第22話 動き出した別働隊



 ――時間は少々、さかのぼり――

 

 

 「亡霊?! おいっ、返事しろ亡霊!」

 

 第三物置に隠れているマルクは、天井に向かって何度も呼びかけていた。監視役を命じて、屋上にのぼったはずの厄介者。しかし、彼からの音沙汰はまったく無く、窓を少し開けて繰り返すが、それでも応答を得られることはなかった。

 

 この距離で聞こえないなんてありえない。無視でもないとすると、つまり現在、屋上には誰もいないことになる。

 

 すなわち、明白な命令違反。

 その事実に行き着いたマルクは、強く壁を蹴りつけた。

 

 「クソが! 逃げやがったあの野郎!」

 

 さらにもう二度ほど壁を蹴り、反転して力無く壁にもたれかかる。

 そうしてズルズルと崩れ落ち、床に座り込むマルクを見つめて、マハトが嘆息混じりに零した。

 

 「……まあ、当然だわな。死ぬまでおれたちの指図を受ける義理なんてねえし」

 「だな。それも、散々イジメてきたオレたちと一緒なんてあいつも御免なんだろうぜ。へへっ」

 「クソっ、クソっ……なんでオレがこんな目に……!」

 

 マルクは激しく頭を掻き毟る。付き添いの2人の会話を拾う余裕も無いのだ。

 精神的に限界を来しているマルクから目を背け、アンドラは近くの痛んだイスに腰掛けた。

 

 「でもよー、どうする? これから。間違いなく状況は最悪じゃん?」

 「ああ……このマギナな」

 

 マハトが頷き、頭上を見上げながら言った。

 しかし、彼が意識を向けているのは天井ではない。基地内を少しずつ移動している、この莫大なマギナの存在である。

 

 「何か、すげえマギナ量のヤツが基地を縦断してるな」

 「ああ。それと同時にアンナのマギナが消失した……ってより、このすげえマギナ

の中にアンナのマギナを感じてるのは、オレだけじゃねえよな?」

 「残念ながらな。しかも、さっき聞こえた戦闘音も無くなってるし……これってよぉ。アンナもあの化け物に食われた、ってことだよな?」

 「そうなるよなぁ…………ああ~、チクショウ! 何がソラリハだよ、戦巫女だよ! 簡単にやられやがって! ふざけんじゃねえよマジで! こんなトコに来るんじゃなかったよ!」

 「……それはテメェ。オレに言ってんのか?」

 

 自暴自棄になった挙句の不満。それをつい口走ってしまったアンドラに、マルクが厳しい視線を投げつける。

 

 「い、いや。別に、お前に言ったわけじゃねえし」

 「ふん……テメェらは最初っからここに来るのを反対してたからな。あの女に良い顔がしたい、だとか言ってよぉ。なあ?」

 「えー? それってただの冗談だったじゃん。ははは……」

 

 次いで視線を向けられたマハトは、乾いた笑みで取り繕うも、マルクの眼力は衰えることはなかった。

 その迫力に耐え切れなくなり、マハトは慌てて言葉を駆ける。

 

 「そんなことよりさ! 今後の事を話そうぜ、これからの事! もしもこの基地が墜とされることになったらどうする?!」

 「墜とされるって……まあ、有り得ねえ話じゃなくなってきてるしなぁ。んー、どうするよ? マルク」

 「……この物置は、司令本部棟や他の建物から独立してるから、仮に基地の自己破壊命令が出されたとしても、爆破や瓦礫に潰されることはない……とは思う。問題は、その後だ。爆発で敵が全員、死ねばそれでいい。オレたちは近隣の村に逃げ込めばいいだけだ。だが、敵が残ってた場合……」

 「そうさなぁ…………隠れてやり過ごす、とかかな?」

 「まあ、そうするしかねえだろうな。でも、見つかったとしたら?」

 「その時は決まってる。敵に全面降伏だ。ってか、向こうに寝返ってもいい」

 「えっ?」「う、裏切るってことか?!」

 

