第15話 最悪の展開
――どうしてこうなった?!
ルイワンダを駆使して
現在、東部周衛基地に見舞われている事態は、偶然が幾重にも連なった上で成り立つ不運などではない。計画的に練り込まれた作戦であることは、この
まんまと王連合軍に出し抜かれてしまった、焦燥と敗北感。
それと同時に、
それすなわち、あの肉塊の化け物を東部周衛基地内に潜入させること。その目的は、東部周衛基地の壊滅に他ならない。そして、それを皮切りにして、フロントーラ侵攻を成就させるつもりなのだろう。
「全てはそのための準備期間だったんだ……! これまでの威力偵察も、なあなあの小競り合いも、全部! 今日という日のための布石……!」
しかし、そう確信するには、まだ判断材料が少なすぎる。なぜなら、この考察にはある最悪の仮定が前提となっているからだ。
そして、その仮定に説得性を持たせるための確証は、まだ乏しい。
「……とにかく、今は動かねえと! ナイト級はほとんど出払って、レンヤまでもいない今、もしもフィオやアンテレナがあの肉塊に食われでもしたら、この基地は終わりだ!」
仮に、何かしらの問題が発生して、フィオライトかアンテレナのどちらかが肉塊に取り込まれてしまった場合。捕食した者のマギナを吸収する能力を持つ肉塊は、ソラリハに等しいマギナ量を保有することになる。
そうなれば、一般のナイト級ではあの肉塊に太刀打ちできなくなる。もしも、捕食されたのがフィオライトで、アンテレナが残っているならまだ希望はあるが、逆だった場合、戦闘能力の無いフィオライトに打開できる術は無い。
その後、フィオライトも吸収され、手の出しようが無くなった肉塊は基地内の全ての人間を食い尽くすだろう。そうして最終的に肉塊は、レンヤを除けば聖伐軍最高のマギナ量を誇るライゼンすら
加えて、現在、この世界には4人の王がいる。肉塊の進撃を食い止めつつ、それら王に対処できるほどの力が、聖伐軍にあるとは思えない。つまり、ここで肉塊を討ち取れるか否かが、人類の存続を決める
だが、ミヤビにとって、そんなことは関心を割くほどもない小事に過ぎなかった。
このまま肉塊の暴走を許せば、上層部によって東部周衛基地の自己破壊命令が下される恐れがある。そうなった場合、自分やアンテレナはもちろんのこと、フィオライトもその犠牲になってしまう。
それだけは絶対に阻止しなければならない。彼女の命を守るためにも、なんとしても肉塊をここで止める。ミヤビの頭にあるのはそれだけだった。
「最悪、あいつだけでもさっきの抜け穴から外に逃がすことができれば……まあ、自分1人だけ逃げることはできない、とあいつは拒否するだろうが。気絶させてでも無事に逃がす……そのためにも、まずはあいつを見つけねえと!」
どこまでも
「くそっ! 暴れるなよウィカ!」
「ん?」
しかし、フィオライトを求めて躍動する体は、不意に下からやってきた怒声によって止められてしまう。それほど、決心が一瞬、揺らぐほどの切羽詰まった声だったのだ。
思わず見下ろす工廠前の通路。肉塊たちから逃げ惑う人の流れの中で、1人の男を寄ってたかって拘束しながら前進する集団があった。
「もおおっ! なんなんだよ?! 早く逃げないといけないのに、なんだってウィカはこんなにブチ切れてんだよ!」
「僕だってよく分からないよ! あの化け物に呑み込まれてから……」
「ああっ? ウィカ、あの肉の塊みたいなのに食われたのか?!」
「一度ね。それで、なんとか救出できたのはよかったんだけど、それからこの状態だよ。多分、精神汚染を受けたんじゃないかな」
「マジかよ?! だったら余計に急がねえと! くっそおおお! ほら、来いよウィカ! 暴れんじゃねえってば!」
「んあああぁああっ!! 黙れええ!! 殺すっ、おまえら全員ぶっころ殺すしぇえええええ!!!」
けたたましい奇声を上げながら、男は集団に引きずられていく。その様子を、ミヤビは苦い顔をしながら目で追っていた。
「あの肉塊に食われたら精神汚染を受けてしまうのか……」
精神汚染とは、何らかの影響により精神に異常を来し、正気を失った状態を言う。まともに会話が成り立たず、ひたすら暴れまくるあの男の様は、まさしくその症例の典型である。
