第23話 書き換えられた真実



 司令本部棟に入ったマルクたちは、駆け足で通路を進み出した。

 

 「なあ、マルク。どこに行くってんだ?」

 「さあな。とにかく、今は前進するしかねえ。化け物共がどこに向かってるのか……そして、何の目的があるのか。それを突き止められれば……」

 「あっ、ちょっと前見ろよ!」

 

 マルクの声を遮って、アンドラが前方を指差す。

 通路の果てに見える、中央広間の入り口。そこが現在、薄く充満する黒煙によって視界を阻めていたのだ。

 

 「煙……! やっぱり爆発は中央広間か!」

 「お前ら止まれ!」

 

 それを視認したマルクは、片腕を上げて後続のアンドラとマハトを制する。そして壁際に移動し、開けっ放しのドアからゆっくりと内部を覗き込んだ。

 

 広間は、黒煙と土煙が混ざり合うマーブルを彩る混沌模様。さらに、爆発の残響音らしき重低音が辺りに轟いて視察の邪魔をする。

 

 だが、そんな悪条件があっても、煙の向こうにうごめく巨大な影だけは明確に認識することができた。

 爆発のせいだろうか、正面側の壁が全て崩壊した広間。その奥に広がる中庭には、まるでいくつもの泥団子を積み重ねたような不細工なフォルムが揺れていた。やがて、風が吹いて煙が揺らいだ時、その正体が、たくさんの肉塊の集合体であることをマルクたちは理解する。

 

 「なんだありゃ……」

 「たくさんの化け物が集まって……とっ、共食い?」

 「いや、なんか違うぞ。くっ付いていってる? 合体してんじゃねえのか? あれは」

 

 寄り集まった肉塊の集合体は、徐々に凝縮していく過程でその繋ぎ目を消失させていく。間も無く、元のサイズにまで膨張した時には一つの巨大な塊となっていた。

 

 そして巨大な肉塊は、大量の触手をうねらせながらその場で体の向きを変えていき、前衛関地の方へと進み出していく。

 

 「……司令本部から離れていくみたいだな」

 「ああ。多分、この棟には爆弾があることを知って、危ないから離れようとしてるんだろ」

 「なるほど。ってことは、やっぱり爆発はこの広間で、それを起こしたのはあの化け物だった、ってことか」

 「だろうな。しっかし、爆弾は全ての柱に設置されているはずだが。なんでこっち側は爆発してないんだ? 爆発の衝撃で他のヤツも連鎖的に爆発すると思うんだが」

 「きっと設置に穴があったんだよ。単なるミスか、爆弾が足りなかったのか。もしかしたら、作業してたヤツもまさか自己破壊命令が出るとは思ってなかったんじゃね?」

 「それか、死にたくなくてわざと仕掛けなかったか。はっ、東部周衛基地の連中も腰抜けの集まりだな…………ん?」

 

 自分たちの事を棚に上げて、東部周衛基地に所属する者たちへの悪態で遊ぶマルクたち。

 そんな最中、マルクは広間の奥を見据えて小首を傾げる。

 

 少しずつ視界が晴れていく粉塵ふんじんの底。床に伏せる何者かの人影が、ぼんやりとだが浮かび上がってきた。

 

 「どうした? マルク」

 「ああ。ほら、あそこ。誰か倒れてねえか?」

 「え? あー…………ああ、確かに。なんかいるな」

 「……ん? あれ……ってまさか、アンナじゃねえの?!」

 

 マルクの指し示す方向に目を凝らしたアンドラが、身を乗り出して叫ぶ。

 

 「え? ウソだろ……いや、ホントだ。アンナじゃねえか? あれは」

 「だよな? なんだってあんな所に……」

 「……、とにかく。あの場所まで行くぞ。あの化け物に見つからないように、柱に隠れながらな」

 

 「ああ」、「おう」と頷くアンドラたち。マルクもまた一つ頷き、広間に視線を戻して、肉塊と煙の動きを注視する。

 前に出した足に重心をかけながら機を見計らい、肉塊と自分たちとの間に濃い粉塵が盛り上がったタイミングで飛び出し、最寄り柱の影へと忍び込む。後は、いくつもの柱を経由して倒れている人影の許まで急いだ。

 

 そうして辿り着いた人物は、やはりアンテレナ=カーマインその人。しかも隣には、並ばされたかのようにフィオライト=デッセンジャーまで横たわっている。

 