 マルクの回答を聞いて、アンドラとマハトは同時にふためいた。

 しかし、マルクは平然と頷き、単調な言を繋げる。

 

 「お前たちも薄々、気付いてきてるんだろ? 人類にもう、王連合軍を打ち滅ぼす力なんてねえと。精々、疑似聖域ガルダンタ頼りの防衛戦が関の山。それも今回、黒星で終わりそうだし……そろそろ身の振り方を考えるべきなんじゃねえか?」

 「で、でもよ、寝返るったって……あっちがおれたちを迎え入れてくれるとは……」

 「大丈夫だよ。この基地を襲ってる憾握かんあくの王はたくさんの人間を部下にしてるし、それに、オレはフロンズ聖伐軍の工廠長だぜ? 有益な情報を交渉材料にすれば、きっと受け入れてくれるって。むしろ、今回はちょうど良い機会だと思わねえとな」

 「そ、そっか。だったら安心だな」

 「お、おう。生き残ってナンボの世界だからな。仲間にゃ悪いが、ここで下ろさせてもらうとするか」

 

 マルクの提案に意気投合する2人。それは、マルクの話に飛びついたのではなく、名案とばかりに揚々と話す彼の非人情な振る舞いに話を合わせた、と言うべきだろう。実際に裏切るかどうかは、その時になってみないと分からない。

 そうしてマルクの機嫌を損なわせないように気遣うマハトは、話題を次に転がす。

 

 「じゃあよ。防衛戦に負けた時はそれでいいとして、勝った場合は? 今のおれたちってよぉ、仲間を見捨てて逃げ出した臆病者じゃん? 絶対、白い目で見られることになるぜ?」

 「そうだなぁ……工廠から逃げ出した亡霊を3人で追いかけた、ってことにするのはどうだ? あいつも工廠から抜け出してたし、あいつに全部の責任を押し付けるようにすれば……」

 「まあ、理由は通るかもしれねえが、納得はされねえだろ。どんな理由があれど、仲間を置いていった事実は変わらねえし。ってか、部下を見捨てたオレはどっちにしろ責任問題でアウトだ」

 

 吐き捨てるように言ってマルクは立ち上がり、尻に付いたほこりを叩き落としながらぼやく。

 

 「あーあぁ、工廠のヤツら全員、死んでくれねえかなぁ。化け物共が頑張って工廠をぶっ壊して、中のヤツらを皆殺しにしてくれたらいいのに」

 「は、はは……」

 「ホント、すげえよなぁ。お前って……」

 

 引き攣った笑みを抑えられないアンドラとマハト。

 

 その時である。

 突然、大地を揺るがすほどの爆発音が衝撃波と共に物置を襲った。

 

 「おおおおおおおおおお?!」

 「なんだ?! ついに破壊命令が?!」

 「うわあっ?! あぶねえっ!」

 

 激しい振動によって棚は倒し、陳列してある物が雨あられと降り注いでくる。マルクたちは一塊ひとかたまりになって壁に集まり、体にぶつかってくる物をうずくまって耐えながら時が過ぎるのを待った。

 

 やがて揺らぎは治まり、長年、蓄積された埃が舞い上がって白濁する物置内。騒ぎの後の不気味な沈黙に落ちる中で、マルクたちはゆっくりと活動を再開させる。

 

 「げほっ。かっ……み、みんなぁ、生きてるか……?」

 「つぅ……か、辛うじて、な」

 「あー、くっそ。酷い目に遭った……」


 体に乗った物を払い除けつつ、3人は上体を起こした。互いの無事を確認した後、揃って物置の両引き戸に顔を向ける。

 

