第21話 逃走劇の果てに



 「うわあああああ!!!」

 

 肉塊の巨体を木っ端微塵にし、なおも有り余る爆風が広間内を蹂躙じゅうりんする。肉塊から脱出したばかりのミヤビたちはその勢いに飲み込まれるが、ルイワンダによって柱に繋ぎ止められていたことが幸いし、煽られるような形で気流の死角である柱の裏に逃れることができた。

 

 すかさずミヤビは気絶しているフィオライトとアンテレナの上に覆い被さり、風が鎮まるまでの壁となる。背中に降り掛かる瓦礫の欠片やガラス片などを耐え、ようやく轟音が尽きてきた頃、2人が無事であることを確認してから体を起こし、周囲を見回した。

 

 先の大爆発を受けて、司令本部はほぼ半壊状態になっている。吹き抜けになった広間に粉塵の合間から太陽光が差し込み、砕けた階上かいじょうからは家具や様々な備品が雨あられと振り続けていた。

 それでも倒壊に至ってないのは、広間の後ろ半分の柱が無傷であったからだろう。爆発の余波で誘爆してしまう可能性はあったが、事前にミヤビが正面側の爆弾を全て回収していたので、大事に至らずに済んだのだ。

 

 「……で、あの肉塊はどうなった?」

 

 ミヤビは立ち上がり、柱の影から顔を覗かせる。

 大爆発によって整地されていた中庭は無残な荒野と成り果てていた。その土煙が立ち込める剥き出しの大地の上に、それはくすぶっていた。

 

 「ミぁ~~~~~~~…………」

 

 司令本部棟を押し潰さんばかりの立派な巨躯は今や見る影も無く、煮崩れを起こしたジャガイモのように溶けかけている肉塊の残骸。爆発のせいだろう、その表面はほとんどが黒く焦げており、唯一残った目玉が泣いているように切なく揺れていた。

 

 「はっ、ザマァねえな。さすがにあの爆発で無事にいられるわけがなかったか。それでも死ななかっただけ脅威ではあるが…………ん?」

 

 その時、ミヤビは足元にある、肉塊の一部らしき炭化した肉片を見つける。

 すると、ミヤビはおもむろに足を持ち上げ、それを一思いに踏み潰した。グチュ、と潰れるのではなく滑るような感触で肉片は断裂し、そのピンク色の断面を見せつける。

 

 そのまましばらく見守っていたが、肉片に活動を再開させる傾向は見受けられなかった。

 

 「なるほど……細胞がひどく傷ついた状態では再生できないのか。ってことは、あいつはもう再生できない……少なくとも、活発に動き回ることはできない、と考えてもよさそうだな」

 

 呟きながら、ミヤビは再度、肉塊へと目を向ける。

 肉塊は、だらしなく開いた口から空気が漏れ出るような泣き声を垂れ流すだけで、それ以外の行動に移ろうとしない。やはり、ミヤビの読み通り、ダメージが大きすぎて動くことができないのか。

 

 「いい気味だ。ナイト級がやってくるまで、そこで大人しくしてるんだな」

 

 小馬鹿にするような笑みを作り、ミヤビはルイワンダを元に戻そうとマギナを注いだ。

 

 だが、ルイワンダはうんともすんともしない。

 というよりも、自分の体からマギナを全く感じない?

