第14話 危機はいつも突然に



 窓に張り付き、瞬く間に遠ざかっていくレンヤの背中を睨み付けてミヤビは叫ぶ。

 

 「何やってんだあいつ?! 今さら戦場に出て! 何をしようってんだ?!」

 

 兵士同士の戦いに参加するような素振りを見せない。まるでスピードを落とさずに戦場の上空を通過し、一直線に目指すはぶつかり合う二つの陣営の内、一方の大将。

 

 すなわち、撼握かんあくの王。

 

 「……! あの馬鹿! まさか、王とやり合う気か?! アンテレナは何を考えている?!」

 

 と、もう1人の大将を責めてみるが、すぐにそれは有り得ないと悟る。この戦いは飽くまで防衛戦であり、確実に王を討つ根拠も無くいたずらに戦争を長引かせるような真似を、彼女がするはずがない。

 


 つまり、レンヤのこの行動は――


 

 「またいつもの暴走か……!」

 

 第六世界ゴルドランテの件も然り。エレフト山で体験した事件でも、レンヤを精神的に成長させるきっかけにはならなかったようだ。

 

 いや、そもそも自身をかえりみる理由が無いのだろう。

 

 タイタンボアの暴走は、レンヤの無分別な行動が原因だ。しかし、その事実を知っている者はミヤビを始めとする一握りの人間のみ。他の者は皆、ミヤビが仕出かした事だと信じている。そう、張本人であるレンヤも。

 

 つまり、レンヤが自身の言動に責任を感じる謂れは無い。ならば、反省も後悔もすることはない。ということは、自身の行動や理念を改めたりはしない。

 

 「つまり……これからもあいつは、こういう暴走を続けていく、ってことか……。俺が密かにレンヤのフォローをする、ということは、あいつが成長する機会を奪う、ってことなんだな……」

 

 ここに来て露呈した、大いなる目的の裏に潜む最悪の弊害へいがい


 だが、今さら道を引き返すことなどできない。ここで役目を放り投げれば、全ての負担はレンヤを内助ないじょこうとして支えなければならないフィオライトに回ることになる。それは、レンヤの危険性を認識していない彼女では、到底、成し遂げられるものではない。


 自分がやるしかないのである。レンヤをサティルフにするために――フィオライトに幸せになってもらうために。彼の失態をカバーし続けるしかないのである。


 「……っ、くそ! ここであの馬鹿の愚痴をグダグダ言っててもしょうがない! とにかく、これからの事だ! 仮にレンヤが王と戦うことになった場合――」

 

 ミヤビの言葉はそこで切れる。彼の意図によるものじゃない。外からやってきた衝撃に声が掻き消されてしまったのだ。


 窓から外を見る。砕けた大地の上で、レンヤが憾握の王と相対していた。すでに一発、刃を交えたのだ。予想は只今ただいまをもって現実となってしまった。

 

 「――っ、戦う場合。戦争は無駄に長引くことになる。いや、実質、2人の戦いの行方が今回の防衛戦を左右するだろう。レンヤが見事に王を追い払うか。万一、討ち取ることができれば大殊勲だいしゅくん。だが、逆に討ち取られるようなことになれば、その勢いをもって王の軍勢は東部周衛基地を襲来する。数的不利なのにもかかわらず、こちらが善戦できているのは兵士たちに勢いがあるから。レンヤが敗れれば、向こうの兵士たちが息を吹き返し、形勢は一気に逆転することになる。そうなれば、例えナイト級上位がいても外の兵士たちは全滅だ。この基地だって危うい。いや、そうなった場合、基地を自己破壊して疑似聖域ガルダンタの穴を防ぐしかなくなる」


 窓枠にダン、と両手を置き、ミヤビは空中を飛び回って王と戦うレンヤを睨み付ける。

 

 「お前が買って出た戦いは、。お前はそれを分かって……るわけねぇよな~! お前はよぉ~!」

 

 石の壁を殴りつけるミヤビ。そうしなければ、胸中で沸騰するこのやるせない気持ちを抑えられなかった。

 

 大声を出すことで失った酸素を、深く呼吸して補給する。少しは胸の中の熱も冷め、冷静な判断力を取り戻すことができた。

 とにかく、今は感情的になっている時ではない。常人には及びもつかない甚大じんだいなマギナを込めた大技を平然と撃ち合う2人の戦いをミヤビは見据える。

 

 「…………俺が戦場に出て、あの戦いに参加するのは不可能だ。何の役にも立ちやしねえ。そもそも、辿り着く前に他の兵士に殺される。それよりも、この東部周衛基地の防衛。いなくなったあいつの穴を埋める方法を探す方が賢明か……」

 

 と、一つの道筋に思い至ったミヤビだったが、しかし、頭をガリガリと掻き毟る。

 