 「なんだって2人とも、こんな所に……」

 「んー……多分だけど、爆発の衝撃で化け物の中から出てきたんじゃねえか?」

 「てことは、この子もアンナと一緒に食べられちまった、ってことか」

 「まあ。状況から見て、そう判断するしかないわな」

 「とにかく、化け物が向こうに行ってる今のうちにこいつらを起こそうぜ。おい、起きろアンナ」

 「待て」

 

 アンナに呼びかけるマハトの肩を、マルクは掴んで止めた。

 

 「これは、名誉挽回のチャンスかもしれねえ」

 「名誉挽回?」

 「ああ。ひとまず、このガキをアンナから少し離せ。邪魔だ」

 

 マルクの指示を受けて、アンドラとマハトはフィオライトの体を優しく持ち上げ、アンナから少し離れた場所まで運んだ。

 

 そうしてフィオライトを起こさないように床に寝かす2人に、マルクは言う。

 

 「いいか。これからアンナを起こす。お前らはオレの話に合わせろ。絶対に妙なことは言うなよ? なんだったらそのガキの介抱をしてればいい」

 「あ、ああ」「わかった」

 

 2人の合意を確認した後、マルクはアンテレナの体を抱き上げる。手に伝わる体温と、蚊が飛ぶような薄い呼吸音。ただ気絶しているだけのようだ。

 そう判断したマルクは、人形のように脱力したアンテレナの肩を両手でつかみ、思いっきり激しく揺らした。

 

 「おい! 大丈夫かアンナ!」

 「ん、ぅうう……?」

 

 ガクガクと頭をシェイクされて、アンナはわずらわしそうに薄く目を開ける。光の無い瞳でマルクをしばらく見つめ、やがて、ぽつりと零した。

 

 「マルク……?」

 「ああ、よかった。目を覚ましたか!」

 

 目覚めたアンテレナに対し、マルクは敢えて大きくリアクションで応えた。あたかも、彼女を心から心配していたかのように。

 それでも尚、虚ろな瞳を携えるアンテレナは、鈍い動きで辺りに首を巡らす。

 

 「どうしてアンタがここに……いや、というかここは……? 一体、何が…………あっ」

 

 と、何かに気付いたようにアンナは目を見開き、跳ねるように上体を起こした。

 

 「フィオはどうした?!」

 「落ち着け。大丈夫だ。彼女はそこにいる」


 そんなアンテレナを優しく宥めて、マルクは後ろを振り向いた。

 アンテレナから少し離れた場所に連れていかれたフィオは、マルクの言いつけを忠実に履行するアンドラとマハトに介抱されていた。その様子を見て、ニヤリと口の端を歪めるマルクは、2人に問いかける。


 「どうだ? その子の様子は?」

 

 マルクの呼びかけに、アンドラが頭を短く左右に振って応えた。

 

 「全然だな。さっきから呼びかけてんだけど、反応が無い」

 「一応、外傷は見当たらないから大丈夫だとは思うけど……」

 「そう、か…………あたしを精神汚染から守るためにずっと術を発動し続けていたんだ。もう精根尽き果てているんだろう。しばらく寝かしておいて――」

 

 

 ――ズズズズ……。

 

 

 「――なんだ? この音?」

 

 続くマハトの報告を受けて、ホッと胸を撫で下ろしたアンテレナだったが、突如として聞こえてきた何かを引き摺るような音に、再び警戒心をあらわにする。

 その音は、肉塊が地面の削りながら移動する時の地響きであることをマルクたちは知っていた。しかし、目覚めたばかりのアンテレナにとっては、新たにやってきた脅威でしかないのだろう。

 

 「……まさか、あの肉塊か? 近くにいるのか?!」

 

 そして、その脅威と肉塊を結び付けるのは、現在の基地内において当然の成り行きであり、紛れもない正答であった。

 順当に地響きの正体を看破かんぱしたアンテレナは、柱を頼りに立ち上がり……、

 

 「壁じゃない、のか?」

 

 と、柱を見上げ、分かり切っているはずのことに驚く。どうやら、手を添えているものが壁ではなく、柱であることに今さら気付いたらしい。


 というよりも、ここが司令本部棟の中央広間であることを把握していないのだろう。先ほどもやったはずなのに、改めてもう一度、辺りを確認し、その怪訝な表情を色濃くしていった。

