第17話 馬鹿共
会議室から廊下に出たミヤビは、突き当たりに位置する開けっ放しの窓から外に飛び出した。
「せやっ!」
そこは高い空中。しかし、ミヤビは慌てずにルイワンダを振り、目の前の木の枝に先端を引っかける。それを頼りに減速しながら下降していき、何事も無く地面に降り立った。
さらにルイワンダを振って先端を外したミヤビは、休む間もなく棟の外に建てられた細長い平屋へと駆け出していく。
「あのアルニマを使ってあの巨大化した肉塊を吹っ飛ばす。だが、あいつがそう簡単にこちらの作戦に掛かってくれるとは思えない……吹っ飛ばすには一工夫が必要だ。確か……アレはここに置かれていたはず……!」
ミヤビは平屋に設置された数ある扉の内、両引き戸の前で足を止める。そこは基地内で不要となった物を保管しておく物置、その第三号室。
引き戸の取っ手に指を掛け、ミヤビは体重を乗せながら横に引く。鉄製の戸に鍵は掛かっておらず、重たい音を立てながら少しずつ開いていった。同じようにもう片方の戸も開けていく。
そうして全開になった入り口に立つミヤビは、手前に置かれている物を見つけてホッと胸を撫で下ろした。
「よし。やっぱりここに置かれていたか……」
それは、廃品回収の時に基地内をさんざん引っ張り回した荷車。ミヤビが立てた作戦の肝となるアイテムである。
ミヤビはルイワンダをスパスに仕舞い、急いで荷車のくびきを持って
――ガラガラッ。
「……なんだ?」
荷車を外に出し、さて司令本部内へと戻ろうか、と歩の先を決めかけた頃。部屋の奥から何かが崩れるような物音が聞こえてきた。
荷車の車輪の振動によって棚の物が落ちてしまったのだろうか――と考えながら振り返って見つめる、物置部屋の光景。差し込む陽光によって煌めく
(……誰か、いるのか?)
荷車を置き、ミヤビは慎重な足つきで物置部屋へと引き返す。誰か隠れているのか、そういえば鍵が掛かっていなかった。
もしくは、肉塊が侵入しているのか。両引き戸は閉められていたが、部屋には小窓や通気口などが設置されているので、自在に形態を変えられる肉塊ならば有り得る話だ。
ミヤビは足音を殺しながら奥の棚が並ぶスペースへと歩いていく。
人間というものは、恐怖を感じた時、その対象への接近行動を取る傾向がある。恐怖の正体を把握することで、心的負担を軽減しようとするためだ。今のミヤビがまさしくそれであり、棚まで歩み寄ると、意を決して通路に躍り出た。
「ひぃああああっ?! ゆっ、許してえ! 食べないでえ!」
「え?」
薄暗い通路の奥の行き止まり。果たして、そこには3人の男たちがいた。物置内の物を乱雑に積み重ねて築いた小さなバリケードの向こうで
「マルク……工廠長?」
「……あ? み、ミヤビか?!」
ミヤビの声に反応して、3人の内の1人であるマルクが振り返った。そしてミヤビを視認し、脱力するように長い溜息を零す。
「はぁ~~~~~~~。ンだよ……亡霊かよ。脅かすんじゃねえよクソが!」
「す、すみません」
直後、マルクは声を荒げながら跳ねるように立ち上がった。今の今まで震えていたくせに、ずいぶんと早い変わり身である。
そんな彼の後ろでは、マルクと同じように丸くなっていたアンドラとマハトが、これまたマルクと同じように立ち上がり、態度を厳しく改めていた。ミヤビに情けない姿を見せるのはプライドが許さないのだろう、彼を見つめる瞳は
「ってか、なんでお前がここに来てんだよ」
その攻撃性を少しも隠すことなく、マルクは
「はっ。どーせあの化け物から隠れるために決まってる。工廠から逃げ出してよ」
「仲間を見捨ててきた、ってわけだ。なっさけねえヤツだな、ホント」
だったらお前はなんなんだ。――と、喉まで出かかった言葉を、ミヤビはすんでのところで飲み込んだ。