 「だけど、俺に何ができるってんだ? ここにはアンテレナがいる。基地内の運営は彼女に任せておけばいい。俺の出る幕はねえ。脅威となる敵も存在しない以上、下手に動き回って迷惑をかけるより、大人しく工廠内で戦いが終わるのを待っていた方が……」

 

 「ひぃああああああああああ?!」


 思案をはばむ、謎の悲鳴。

 

 何事か、と振り返るミヤビの目が捉えたのは、機械室に駆け込んでくるモーシャスの姿だった。はあはあ、と肩で息をして、複雑に絡み合うパイプの隙間から見える表情は恐怖の色に染まっている。

 

 「モーシャスさん。どうしました?」

 「み、ミコト! 今すぐここから逃げろ! ここにいたらやべえ! ば、化け物が――ぁっ!」


 ズゥン、と重たい音が、モーシャスの訴えを潰した。見れば、機械室の鉄製のドアが外側からひしゃげている。

 そのドアは、次なる衝撃によって完全に破壊された。そして、室内に入り込んでくる触手がモーシャスの体に絡みついていく。

 

 「ひいぃいっ?! た、助けて! 嫌だ! あんな化け物に食われるのは嫌だあああああ!!」

 「モーシャスさん!」

 

 ミヤビは助けようと走り出すが、パイプによって狭まった通路がそれを阻害そがいする。結局、間に合うことなく、ミヤビが駆けつける前にモーシャスは触手によって室外に連れ出されてしまった。

 

 「なんなんだ一体?!」


 遅れて部屋を出たミヤビは螺旋階段の柵から身を乗り出し、悲鳴が響く階下を覗き込んだ。しかし、それが失敗だった。

 

 監視塔の入り口。触手はそこにいる目玉を無数につけた肉塊にくかいから生えていた。生物の皮膚を剥ぎ取ったような筋線維の塊としか思えない、ピンク色の肉のかたまり。その物体の真ん中がパックリと分かれ、も口のようである器官にモーシャスは頭から丸呑みされている。


 「な、なんだありゃ……? 人を食ってる……想生獣、なのか? あんなの、どこから入ってきたんだ?」

 

 そして、肉塊の上部に位置する目玉が今、ミヤビの姿を捉えた。

 

 その瞬間、肉塊から湯気のようにうねっている触手たちが急速に伸び始め、ミヤビを目がけて空を切り裂く。

 

 「あぶっ!」

 

 咄嗟とっさに横に飛んだことで、ミヤビは触手の攻撃をかわすことができた。触手の束はミヤビがいた場所を通過し、塔の石壁と激突。その結果、砕けた壁の瓦礫が機械室の入り口を塞いでいく。恐ろしい破壊力だ。一度、捕まってしまえば、自力で逃げ出すことは不可能だろう。

 

 そんな触手が壁からの穴から抜け出て、ミヤビに振り返る。


 「くそお! 何がどうなってんだよ?!」


 再び襲い掛かってくる触手から逃げるため、ミヤビは階段を駆け上がった。触手はいくらでも伸び、どこまでも追ってくる。それに何度も捕まりそうになりながらも、懸命に足を動かし続け、ついに展望室へと辿り着いた。

 

 「うわっ。な、なんだキミは?!」

 「交代……の時間じゃないし、見慣れない顔だ。中央司令基地から来た者か? ここは関係者以外、立ち入り禁止なんだぞ。早くここから出ていきなさい!」

 

 展望室にいた2人がミヤビを追い出そうと動く。彼らがモーシャスの言っていた、監視役の人たちなのだろう。その内の1人の両肩を掴み、ミヤビは声を荒げた。

 

 「今はそんなこと言ってる場合じゃない! アンタたちも早く逃げろ!」

 「はあ? 何を言ってるんだ?」

 「おれたちの使命は、この監視塔から戦況を確認し、それを上層部の方々にお伝えすることだ。任務を放棄できるか」

 「それは分かってる! だが、ここにいると危険なんだよ!」

 「危険? 一体、何が危険だと言うんだ。ここは基地内だぞ」

 「大体、逃げろったって、どこに逃げ場があるんだよ。この展望室から出るにはそこの――」


 ――と、1人が螺旋階段に通じる床穴を指し示した時である。そこから大量の触手が噴き出し、監視塔の屋根を貫いて破壊した。

 

 「うわあああ?!」

 「な、なんだ?! なんなんだよコレぇ?!」

 「くそお!」


 降りしきる瓦礫の雨の中、驚愕する監視役の2人を見捨ててミヤビは監視塔の窓から外に飛び出す。

 

 次の瞬間、男たちの悲鳴が追いかけてきた。それにつられて振り返ると、2人の男を連れ去っていく触手から外れた束が急速に迫ってくる。

 