 

 「もしかして、ここは司令本部棟一階中央の広間なのか? ……いや、だがっ」

 

 まだ状況が読み込めていないのか。アンテレナは言葉を切り、柱に沿って移動を始める。そして、柱の影から顔を出し、粉塵の中にちらつく巨大な肉塊を目撃して、言葉を失った。

 

 「なんだこれは……まさか、あの肉塊か? こんなに大きく……あたしたちを取り込んだからか。じゃあ、この棟が半壊なのもこいつの仕業?! くぅ……状況が全く分からん!」

 

 急いで柱の影に引き返したアンテレナは、頭痛でももよおしたのか、頭を抱えながら振り向く。マルクを見つめ、いた口調で問うた。

 

 「教えてくれマルク! あたしがいない間、何があった?!」

 「あ、ああ。分かった」

 

 マルクは、おずおずと頷いた。口元に手を当て、熟考するように俯き――その下でほくそ笑む。

 

 (案の定、オレを頼ってきやがった)

 

 仮に、アンテレナが肉塊に取り込まれ、爆発によってこの広間に飛ばされたのが事実であった場合。

 

 今の今まで気を失っていたことから、アンテレナは、どうして自分がこの広間にいるのか、その経緯を全く把握していないことになる。つまり、ここ数十分の記憶が欠落している状態。

 

 その空白の時間を埋めたいと思うのは、本作戦の指揮官である彼女ならば至極真っ当な欲求。そしてその提供役は、彼女が信頼を置く人物――この場合では、マルク以外にあり得ない。



 つまり、自分だけが、彼女の真実を自由に書き換えることができるのだ。

 


 自身の本性を隠し通しつつ、誰からも愛され、尊敬される工廠長の地位を掴むために磨き上げた悪知恵をこの土壇場で発揮するマルクは、真面目に引き締めた顔を上げ、アンテレナに告げた。

 

 「まず、どうしてオレたちがここにいるのか言っておく。それは、アンナたちを助けるためだ」

 「え?」「はっ?」

 

 呆気に取られ、間抜けな声を漏らすアンドラとマハトを、マルクは咄嗟に睨み付ける。

 「話を合わせろ」――その意思を込めた眼力は彼らに伝わったようで、すぐに表情を立て直した。それを見届けて頷き、マルクは顔を戻す。

 

 「あたしたちを? ってことは、見てたのか? あたしとフィオがあいつに食われるところを」

 

 アンドラたちの反応を見て不審に思ったのか、アンテレナは訝しげに訊ねてくる。マルクは不信感を与えないよう、真剣な顔つきを維持したまま大きく首肯した。

 

 「ああ。と言っても、直接、見たわけじゃない。急にアンナのマギナが無くなって……そしたら、急にあの化け物のマギナ量がでかくなったからさ」

 「ああ……それで気付いたわけか。情けない話だよ。まさか、素体にケインたちが使われていたなんてね…………くっ、憾握かんあくの王め! 残酷で卑劣な真似をしやがって!」

 

 (ケイン? 素体? ……よく分からんが、どうやらあの化け物共はアンナの知り合いが変化させられた姿のようだな)

 

 アンテレナの話から情報を抽出し、自身の言葉に組み込みながらマルクは会話に努める。

 

 「そうだな。仲間を利用するなんてな卑劣な行為だ……それで油断してたから食われてしまったんだろ? この基地に今、ナイト級はほとんどいない。だから、オレたちでなんとかしなきゃ、と思って……」

 「なんとかするって……どうやってだ?」

 「…………一か八かの賭けだった」

 

 それは、これから語る創作話のことか。それとも、これからかたる大博打のことか。

 

 苦笑を浮かべながら、マルクは頭上を仰いだ。入り口からでは気付かなかったが、大規模な爆発によって司令本部棟は外壁だけではなく、上階まで被害を受けていたようだ。爆発の規模に沿うように各階層は崩れており、吹き抜けとなった空間に陽光が差し込んでいる。

 

 そんな、非現実的に思える天井を眺め、マルクは言った。

 