 

 「……あ? どういうことだ? マギナを感じない……馬鹿な、そんな消費した覚えは…………あ、いや、そうか」

 

 そこで、ハッと思い出す。肉塊には、取り込んだ者のマギナを吸収する能力があったことを。

 肉塊の中に突入したミヤビもまた、マギナを吸収されていたのだ。そして、脱出時になけなしのマギナを全て使い果たしてしまった。

 

 「しょうがねえ……マギナが回復するまで俺も大人しくしてるか。それよりも先に、フィオを安全な場所に送らねえとな……ついでに、こっちの女も運んでやるか」

 

 危険をかえりみず、身をていしてまでアンテレナを助けようとしたのだ。彼女もキチンと助かっておかないと、フィオライトは自責の念に苛まれることになるだろう。

 

 未だ目を覚まさない2人を眺めつつ、溜息混じりに体に巻いた糸を解き始めるミヤビ。その後、腕を回して短くなった糸を手繰り寄せていく。



 その間もずっと、肉塊は「ミぁ~~~~」とか細く泣き続けていた。


 

 「…………にしても、うるせえな。いつまで泣いてんだアレは。ってか……あれは本当に泣いてんのか?」

 

 ふと、疑問に思う。人間を襲うために造られた生物兵器に、痛覚なんてものが備わっているだろうか。いや、考えにくい。

 それ以前に、あれはただ痛みを訴えているものとは思えない。それは……そう、まるで。

 

 

 傷ついた動物が必死に上げる、同胞どうほうに助けを求める声のような。

 

 

 「…………まさ、か」

 

 ざわつきが胸裏きょうり吹雪ふぶいたその時。

 

 ズドン! と背後の壁が崩壊し、奥から巨大な肉塊が姿を現した。

 

 「なっ?! こいつ、さっきまでこの広間にいたヤツか?!」

 

 ミヤビは慌ててルイワンダを構え、気絶しているフィオライトたちの前に立ち塞がった。しかし、そんな彼に目もくれず、肉塊は今も尚、泣き声を上げている肉塊へと這っていく。

 

 そいつだけではない。工廠や寮の方角、さらに石垣を乗り越えて、たくさんの肉塊たちが一か所に――泣いている肉塊の許へと集っていった。

 

 「そんなっ、こいつ……! 仲間を呼び寄せることもできるのか?!」

 

 驚愕するミヤビの視界の中で、集合した肉塊たちが次々に重なり合い、一つの塊へと凝縮していく。そして、うごめき、膨張し、最終的に野太い雄叫びを上げるそれは、先ほどの肉塊のタワーにはさすがに敵わないものの、小高い丘と表現できるくらいの態様たいようまで成長を果たしていた。


 「仲間を取り込みやがった……! いや、合体したのか。ああ、くそっ! どうする? 今の俺にはマギナがねえ。ルイワンダを使えないのに、こんなのどうしろってんだよ……!」

 

 爆発で吹き飛ばせば、完全に殺すとはいかなくても、行動不能状態にはできると思っていた。その発想は間違っていなかったが、生命の危機に際した時の肉塊の行動まで考えが至らなかったことは否めない。

 

 己の浅薄せんぱくに失意するミヤビ。しかし、だからといってこの肉塊を見過ごすことはできない。フィオライトはまだ、すぐ近くにいるのだから。

 

 ミヤビは懸命に状況の打破を考える。その甲斐あって、一つの要素を思い出した。

 

 「そうだ。確かこの中に……」

 

 ミヤビはスパスの中に手を突っ込み、物色を始める。そうして取り出したのは、地下街の病院で購入した『マギダスワン』――体内のマギナ量を一時的に増やすことができる、マギナ生成剤である。

 

 「まだ試してねえが、仕方ねえ! これに賭けるしかない!」

 

 本来なら、少しずつ試飲しながら経過観察をするところだが、そんな悠長な事をしている余裕は無い。ミヤビは小瓶のコルクを外し、内用液を一気に飲み干した。

 

 口内に広がる、苦いような甘いような不思議な味。その余韻に顔を顰めつつ、ミヤビは瓶を放り投げて時を待つ。

 

 果たして、効果はすぐに訪れた。

 

 「ぐっ、がああああああ?!」

 

 初めに、胃を焼くような唐突な発熱。その熱は、瞬く間に体中に伝播していく。長く運動したかのように肌が紅潮し、鋭い痛みが全身を駆け巡るも、それよりも激しい高揚感が意識を高く舞い上げていく。