 「……今のって、やっぱりアレだよな? 司令本部の一階広間の……」

 「うん…………いや、でもさ、おかしくね? 破壊命令が出されたってことだよな? それならさ、基地全体の倒壊が続いてるはずじゃん。でも、一回の爆発音だけだぜ?」

 「確かに……じゃあ、だったら今の爆発は何だよ? 相当だぞ、今の威力。広間に仕掛けたもの以外で、あれだけの爆発を起こせるもの。この基地にあったか?」

 「…………確かめてみるか」

 「え?」「は?」

 

 マルクの呟きに、アンドラとマハトは会話を打ち切って彼を見遣る。

 

 「実際にこの目で確かめてみるしかないだろ。こうなったら」

 「で、でもよ、外にはあの化け物が……」

 「ンなこと分かってるよ! だけど、いつまでもここにいたってどーしようもねえだろうが! 何も、詳しく探索しよう、ってわけじゃねえ。少し辺りを確認して、危なくなったらすぐにこの物置に隠れる! それでいいだろ?!」

 「あ、ああ……」

 「マルクがそう言うなら……」

 

 マルクの威勢に気圧されて、2人はおずおずと頭を振る。そんな彼らに舌打ちし、マルクは立ち上がって両引き戸へと向かった。

 その取っ手に指を掛け、後ろに控える2人を一瞥いちべつした後、戸を少しずつ開けていく。隙間の限られた視界から周囲に目を配り、肉塊がいないことを確認してからさらに戸を押し開いた。

 

 「うっ? なんだアレは……」

 

 物置から出て、最初に目にした異変は、目の前にそびえる司令本部の屋上から見える、キノコ雲を彷彿ほうふつとさせる規模の黒煙である。

 

 「や、やっぱり爆発したのは司令本部の爆弾みたいだな」

 「…………っ、ちょちょちょちょちょ!」

 「わっ。なんだよマハト」

 「急に腕を引っ張んなよ」

 

 マハトがいきなりマルクとアンドラの腕を取り、奇声を上げながら物置へと引き込もうとする。何事かと、2人は彼が見つめる先へ顔を向け、

 

 「「げっ」」

 

 そして、同時に顔を強張こわばらせた。

 

 司令本部棟から前衛関地を囲む石垣の間にある中庭。物置の平屋の延長線上に位置する場所に、地面にめり込んでいる肉塊を見つけた。余程、激しい衝撃を受けたのか、その全身は黒焦げで、薄く煙まで上げている。

 

 もしや、司令本部棟の爆発に巻き込まれたのだろうか。

 

 「ば、化け物があそこに……」

 「に、逃げるぞ。おい、マルクっ」

 「……いや、ちょっと待て。あいつ……死んでんじゃねえのか?」

 「「……え?」」

 

 物置の中に引き返そうとするアンドラとマハト。だが、肉塊を睨み続けるマルクは、その異変を見抜く。

 

 地面に三分の一ほど埋まった状態から、肉塊はまるで微動だにしない。焦げた肉体は所々が崩れかけており、虚ろな目玉は半開きで、とても生きているようには思えない有様。

 

 そこまで観察すると、マルクは慎重な足つきで肉塊に近づいていく。そして、ある程度、距離を縮めると、足元に落ちている木の枝を拾い、それで肉塊をつついてみた。

 カツカツ、と乾いた音が鳴る焦げた部分と、ブヨブヨと肉が上擦うわずる生の部分。それを堪能たんのうした後でも、やはり肉塊は一切の反応を見せなかった。

 

 「……うん。死んでるな、これ」

 「ほ、ホントか?」

 「ビックリさせやがって……このバケモンが」

 

 死んでいることが分かり、アンドラたちは安堵の息をついた。それから、2人は揚々とマルクの許へ歩み寄る。


 「こいつらも死ぬんだな、一応」

 「ああ。それにしても、なんで死んでんだ? 焦げてるみたいだし、やっぱりさっきの爆発で?」

 「だろうな。もしかしたらさっきの爆発はこいつらが――」

 


 「ミぁ~~~~~~~…………」

 