 「あの化け物から2人を救い出す手段。ルーク級のオレに、そんな力なんて無い。唯一、思い付いたのが……この広間に仕掛けた爆弾を利用する、一か八かの作戦」

 「まさか……自己破壊命令のために仕掛けた爆弾で、あの肉塊を吹き飛ばそうとしたのか?! ……そうか。あたしたちがここにいたのはそういうことか」

 「ああ。オレたちでおとりになって、この建物まで誘導してな」

 「なに? お前たちで誘導したのか?! なんて無茶を……」

 「そうでもしないと司令本部棟まで来てくれそうになくてね。まあ、無事にうまく誘導できて何よりだよ」


 そこでマルクは眉間にしわを寄せ、表情を曇らせる。ここからは理屈ではなく、情を先行させるパートだ。というよりは、順序だてて説明できず、話の整合性が取れそうにないからだ。なので、感情に訴えかけて一気に押し切るしかない。


 そのためには、アンテレナの琴線きんせんを震わせる必要がある。だから、まずはこちらの感情を動かすのだ。無論、全て演技だが。

 

 「あとは、お前たちが爆発に巻き込まれないか心配だったけど……それもうまくいってくれた。恐らく、あの肉の塊がクッションになってくれたんだな。でも、2人を危険にさらしてしまったことには変わらないよな…………はは。ライゼンやレンヤくんなら、もっとうまくやったんだろうけどな……」

 

 そう気弱な言葉を並べ立て、わざとらしく項垂れるマルク。敢えて弱いところを見せつけて、同情を引く作戦。レンヤやライゼンの名前は、言外に潜む劣等感を強調させるいいスパイスとなる。

 

 そうした目論見は見事にはまり、アンテレナはマルクに詰め寄って声を荒げた。

 

 「どうしてそんな危険な真似をしたんだ! もしもの事があったら……」 

 「……ああ。この基地そのものが崩壊しかねない、ってことだろ? でも、そうならないために、爆発範囲内の爆弾は事前に回収しておいたんだ。だから……」

 「そういうことを言ってるんじゃない! いや、それももちろん糾弾きゅうだんすべき行為だけど! 自分たちを危険に晒してまであたしたちを助けようとするな! どうして大人しく工廠で待機していなかったんだ?!」

 「………………」

 

 反論はしない。言い訳もしない。ひたすら打ちひしがれた姿を見せつけて罪悪感を植え付けるため、もう一度、大きく項垂れる。

 

 狙い通り、アンテレナはばつが悪そうに閉口し、マルクと同じように項垂れた。

 

 (……よし、ここだ。ここで落とす)

 

 その姿をちらりと盗み見て、順当に作戦が進んでいることを理解したマルクは、この一世一代の大博打の締めに入った。


 「どうしても、助けたかったんだ」

 

 そのために選んだ、アンテレナなら共感せざるを得ないキーワード。

 それを、2人の間にぽつりと浮かべる。

 

 「もう、これ以上、大切な仲間が死んでいくのを見たくなかったんだ……!」

 「マルク……」

 「分かってるよ。ルーク級のオレなんか何も出来ないって。でも、でもさ! これまで何人の同期たちが死んでいった?! アルニマを手掛けた上司が、入隊したばかりの年下の兵士が、仲間たちが! どれだけ命を落としていった?! オレは、そんな彼らを黙って見送ることしかできなかった……もうイヤなんだよ! 大切な仲間が死んでいくのを黙って見ているのは! だから、だからオレは……!」

 「……ジッとしていられなかった……んだな?」


 アンテレナからの、優しい問いかけ。それは他ならぬ、アンテレナが自分の創作話を信じたことの証左であった。

 思わず緩みそうになる顔を、マルクは必死に抑え込む。なんとか頭だけ揺らして返事をし、気分が落ち着いてから続きを述べる。

 

 「アンナのマギナが急に無くなって。あの化け物に食われてしまったんだと……そう思ったら矢も楯もたまらなくて……気が付いたら工廠を出てしまってた。笑っちまうよな。助けたい、だとか大層な事を抜かして、部下を見捨ててしまってるんだから……とんだ薄情者だ」

 「そんなわけない。あたしたちを助けるために動いたアンタが薄情なわけがない。それどころか、勇敢で讃えられるべき行為だよ。実際、2人のソラリハを救ってるんだ!」

 「違うよ。だって……本当は、工廠を出た理由を言うつもりはなかったんだ。どんな理由があったにせよ、仲間を見捨ててしまったのには変わりない。きっと、みんなオレを見損なっているはずだ。だから、余計な言い訳はせず、いさぎよくみんなの怒りを受け入れようと思ってた。でも……オレは、弱虫だ。みんなに……お前に嫌われるのが怖くて、こうして話してしまっている。黙っていようと決めてたのに……なあ?」