 

 「――っ、す、すげえ。全身にマギナが漲ってくる。これなら――っ?!」

 

 しかし、冴えていく頭とは裏腹に、一歩を踏み出した足のひざが、がくり、と折れた。踏ん張りがきかず、ミヤビはそのまま床に倒れ込んでしまう。

 

 「な、んだ? 体に力が入らねえ……!」

 

 最後に肉体を包み込んだのは、強い虚脱きょだつ感や倦怠けんたい感だった。意識はこれ以上に無いほど覚醒しているのに、だるくてだるくて仕方がない。長時間、血液が滞っていたかのように指先はジンジンと痺れ、どんなに力を入れようとしても、プルプルと震える腕や太ももは言うことを聞いてくれない。

 

 「……そういや、言ってたな。飲み過ぎるとエネルギーを使い果たすと。それがこの状態か……あんのヤブ医者がぁ……!」

 

 マギナを回復できたのはいいが、動けなくなっては意味が無い。

 

 そう悲嘆ひたんするミヤビであったが、思わぬ利点もあった。肉塊が、明らかにこちらに注意を向けていたのだ。

 

 肉塊には、マギナを感知する器官がある。マギダスⅠによって急激にマギナ量を回復したミヤビは、たとえその絶対量が子ども以下であったとしても、マギナを吸収し尽くしたフィオライトやアンテレナよりご馳走に思えたのだろう。

 

 「キャキャキャアアアアアアアア!!!」

 

 嬉し気な雄叫びを上げながら、肉塊はミヤビに向かって前進を開始する。

 それに対し、ミヤビは急いで棟の外にある木にルイワンダの先端を投擲とうてき。溢れてくるマギナをふんだんに使い、高速で中庭へと飛び出した。

 

 「体が、動かなくても構わねえ。逃げ切れなくてもいい! あいつから……フィオから引き離すことさえできれば!」

 

 肉塊の中に自ら飛び込むと決めた時から、死ぬ覚悟は出来ていた。だからこそ、フィオライトを逃がすために囮になる策を、考える前に実行に移すことができた。

 

 その咄嗟の判断が、ミヤビの死期を確実に先延ばしにする。肉塊から生えた無数の触手の網を潜り抜けて中庭に辿り着いたミヤビは、さらにルイワンダを振って前衛関地への進路を辿った。

 建物の壁の装飾品に先端を固定し、自身を引き上げる。力の入らない両手、両足を使ってまで必死にルイワンダにしがみつき、振り落とされないように耐える。


 そんな状態だから、着地なんて無様なものだった。勢いを殺せずに落下し、全身を強く打ち付ける。当然、体中にはたくさんのあざや擦り傷。それでも次の移動のためにルイワンダを振る。フィオライトから遠ざけるために自分にむち打つ。

 

 だが、決死の逃走劇もやがて限界が訪れ、ミヤビは触手に捕まってしまった。

 

 「くそおおおお!!」

 

 後は食われる身となったミヤビは、ルイワンダを大振りして肉塊の全身に糸とキューブを巻き付ける。それによって触手同士が絡まり、ミヤビを運ぶ動きが少しだけ鈍るが、肉に食い込んだ糸やキューブは徐々に中に沈んでいって、単なる悪あがきに終わってしまった。

 

 かくなる上は、自滅覚悟で全てのキューブを爆破させるしかないが……。


 「ダメだ。ここで爆発させたらフィオも巻き込んでしまうかもしれねえ……!」

 

 やはり、ろくに動けない体では大した距離は稼げなかった。

 悔しそうに奥歯を噛み締め、近くにある司令本部棟を睨み付けるミヤビ。

 

 間も無く、ミヤビの足先が肉塊に飲み込まれ始めた頃――

 

 「おい! 大丈夫かアンナ!」

 

 司令本部から、誰かの声が聞こえた。

 

 

 




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