いながら、ミヤビは静かに目を開けた。
いくつもの目を鼻の無い顔が、自分を見つめて笑っていた。
「キャキャキャ! マタ来タ! マタ来ヤガッタ!」
「ヨクモサッキハヤッテクレタナ。今度ハモウ逃シハシナイ」
「オ前ハオレタチト同類ダ。コノ世界デ永遠ニ彷徨イ続ケルンダ!」
分厚い肉の間に
こののっぴきならない状況の中、しかしミヤビは、まるで危機感というものを抱くことはなかった。不思議なものである。先ほどは簡単に心を掻き乱していたのに、今は
「……ナンダ? ソノ余裕ナ面ハ」
「ヒヒ。モウ狂気ニ堕チルコトハナイ……ソウ思ッテイルノカ? 愚カナヤツメ」
「ナラバモウ一度、オ前ノ本心ニ呼ビカケテヤロウ!」
「くぅ……っ」
周りを占拠する上半身だけの亡霊たちが、歓喜の声を上げながら一気に押し寄せてくる。一回目と同じように体表を突き抜けて、彼らはミヤビの中へと――その根本へと、純然たる
「ククッ、見ツケタゾ! 貴様ノ心ヲ!」
「今度ハサッキミタイニ失敗シナイ。オ前ノ中ニアル全テノ怒リ、憎シミヲ引キ摺リ出シテヤル!」
「キャハハ! サア! 憎シミノ炎ニ燃エ尽キテシマ――――エ?」
そして、ミヤビの心に辿り着いた亡霊たちは、しかし、そこで動きを止めてしまった。
気付いたのだろう。現在、ミヤビの胸の内を埋め尽くしている、その想いに。
フィオライトが無事であることの安堵。
そして、彼女を守った達成感・満足感が、心の底で
「ナンダコレハ……? オ前、アノ女ガ憎クカッタンジャナイノカ? ナゼ、アノ女ガ無事デアルコトヲ本気デ喜ンデイルンダ?!」
「アノ幼馴染ハ貴様ヲ裏切ッタンダゾ? 約束ヲ破リ、他ノ男ニ乗リ換エタンダゾ?」
「憎クナイノカ? 悔シクナイノカ? 復讐シヨウト思ワナイノカ?!」
ミヤビの内側から亡霊たちが必死に叫んでくる。充実した気持ちの下敷きになった黒い炎を燃え上がらそうと、彼のコンプレックスを煽り立てる。
だが、彼らが声を重ねるほど、ミヤビは逆に自身の心が冷たく落ち着いていくのを感じていた。
ミヤビはもう知っている。どれだけ使命感や志を立てたところで、過去の傷は熱を持ち続ける。彼女への想いに傾倒し続ける限り、彼女への憎しみもまた心の中で生き続けるのだと。
でも、ミヤビは分かっている。肉塊の中で、苦しむ彼女の顔を見た、あの時から。
彼女への怒りや憎しみが大きかろうと、それが道の障害物になることなどあり得ない。フィオライトに幸せになってほしい。この想いを上回るほどの復讐心など抱くはずがない。
助けなければ――あの時、胸に宿った想いこそが自分の真実だと分かったから。
だから、ミヤビはもうフィオライトへの怒りや憎しみを恐れない。なんの憂いも無く向き合うことができる。
全てを正しく理解してしまえば、それに動揺することはない。故に、いくら亡霊たちがミヤビの心を揺すぶり、そこに生まれる隙を突こうと画策しても、虚しく上滑りするだけである。
むしろ、亡霊たちに憐れみの眼差しを向けるほど――
「……ナンナンダ。ナンナンダコイツハ……」
「ドウシテ感情ヲ動カサナイ。怒リヤ憎シミに囚レナイ。コレホドマデニ陰惨ナ過去ヲ持ッテオキナガラ、ドウシテ正気ヲ保ッテイラレルンダ?!」
「……チガウ。コイツハ正気ナンカジャナイ。コイツハ……最初カラトックニ狂ッテタンダ!!!」
「はははっ」
今さら気付いたのか。
「さっきからゴチャゴチャとうるせーな。俺の本心を引き摺り出すんだろ? やるんならさっさとやってみろ。あ?」
「キィアァ……」
睨みを利かせると、亡霊たちは肉の中に引っ込んでいってしまう。
完全なる立場逆転。
その最低な勝利に酔いながら、ミヤビはゆっくりと握り締めた両手を胸の前に持ち上げた。
「お前らは俺の
「…………! ハ、吐キ出セ! 今スグコイツヲ外ニ放リ捨テロ!!」
「ヒィイイッ。イヤダァ……マタバラバラニナルノハイヤダァ……!」
「はっ、もうおせーんだよ」
亡霊たちの想いに応じるように、ミヤビを深部へと導いていた肉の
しかし、すでに手遅れだった。ミヤビはマギナを注ぎ、ルイワンダを収縮させていく。肉塊に食われた際、マギナを吸収されることを懸念していたが、存外、体からマギナが抜け出すような現象が起こることはなかった。
(もしかしたら、こいつらに感情を支配されることが、マギナ吸収の条件なのかもな)
そんな考察を抱いた時、手に糸が食い込む感覚を覚えてマギナの注入を止める。おそらく、ここが今のルイワンダの伸縮の限界なのだろう。
それを悟り、ミヤビは目の前に佇む、たった独りの亡霊に顔を向けた。
「オ前ハ一体……何者ナンダ?」
その際、亡霊が訊ねてくる。
ミヤビは口の端だけで笑い、答えた。
「何者でもねえよ。何の力も、未来も無い…………愛した女の幸せを、他のヤツに
穏やかな声調でそう告げて、ミヤビは両腕をクロスさせるように思いっきり下に引き落とした。
プツン、と何かが弾けて――
「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!?!?!」
その瞬間、巨大な肉塊の内部に取り込まれていたキューブが全て爆発。事前に与えていた刺激が小さかったため、一つひとつは大した威力ではないが、それが約30か所以上、同時に爆発した時の破壊力は肉塊の耐久力を容易く
そうして、内側から爆発的に膨れ上がる白煙により、肉塊は内部のミヤビもろとも粉々に砕け散ったのだった。
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