 「そうはさせるか!」


 ミヤビは素早く腰に付けたスパスからルイワンダを引き抜き、マギナを流し込んで内部の糸を伸長させつつ、それを振ってくるわにはためく旗に先端を結び付けた。すかさず今度は糸を収縮させ、その力に振り子の運動量を乗せて一気に加速する。

 

 そのおかげで見事、ミヤビは触手の追撃から逃れることができた。

 

 「な、なんだったんだ今のは……」

 

 城壁の上に着地し、遠く離れた監視塔を見遣る。獲物を取り逃がした触手はしゅるしゅると塔の中に消え失せ、少しして、監視塔の入り口を破壊しながら肉塊が、ナメクジのように這って外に出てきた。なぜ、破壊しながらなのか、というと、肉塊のサイズが先ほどよりも明らかに肥大化していたからだ。

 

 「さっきより大きくなってやがる……人間を捕食したからか。いや、だが、マギナ量も増大している……食べた人間のマギナを自身に取り込むことができる? だとしたら、あのまま放置しておくのはやべえぞ」

 

 現在、この東部周衛基地にナイト級はほとんど存在していない。残っているのは戦闘能力の無いルーク級やポーン級ばかりである。

 

 仮に、あの肉塊が捕食した者のマギナを吸収することができる性質がある場合。ルーク級やポーン級を数人、捕食した程度では大した力にはならないだろう。

 だが、それが百人規模になってくると話は変わってくる。戦闘能力が無いルーク級やポーン級は、肉塊の攻勢に反撃できる術を持たないはずだ。それ故、ナメクジ程度の機動力しか持たない肉塊一匹だけでも、彼らだけでは対処に難しい。策を打つまでに捕食が進み、力を付け過ぎると、基地内の残留戦力では手に負えなくなる可能性がある。


 「ここで始末しておくべきか? いや、アンテレナを呼びに行った方が確実か? 俺が戦う姿を他の人間に見られるのも都合が悪い。それに、ここであの女に恩を売っておけば、もし俺が工廠から出ていったことがマルクたちにバレたとしても、一応の言い訳が……」

 

 「いやああああ!!!」

 

 打算をさえずるミヤビの言は、突如として上がった大勢からなる悲鳴によって潰される。

 

 それは、基地内を逃げ惑う軍人たちによるもの。では、彼らは何から逃げているのか。

 それは、触手を操る目玉まみれの肉塊。

 

 しかし、その個体は、先ほど監視塔から出てきたものではない。全くの異なる個体。そのような生物が、この基地内の至る所を這い回っているのだ。

 

 「なんだこれは……あの生物は一体だけじゃなかったのか。こんな数、どこからやってきた? こんなにたくさん……一体、どこから……」

 

 答えを求めて視線を彷徨さまよわせるミヤビは、ふと戦場に目を向けて、ぎょっとする。

 

 兵士たちで入り乱れていた戦場は、今やピンク色の肉塊で溢れ返っていた。敵も味方も関係なく、近くにいる者から片っ端に捕食し、その都度、自身の肉体とマギナ量を増幅させていく肉塊の群れ。

 

 「いつの間に?! さっきまでいなかったはずだ! どこからこんなにやってきた?! 突然、降って湧いてきたとでも言うのか?!」

 

 理解できない状況に愕然となり、膝をつけて項垂れるミヤビ。そうして自然と視界は眼下を映し、期せずして風に揺れる草むらの中に埋もれた肉片を見つける。

 恐らく、サリスの攻撃によって飛び散った想生獣の肉片。一つだけ遠くに飛んだため、回収に出たルーク級たちも見落としてしまったのだろう。

 

 それが今、ピクピクと痙攣けいれんを始めた。最初は揺れる草による錯覚かと思ったが、それにしてはどんどん震えが大きくなってくる。


 やがて、肉片は内側から湧き出た筋線維に包まれた。孵化ふか寸前の卵のように表面は波打ち、まもなく、いくつもの目玉が開いていく。その形態はまさしく、基地内や戦場で暴れている肉塊そのものだった。

 

 そうして、地獄絵図となっている戦場へと生まれたての肉塊は這って向かっていく。

 

 「……あいつらは想生獣の死骸から生まれたのか。どうりで戦場にあんなにたくさん……って、待てよ。想生獣の死骸は、戦場に出たルーク級たちが回収した……ってことは、基地内にいるこの化け物たちは!」

 

 

 現在、東部周衛基地に巻き起こっている危機。その原因を突き止めたミヤビは、ルイワンダを使って移動を開始する。

 

 目指すは、この基地の玄関口にして、本防衛戦におけるナイト級たちの一時待機場所――前衛関地。







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