 

 ――どこからか聞こえる、か細い鳴き声。


 「……ん? なんだ? ネコか?」

 「あ、ホントだ。なんか聞こえるな」

 「これは……司令本部棟の方からか?」

 

 鳴き声の主を求め、3人は司令本部棟の方に顔を向ける。

 

 「クアッ」

 

 すると、また別の鳴き声が聞こえた。そしてそれは、それほど遠くない……というか、至近距離で立ったもの。

 3人はまた揃って声がした方向――すなわち、肉塊へと顔を戻した。

 


 自分たちを映す、全開になった目玉と目が合った。


 

 「「「うわああ?!」」」

 「キィアアアア!」


 マルクたちが飛びのいた直後、死んだはずの肉塊が触手を生やして動き出す。

 

 「い、生きてるじゃねえか! 死んでんじゃなかったのかよ?!」

 「うるせえ! オレがそんなこと知るかあ!」

 「うわあああ! もうダメだああああ!!」

 

 マルクたちは絶望から逃げるように、目を伏せた。

 だが、視界を閉ざしたとしても、それで現実を否定できるわけはない。むしろ、手元にある可能性を全て台無しにするだけの行為である。

 

 数ある選択肢の中で、最悪手を打ったはずのマルクたち。

 ところが、いくら待っても彼らに死の結末が訪れることはなかった。代わりに「ズズズ……」と何かが這いずるような音が聞こえてきて、まぶたを細く開けていく。

 

 目の前には肉塊の姿は無く、顔を横に向けてようやく、司令本部棟へと向かうその後姿を発見することができた。

 

 「……どういうことだ? おれたちが分からなかったのか?」

 「ンな馬鹿な。すぐ目の前にいたんだぞ」

 「……まあ、とにかく。今のうちに物置の中に……」

 

 と、振り返った物置の平屋が、

 

 「ギイイィィ!」

 

 突如として現れた巨大な肉塊によって踏み潰されてしまった。

 

 「ひぃああっ?! オレたちの隠れ家があ?!」

 「ってか、別のヤツかよ! なんだってこんな……!」

 「うわ、向こうからも! こっちからも! なんだよコレ?! どうなってんだよマジで?!」

 

 現れたのはそれだけではない。中庭の向こうからやってきたり、石垣を乗り越えたりと、たくさんの肉塊たちが次々と出現してくる。そして、その全てが、マルクたちを無視して司令本部棟への途に専心していた。

 

 「な、なんだあいつら? 同じ目的地に集まっていってんのか……?」

 「司令本部……何が起こってんだよ、あそこで……」

 「……見に、行ってみるか」

 

 そう零し、2人の了解を得ずにして歩き出すマルク。

 

 「おい、マルク! 見に行くって……」

 「決まってんだろ。あの化け物共がどこに向かってるか、だよ」

 「なに考えてんだよ?! それよりも、今のうちにどっか安全な所に……」

 「もうこの基地に安全な所なんてねえよ! お前らも知ってんだろ?! アンナはもういねえんだよ! だったら、あの化け物の動向を探って、少しでも生き残るヒントを掴むべきだろうが!」

 

 尻込みするアンドラとマハトをマルクは怒鳴り散らす。こうなったらもうヤケクソだ。リスクを負ってでも前に進み、自分1人でも生き残る。その気概が、彼に無謀を歩ませる原動力となる。

 

 「わ、分かった。マルク。おれも行くから!」

 「お、置いてくなよぉ」

 

 そうして司令本部棟の入り口へと前進するマルクを、アンドラたちは躊躇いがちの歩幅で追いかけていった。

 

 「とりあえず、中庭から化け物共を追いかけるのはさすがに危険だ。司令本部の中からあいつらを追いかける。いいな?」

 「ああ……」「……おう」

 

 渋々、返事をするアンドラたちを引き連れて、マルクは棟の中に入っていった。

 

 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る