マルクたちがここに潜んでいた理由。それは言うまでも無く、肉塊たちから身を隠すためだろう。自ら宣言した通り、仲間を見捨てて。語るに落ちる、とはこのことだ。
だが、それを指摘すると話が余計に
「やっぱりな。本当にクズだな、お前は。そんなんだから皆から嫌われるんだぞ」
「あ。言っとくけどな、おれたちは違うからな? お前と違って、仲間を見捨てて逃げたわけじゃねーぞ? 前衛関地の方から叫び声が聞こえたから、様子を確かめに行こうと外に出て、そしたらあの化け物共がやってきたんだ。そのせいで工廠に戻れなくなって、仕方がないからここで……」
「あー、もおいい。そんなこと亡霊に言ってもしょーがねえだろ!」
弁明を捲し立てるアンドラを手で制し、マルクはミヤビを睨み付ける。それから、ニィ、と
「それよりも亡霊。お前が今、ここに来たのはラッキーだ。お前、オレたちの監視役になれ」
「監視役?」
「そうだ。中に引き籠ってたら周囲の状況が分からねーからなぁ。この平屋の上にあがって、周囲の監視をしろ。そんで、あの化け物がやってきたらすぐに知らせるんだ」
「どう、やってですか?」
「ンなもん、窓から中に呼びかけるなりなんなり自分で考えろ! で! それが終わったらお前、囮になって化け物を遠くに引きつけろ! その間にオレたちは他の場所に逃げっからよ。それまでなんとしても逃げ続けろよ!」
「……その後、俺はどうしたら?」
「はあ? 知るかよ。なんでもかんでも人に聞くな! 自分で考えろ馬鹿!」
「………………」
馬鹿はどっちだ。
咄嗟にぶつけようとした言葉を胸の内で
「分かりました」
「よぉーし。それじゃあ、さっそく行け! あ! ちゃんとドアは閉めていけよ!」
右手を振るうマルクに会釈をし、ミヤビは早足で外に出る。そして、マルクたちが見守る中、両引き戸を完全に閉めて、
「やるわけねーだろ馬鹿が」
最後に捨て台詞を残し、ミヤビは荷車を輓いてその場を後にした。
その後、再び司令本部に戻ったミヤビは、一階の中心広間の前で足を止めた。荷車のくびきを静かに置き、廊下の角から室内を覗き込む。
爆弾が仕掛けられた巨大な柱が列を成す広大な空間。そこでは、湿った肉を擦り付けるような、酷く耳障りな音が響いていた。その発信源は、よく目を凝らさなくても分かる。部屋内を這い回る二体の肉塊たちによるものだ。
「くそっ、よりにもよってここにいるのか。しかも二体。困ったな……このままじゃ作戦の準備ができねえぞ」
決してバレないように身を隠しながら、ミヤビは肉塊を見つめて切歯する。肉塊たちの動線は、まるで犬がマーキングするかのように、柱を一本いっぽんを隈なく経過していくものだ。その行動はあたかも何かを探しているようである。
一体、肉塊たちは何を目的にしているのだろう。調べたいのは山々だが、
「ちぃ、どうする? こうなったら倒すか? だが、爆弾がセットされているここでキューブを使うと、最悪、誘爆して基地が壊滅する危険性がある。しかし、ルイワンダで叩いたところで効果は薄いだろうし…………あいつらが出ていってくれるのが一番、いいんだが……」
その時、後方の開きっぱなしのドアへと進行している一体が目に入った。そのまま外へと出ていくのか……と思いきや、期待虚しく、その肉塊はドアの直前で方向転換し、再び柱の裏へ消えていく。
「……ダメか。くそっ、なんだってこうもトラブルばっかり……! あぁあっ、なんとかしてあいつらを外に追い出さねえと……」
逸る気持ちを必死に抑え、ミヤビは事態の解決のために頭を働かせる。
その時、
「おいっ、そこのお前。こっちこっち!」
頭上から声が降り注いできた。
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