もしも、監視塔での対処を誤っていれば、自分もあの男の仲間入りになっていたかもしれない。そう思うと、ミヤビが怖気で自然と表情が歪んでしまうのも仕方のないことだった。
「うわあああああああああああ!!!」
直後、悲鳴の重層が響いてきて、ミヤビは咄嗟に振り返る。
目に映るのは、大量の肉塊たちに包囲された工廠の光景。内部の作業員たちを狙っているのか、肉塊の群れは猫が壁に体をこすりつけるように建物に押し寄せている。その度に工廠が揺れ、人々の悲鳴が中から木霊してきた。
それからも、基地内では至る所から悲鳴が上がり始めてきて――
「……やべぇな。どこもかしこもメチャクチャだ。早くフィオを見つけねえと!」
工廠内にはマルクたち同僚もいるだろうが、ミヤビは早々に見切りをつけて、前衛関地への途に
並外れた力を持つレンヤとは違い、一般人以下のマギナ量である自分に出来る事は非常に少ない。他の物事に目移りして、主目的を完遂できるほど楽な道を選んだわけではないのだ。フィオライトの幸せのため、彼女の未来のため。そのためならば、なんだって容赦なく切り捨てる。
同僚も、名の知らない人々も。自分の命でさえも。
そうやって肉塊に襲われている人々を無慈悲に見捨て続け、ミヤビはついに前衛関地に辿り着いた。
東部周衛基地の玄関口である前衛関地は、防犯や侵入者を防ぐため、周囲を10メートルほどの高さの石垣で覆われている。その上に立ち、関地内の状況を確かめようとミヤビは首を巡らし、そして、皿にした目を大きく見開いた。
「なんだありゃ?!」
作業員たちは肉塊たちから逃走し、すっかり人気を失った前衛関地。そこのナイト級たちが待機していた正面門前の広場では、アンテレナとフィオライト、そして2人のナイト級らしき男性からなる小隊が、大勢の何かに包囲されていた。
それは、人間の形を成している肉塊――そう表現する他に言い様がない。人間を生きたまま全身の皮膚を剥ぎ取ったような、もしくは、腐乱死体が動き出したかのような、生々しく、不気味で、おぞましい生き物の群れ。それが、非常に鈍重な動きでフィオライトたちへとにじり寄っている。
「なんだアレは……アレも肉塊の仲間なのか? というか、アンテレナは何をしている?!」
徐々に距離を詰めてくる人型の肉塊たちに対して、先頭に立つアンテレナは、なぜか攻撃を仕掛けようとしない。2人の男は隊の中心にいるフィオライトを守りながら戦っているのに、彼女は棒立ちで、戦闘態勢を取ることすらしていなかった。
何か、攻撃できない事情でもあるのだろうか?
よくよく見ると、アンテレナはその人型の肉塊たちと何か会話をしている。もしかすると、その集団は彼女に
「……いや、まさか。あの人型たちこそが肉塊どもの本体? 肉塊どもは人間を素体として造られているのか? そして、その人物たちがたまたまアンテレナと知り合いだった……なんて出来過ぎている! やっぱりこれは……!」
ミヤビの中で仮説が確信へと至った時。
人型の肉塊たちは独りでに崩壊し、1か所に集まって合体していく。そして、一つの巨大な肉塊へと変貌していく流れに乗じて、アンテレナの肉体を巻き込んでいった。
徐々に肉塊の中へと沈み込んでいくアンテレナ。彼女もまた、精神汚染を受けてしまったのか、全くの抵抗を見せなかった。
頼みの綱であるはずの2人の兵士は、その前に別の人型の肉塊たちによって呑み込まれており、もはや彼女を救える者など誰もいない。
「やべえ!」
考え得る最悪の展開が着実に進行しつつある今、ミヤビは慌てて動き出す。アンテレナのためではない。このままだと、フィオライトも肉塊の餌食になってしまうからだ。
しかし、ミヤビが辿り着くよりも早く――
「アンナさん!」
フィオライトが地面を蹴り、あろうことかアンテレナの体に抱き着いたのだ。彼女を助けるつもりなのだろうか。
しかし、非力なフィオライトではアンテレナを肉塊から引き剥がすことは叶わず、むしろ彼女もまた、アンテレナと共に肉塊へと沈んでいく始末。
「フィオおおおおお!!!」
そして、必死な想いで駆けつけたミヤビの目の前で。
フィオライトとアンテレナは、完全に肉塊に取り込まれてしまったのだった。
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