 そして、工廠を抜け出したことについて。この創作話の着地点に言及したことに際し、マルクは後ろの2人に話を振った。自分が仲間を案じていたこと。それを証明するのに、本人の言葉だと空回りしかねない。これについては、第三者の発言が必要なのだ。


 話しかけられたアンドラとマハトは慌てて何度も首を縦に振り、互いの顔を見合いながら交互に言葉を紡いだ。


 「あ、ああ。マルクはずっと落ち込んでいてな……」

 「そうそう。仲間を見捨ててしまったって……ずっと工廠の中に残った皆を心配していたよ」

 「そんで、オレたちに言ったんだ。工廠から出ていく選択をしたのは自分。だから、全ての責任は自分が負う、って。決して言い訳なんかしないって」

 「おれたちも、言うな、って口止めされてさ。まあ、結局、本人が話しちゃったわけだけど……」

 「まあ、な? で、でもさっ。マルクが本気でアンナたちの事を心配していたのは間違いないから!」

 「そうそう! だから、マルクを責めてやってくれよ! この通りだ!」

 「オレからも! 頼むよ!」

 

 終始、しどろもどろな言動。その最後を、アンドラとマハトはアンテレナに頭を下げる行為で結んだ。


 正直、かなり胡散臭い。素面なら、まず間違いなく信用しないだろう。

 しかし、後半のやり取りが無様な演技を補ってくれた。友のために頭を下げる男たち。その姿は、揺れるアンテレナの心をさらに強く刺激するはずだ。


 「アンドラ……マハト……」

 

 その流れに乗るために、マルクはわざと声を震わせて2人の名前を呼ぶ。気心を知る相手にするには少し照れるが、今は全うするしかない。なぜなら、3人を見つめるアンテレナの表情はどこか晴れやかであるからだ。


 「顔を上げておくれよ。命の恩人たちに頭を下げられちゃあ、あたしの立つ瀬がない」


 そして、アンドラとマハトを起こしたアンテレナは、マルクたちに向かって深く頭を下げた。


 「順番を間違っていたことを許してくれ。何よりもまず、アンタたちに礼を述べるべきだった。助けてくれてありがとう……アンタたちがいてくれなかったら、あたしたちは未だ肉塊の中にとらわれたままだった」

 「そ、そんなっ。別にいいって!」

 「そうだよ! ソラリハを助けるって、そんなの人類にとって当たり前って言うか? 助けなきゃまずい的な?」

 「ははっ。落ち着けよお前ら」


 ソラリハたるアンテレナから直に感謝の言葉をもらったのが衝撃なのか。アンドラたちは面白いように慌て出す。

 とはいえ、マルクと行動を共にする以上、彼女と会う機会も多いなのだから、そこまで動揺する必要も無いと思うのだが。

 

 (まあ、アンナが工廠に来る時、用があるのは主にオレだからな。こうやってあいつらが注目を受けることはあまりないんだろう。そりゃあ、浮かれるわなぁ)


 と、取り乱す2人を眺めて笑っていると、アンテレナが肩に手を置いてきた。そして、見下ろすマルクに、彼女は言った。


 「ルーク級の皆には、あたしから事情を話すよ。きっと、みんな分かってくれるはずだ」

 「――――――っ」

 

 微笑むアンテレナの顔を見つめ、マルクは心の中で快哉を上げる。

 

 その言質げんちが欲しかったのだ。この創作話の目的は、そのためにあった。

 迫ってくる肉塊の大群を恐れて、部下を見捨てて工廠を抜け出した責任問題。この行為を正当化するためのストーリーが必要だった。

 

 この戦争が無事に終わり、マルクの逃亡行為が矢面に立った時。アンテレナが彼を擁護するだろう。マルク=サンクリングに救われた、と信じている、フロンズ聖伐軍の中核の1人である彼女の口から、自身が都合の良いように作り上げた創作話を、英雄譚のように謳うのだろう。

 

 それを、誰が否定しようか。

 2人のソラリハを救った自分を、どこのどいつが誰が批判できるだろうか。

 

 自分の輝かしい未来は今、確実に保証されたのだ。

 

 「アンナ……ありがとう」


 全ての目論見が成就したことを悟り、マルクは心の底から湧いてくる笑みを素直に表情に彩った。







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